第五話『迷い猫』其ノ弐
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学園内高等部理数科____
「此処は……?」
「此処は理数科」
彼女に手を引かれるまま空を歩くようにして地上へと降り立った僕は、彼女を追いかけるようにして目の前の見慣れない校舎の中へと歩みを進めた。そんな鳥のように空から舞い降りた僕達を、周りの生徒達はまるで見えていないかのように、少しも気にする様子はなかった。
冒頭の問いを彼女に問い掛けたところ、どうやら此処は弥子君の所属する理数科のようだった。
此処に来るまでテスト期間にも関わらず遊び呆ける生徒達を沢山見かけたけれど、ここ理数科の生徒達はその殆どが授業のない今も机に向かってペンを走らせていた。
「……すごい、皆ずっと勉強してるんだ」
勉学に勤しむその姿に僕は思わず感嘆の声を漏らした。そんな僕に彼女は言う。
「理数科は数学と理科科目を専門的に学ぶ学科で、その生徒達の多くは頭を使う異能力を持ってる。だから理数科には勤勉な生徒が多く所属してるの。
まあ融通の利かない真面目過ぎる性格は、ちょっと面倒なんだけどね」
「あと眼鏡」、と彼女は教室にいる生徒達を指差して悪戯に笑った。
そう言われてみると、理数科にいる生徒には眼鏡をかけている人が多いかもしれない。弥子君も普段こそ眼鏡なんてかけていないけど、寮に居る時や勉強する時なんかはよく、眼鏡をかけている姿を目にする。眼鏡をかけた時のその真面目そうなギャップがかっこいいんだよなぁ……なんて、僕は弥子君の姿を思い出して思った。
………………あれ、でも。
「………………真面目、過ぎる……?」
「ふふっ」
そう呟いた僕に彼女は口を抑えて笑った。
「狐塚 弥子はとてもじゃないけど、真面目そうには見えないよね」
彼女は心底可笑しそうに笑った。
彼女の言うように、普段の弥子君がとてもじゃないけど真面目そうには見えないからだ。
でも、なんで……。
「……君は、弥子君の知り合いなの?」
僕の問い掛けに、彼女はその綺麗な白い猫目を細めた。
「彼だけじゃないよ、高専寺 狼の事も知ってる。彼等、君と同じくらいの有名人だから」
そう言って彼女は僕から目を逸らして窓の外の空を見上げた。空を映したその白い瞳は、光を反射して空色に染まる。
「S級ってだけでも2人は十分有名なんだけど……。あの目立つ見た目と性格に加えて、幼稚舎の頃から問題ばかり起こしてたから、2人はこの学園でちょっとした有名人なの」
「なるほど……それは確かに」
彼女の説明に容易く2人の姿が想像出来て僕は納得する。彼等がこの学園でやたら顔が広い事も、クラスメイト達が2人と一緒にいる事の多い僕に目を輝かせる事も、彼女の説明を聞けば納得だ。
深く頷いた僕の手を引いて、彼女は楽しそうな無邪気な笑みを浮かべながら振り返った。
「ほら、次行こ!次!」
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学園内高等部体育科____
「此処が体育科」
次に彼女に手を引かれてやって来たのは体育科だった。
他の学科とは違って座学を学ぶような場所はなく、体を動かす為の施設や、身体能力を高める為の様々な施設がずらりと並んでいる。
「うわぁ……!」
施設内では体育科の生徒達が思う存分自身の異能力を使って生き生きと身体を動かしている。そのため制服姿の者は数少なく、その多くが動きやすいジャージ姿だった。そんな体育科の校舎内では様々な衝撃音が響き合っていた。
「見ての通り、体育科は他の学科とは違って身体能力に長けた生徒が殆ど。一見、座学は学んでいないようにも見えるけど、身体の事やちょっとした医学なんかもちゃんと学んでるんだよ」
「だからこその高い身体能力なの」と、そう説明した彼女に、到底座って学んでいる様子なんか想像も出来ない彼等を見つめる。
でも確かに狼君も体育科の生徒達も、自分の身体の使い方を正しく熟知しているような動きをしていて、それはきっと彼等のちゃんとした学びからきているのだと知った。
「ちなみに高専寺 狼は、ずば抜けた身体能力を持つ者ばかりの此処体育科で、いつも上位三位以内の成績を修めてる優秀な生徒なんだよ」
「上位三位以内に!?狼君、やっぱりすごいなぁ……」
僕が思わずそう零すと、横から彼女の視線を感じた。でも僕が其方を振り向く前に、彼女は僕の手を取って歩き始めた。
ジャージ姿の学生ばかりのこの校舎で制服姿の僕達は目立つ筈なのに、此処でも僕達の姿はまるで見えていないかのように誰の目に止められなかった。
彼女に手を引かれるままキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると、
ドゴォンッ!!!
