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第四話『陰の名前 下』其ノ伍

 __



 

 「……で?」


 学園内高等部工業科第7研究室____



 

 無事に御役目を終え、学園に戻って来た僕達はまたもや鐘鋳君のいる第7研究室を訪れていた。

 

 そして目の前で正座をして縮こまる僕を、鐘鋳君は容赦ない目付きで見下ろしていた。そんな鐘鋳君に僕は冷や汗が止まらない。


 「いや、あの……なんて言うか、その……」

 「つまりアンタは、つい数時間前に創ったばかりの祓具を刃こぼれさせた……と?」

 「……はい」


 「はぁーー」と態とらしく大きな溜息を零した鐘鋳君に背筋が伸びる。

 鐘鋳君の言った通り、僕は数時間前に創ったばかりの祓具を、感情任せに振りかぶったりしたせいで妖の攻撃をくらい、見事に刃こぼれさせてしまったのだ。


 その刃を修復してもらうため、僕達は再び鐘鋳君の元を訪ねていた。


 「そう怒りなさんな、可愛い顔が台無しだぜ」

 「奥墨さんはまじ黙ってて下さい」


 研究室内にある祓具を弄り回しながら片手間に言う奥墨さんに、鐘鋳君は額に青筋を浮かべた。


 この2人の関係性は本当に何なんだろう。自由気ままな奥墨さんが、いつも鐘鋳君に毒を吐かれている印象しかないけれど……。それも2人の仲に確かな信頼関係があるからこそなんだろうな。


 「創ったその日に修復するなんて、ほんと奥墨さんみたい……」

 「へ……?」


 ぼそぼそと愚痴を零すように言った鐘鋳君は、素っ頓狂な声をあげた僕に「いえ、なんでも」と続け、再び一つ溜息を短く零すと、僕に手を差し出してきた。


 「ほら、貸してください、修復するんで」

 「あ……うん、ありがとう」


 そう言って差し出された手の平に祓具を乗せると、鐘鋳君は左手を刃こぼれした部分にかざした。するとかざした部分が青白く光を放ち始め、ピキピキと聞いた事のある音を立てながら傷付いた刃を綺麗に修復していった。それを思わず食い入るように眺めていると、あっという間に修復は終わった。


 「はい、どうぞ」


 鐘鋳君は僕の手に綺麗に直った祓具を持たせた。手に乗せられた祓具は、刃こぼれしていたなんて考えられないほど綺麗に元通りの姿を取り戻していた。


 「今度は触れなくても直せるんだね」

 「もう形に成ってるんで、直すのに情報は必要ありません」

 「なるほど……」


 淡々と話す鐘鋳君に本当に凄い能力だなと、本日何回目かの関心を覚えた。


 「今日は色々手間かけたね。ありがとう鐘鋳、助かったよ」

 「い、いえ!そんな、手間なんか……」


 そう声をかけた弥子君に先程とは打って変わって、照れたように頬を赤らめる鐘鋳君。

 

 この2人も何なんだろう……。鐘鋳君が弥子君を尊敬していて、大好きだという事だけは確かに伝わってくる。

 

 そんな鐘鋳君に僕もおずおずと話しかけた。

 

 「あの、鐘鋳君。創ってくれたばかりの祓具、傷付けちゃってごめんね……それと、直してくれてありがとう」

 「…………いえ、別に。

 俺には危険な御役目は来ないんで……。こうやって安全な場所から、御役目を担うアンタ達をサポートするのが、俺の役目ですから」


 そう言った鐘鋳君の顔は、その事にどこか劣等感を抱いているかのように見えた。綺麗に切り揃えられた前髪が彼の目にかかって影を作る。

 僕は無意識に彼の目に影を作っている前髪に手を伸ばしていた。そっと目にかかった前髪を払って、彼の顔を覗き込んだ。




 「それじゃあ、鐘鋳君は陰の立役者だね!」



 「は……」

 「そうやって陰ながら皆を支えてるんだ。そんな鐘鋳君のお陰で僕達は闘えてて、救われる人達がいる……やっぱり鐘鋳君は凄いよ!」

 「…………」


 僕の言葉に鐘鋳君は大きく目を見開いたままピクリとも動かなくなってしまった。

 もしかして前髪を勝手に触ってしまったのが不快だったのだろうかと、僕は慌てて手を除けるも鐘鋳君は止まったまま動かない。


 「か……鐘鋳君?」

 「心配しなさんな回道、これただびっくりしてるだけだから」


 「なァ?創一郎」と、奥墨さんが鐘鋳君の頭にポンと手を置くと、それを合図に鐘鋳君は再び動きを取り戻した。


 「っな、に言ってんすか奥墨さん、アンタも。よくそんな恥ずかしい事をベラベラと……。てか、触んないでください」

 「素直じゃないねィ、嬉しい癖に」

 「アンタまじ黙っててくださいよ」


 頭に置かれた奥墨さんの手を払い除けながら、口早に鐘鋳君は言った。そこにいつものクールさや怖さは全く無く、その頬は少し赤く染まって見えた。

 そんな鐘鋳君に奥墨さんも弥子君も狼君も、そして僕も自然と笑みが溢れた。

 

 「っもう、何なんですか!直し終わったんですから、さっさと出て行ってください!!」


 ついにキレた鐘鋳君が頬を赤く染めたまま、グイグイと僕達を扉まで押しやる。その細い腕のどこにそんな力があるのやら……。

 

 「創造の邪魔です」と、僕達4人を纏めて研究室の外へと追いやった鐘鋳君は、パンパンっと数回手を払った後、足早に中へと戻ろうとする。そんな鐘鋳君に僕は慌てて口を開いた。


 「ちょっと待って鐘鋳君!」


 大きな声で呼び止めた僕に、鐘鋳君は扉にかけていた手を止めて此方を振り返った。

 まだ何かあるのか?と言わんばかりに怪訝な顔をした彼に、僕は言葉にして伝えた。


 「鐘鋳君の創る祓具、本当に使いやすかった!これがなかったら僕は妖に何も出来ずに終わってたよ。

 

 だから、その…………っありがとう創一郎君!!」


 弾かれたように創一郎君はその目を真ん丸にした。


 「……あんた距離感バグり過ぎでしょ。奥墨さんかよ、ほんと調子狂う……」

 「なんでェ創一郎、素直に嬉しいって言ってやんな」

 「黙れ」


 「おうおう、可愛いなァ創一郎」と、創一郎君の肩に手を回して絡む奥墨さんに、創一郎君は心底ウザそうに顔を歪めている。


 いつもの冷静さは何処へやら、敬語も抜け落ちた創一郎君は毒を吐きながら奥墨さんに反抗する。その2人の様子は兄と弟のじゃれ合いのようで、見ていてとても微笑ましかった。


 「げ……玄雲さんも、ありがとうございました!今日一日で、僕も識らなかった世界の事……色々識れた気がします」


 そう言った僕に玄雲さんは一瞬驚いた顔をした後、「おう、そりゃ良かったな」と優しく微笑んだ。


 「もうほんっと、さっさと帰ってください」


 心底面倒くさそうに言った創一郎君の声が僕達4人だけの世界に木霊した。














 

 

 祓具を創って、初めての御役目をして、識らなかったこの世界の事を識った。


 とても一日に起きた出来事には思えないくらい濃い一日だったけれど、そのどれもが僕にとってとても大切なものになった。







 





 

 








 一際光を放つ者が居るその後ろで、決して日の目を浴びる事のない者達がいる。

 

 誰に気付かれる事もなく、ひっそりとただ静かに努力を重ね、陰の中、その光を追いかけ続けているのだ。



 

 しかしその努力は到底その成果とは見合わない事ばかりだろう。



 

 光っているものばかりに目を惹かれるこの世界では、その真っ黒な陰が光を放つことは決してない。





 

 でも______




 

 

 そんな陰あるからこそ、光はより一層強く輝く事が出来るのだ。





 

 名前の無いその陰は一体何なのだろうか。





 


 きっと殆どの人間は、その名前を識る事はないのだろう。
























 

 

 けれど、僕は識っている。





















 

 

 僕にはちゃんと見えている。








































 

 その陰の名前は________









 






 



 第四話「(かげ)名前(なまえ) ()」-完-

 第四話『陰の名前 下』読んでいただいてありがとうございます。


 第三話、第四話の題名である『陰の名前』には色々な意味を込めてつけました。誰にも自分を見てもらえない春樹や、前線に立つことなく光を浴びない創一郎、陰を操る能力者の玄雲、廻の成長を陰ながら見守る狼と弥子、そして陰に囚われていた廻自身の事も指しています。どんなものにでも名前はあるのだと、そんな陰の名前を知ろうというのがこの『陰の名前』という話になります。


 私の書く物語が、読んでくださる誰かの胸に名前を付けて残ることが出来ればとても嬉しいです。


 また良ければ次回も、読んでいただけると幸いです。

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