と、突如破壊音が鳴り響き、目の前に何かが飛び込んで来た。その衝撃で一部校舎が破壊され、辺りには土埃が舞い、バラバラと瓦礫が崩れ落ちる。
「っな……なに__」
「ってーな、テメェ!!!ちったぁ加減しやがれ!!」
崩壊した瓦礫の中から、重たい瓦礫を押し退けて無傷の生徒が怒号を浴びせながら顔を出した。彼の目線の先、吹き飛んできた方からはコツコツと軽快な足音が聞こえてくる。
「え〜僕充分加減したつもりだったんだけど……。やっぱり格下の相手にはもっと気遣うべきだったよね、ごめんね」
「上等だゴラァ……」
ポケットに手を突っ込んだまま、のんびりと此方へと歩いてきた彼は、語尾にハートマークでも付きそうな言い方でそう言った。
僕よりも高いその身長はやや猫背に曲がっており、スラリと長い手足はまるでモデルのようだった。そのひょろひょろと細い体からは、先程彼を吹き飛ばして校舎を破壊させた力があるなんて考えられないが、相手を煽って挑発するその言葉から先程の破壊音は彼が出したものなのだろう。
「表出ろやテメェ!!!!」
「ほーんと、馬鹿はすぐ外に出たがるよね。室内でいいじゃん」
「ッ……ぜってー殺す!!!!!」
見事に挑発に乗った彼が勢い良く飛びかかると、背の高い彼はその綺麗に染められたサラサラの金髪を靡かせて応戦した。そんな彼等に辺りは一気に騒がしくなる。
「なんだなんだ?また喧嘩か?」
「おい、やばいぞ駆動だ!!」
「誰か止めろ!また校舎が半壊させられちまう!!」
「せんせー!!また駆動がァ!!!」
「くっそ、なんでこんな時に高専寺はいないんだよッ!」
「馬鹿かおまえ!高専寺がいると全壊させられちまうだろうが!!!」
「おい、猛ちゃんはまだなのか!!!」
体育科生徒の様々な声が飛び交う中、絶えず破壊音が鳴り響く。その豪快な音と共に校舎はどんどん破壊されていく。
目の前で起こる喧嘩の規模とは思えない出来事に、僕はただただ混乱していた。僕の手を握ったままの彼女は遠くから此方に向かって勢い良く突進してくる、恐らく先生らしき人物の姿に、「あ、猛ちゃんだ」なんて呑気に零している。
すると、ドドドドドドドッと地鳴りのような音を轟かせて猛獣のようにその先生は現れた。厳つい身体付きに、強面なその人はさらにその目を吊り上げて野太い声を轟かせた。
「まぁ゙たお前か駆動ォ!!!!!!」
「あれぇ、猛ちゃんじゃん。相変わらず暑苦しいね」
「止めんか駆動!!!!」
「でもちょっと声がデカ過ぎるかな〜。どーどー、落ち着いて」
「止めろと言ってるだろう!!!!!!」
まるで聞く耳を持たない彼に、猛ちゃんと呼ばれた先生の声はどんどん大きくなる。
未だ暴れ続ける彼等についに堪忍袋の緒が切れたらしい先生は、その筋肉質で太い腕をさらに大きく増強させ、四足歩行で彼等に飛びかかった。
____何やってるんだこの人達は……。
「いいぞいいぞ〜!」と盛り上がり始めた生徒達は、まるで虎のように暴れ回る先生を見て楽しそうに声を上げた。彼等の喧嘩を止めるはずだった先生が、今では彼等と一緒になって校舎を破壊している。
何なんだこの状況は……。
唖然とする僕に隣の彼女が口を開いた。
「体育科は喧嘩っ早くて血の気の多い生徒が多いから、こうやって校舎が破壊されてしまう事は日常茶飯事。それも学園の能力者によって、校舎はすぐに復元されるんだけど……、毎度毎度崩壊する校舎に学園は頭を抱えてる」
「それは……、確かにそうだね……」
こうして僕達が会話してる間にも、校舎はどんどん崩壊しており足場がグラグラと不安定になっていく。
「生徒だけじゃなくて先生まで血の気が多いから、ああやって一緒になって校舎を破壊する事も何ら珍しい事じゃないよ」
「あぁ……うん」
生徒同士で喧嘩していた筈なのに、いつの間にか先生対生徒の構図が出来上がっていた。周りにいた生徒までもが参戦し、遠慮無しに校舎を破壊しまくっている。
ついに体育科の校舎が地響きを鳴らしながら傾き始める。それでも動こうとしない彼女の手を僕は握り返した。
「ね、ねえっ、早く逃げないと、僕等まで巻き込まれちゃうよ!」
「そうだね」
「そうだねって……」
ジッと彼等を見つめたまま動こうとしない彼女に僕は焦りを覚える。最悪僕は巻き込まれてもこの不死身の力でどうにかなるけど、彼女はただでは済まない。
だから____
「っ一緒に逃げよう!」
握っていた彼女の冷たい手をグッと引っ張った。そう言った僕に彼女は酷く驚いた顔をした。此方を向いたその白い瞳が、僕を映して僕の色になる。
「……一緒、に?」
「そうだよっ!君も一緒に逃げないと意味ないでしょ!」
何を当たり前な事を言ってるんだ、と僕は驚いたような彼女の瞳を見つめた。そんな当たり前の事に酷く驚いた顔をしてみせた彼女に、僕は意味が分からなくてそう言った。
そうこうしている間にも、もう建物はかなり傾いてしまっていて僕は咄嗟に空いている手で窓を掴んだ。
「わっ、」
「____うん、一緒に逃げよう!」
そう言って僕の手を握り返した冷たい手のひらは、窓の外へと僕の手を引いた。とっくに割られている窓から飛び立つように、僕は彼女と共にその建物から脱出した。
あの時と同じように僕達は自由に空を歩きながら、背後でとてつもない音を立てて体育科の校舎が崩れ落ちる音を聞いた。
でもそれよりも僕は、手を引いた時の彼女の顔が酷く頭にこびり付いて離れなかった。
君は、なんて。
なんて、嬉しそうに笑うんだ___




