第四話『陰の名前 下』其ノ弐
バサッと、奥墨さんが番傘を閉じた音に意識が戻される。
音のした方へと視線をやると、御役目を終えた奥墨さんが立っていて、番傘を閉じた事で奥墨さんの顔が良く見えた。あんなに恐ろしい妖を祓ったっていうのに、当の本人は全くそんなものを感じさせない、いつものへらへらとした胡散臭い笑みで僕達の元へと戻ってきた。
「おう、待たせたな」
「お疲れ様です、やっぱり奥墨さんの能力いつ見ても凄いですね」
「オマエらに言われたかねェよ」
労いの言葉をかけた弥子君に奥墨さんは可笑しそうに笑った。そして僕の方へとふと視線を移して、
「あんなオドオドしてた癖に、ちゃんと祓えてたじゃねェか。全部見てたぜ」
そう言ってわしゃわしゃと僕の頭を撫でた。奥墨さんは人の頭を撫でるのが癖なのだろうか。慣れないその温度に頬がじんわりと熱を持った。
「何処行ってたんスか」
「見晴らしの良いとこ探しててな、上から見てた」
問い掛けた狼君に奥墨さんは遠くに見える背の高いビルを指差して答えた。どうやら僕達と別れた後、あの高いビルの上からこの辺りを見渡していたらしい。
「回道が祓った妖はさっきのヤツのほんの一部分だな。上から見てたが、この辺り一帯にでけェ陰が出来てた」
「あ、あれが一部分……」
「まァ、アレはS級つってもほぼA級だな」
「え!?」
僕がボロボロになってやっとの思いで祓った妖が、実はあのS級のほんの一部分でしかなかった事実に頬をひくつらせていると、奥墨さんはそんな衝撃的な事を言う。
あれがほぼA級に近いだなんて……。青ざめる僕を横目に、奥墨さんは「闘い方が動物的すぎたな、脳が育ってねェや」なんて訳の分からないことを言っている。そんな奥墨さんに僕は失礼ながらも、何言ってんだこの人……と思ってしまった。
「それにしても、奥墨さん……どうやってあんなに早く、妖の目が分かったんですか?」
ふと気になった疑問を、奥墨さんに投げ掛けた。
「目?」
「はい。僕、影が目だなんて全然気付かなくて、時間かかっちゃいました」
「へェ、アイツの目って影だったのか」
「え……?」
「……あ?」
まるで話の噛み合わない奥墨さんに首を傾げると、奥墨さんも同じように首を傾げた。
「あの妖の目が影だって気付いたから、影を狙って祓ったんですよね……?」
「いや?俺ァ目なんぞ気にした事ァねェよ。なァ?高専寺」
「そーすね」
「えぇ……」
何言ってんだと言わんばかりに、奥墨さんと狼君は顔を見合せた。そんな2人の様子に、僕はギギっと効果音がつきそうな程戸惑いながら、「どういう事……?」と弥子君に助けを求めて首を回した。
「妖の祓い方も人それぞれでね、目を潰さないと祓えないのは確かなんだけど……。
狼や奥墨さんみたいに、目を探すのが面倒臭いって考える人達は、その目ごと、妖の存在そのものを跡形もなく消し炭にするやり方で祓うんだよ」
「そんな無茶な……」
困惑する僕に「でも、そうやって跡形もなく消しちゃうと目だって潰した事になるでしょ?」と、弥子君は言う。それはそうだけど、それにしても何とも力任せな祓い方だな……と率直に思った。
「妖の祓い方は大きく分けて2つあって。狼や奥墨さんみたいに、目なんか探さずに存在そのものを跡形もなく消し炭にして祓う方法と、その存在の中から目だけを潰してピンポイントに祓う方法に分けられる。
なんでこうして2つの祓い方に分かれるかは、まあ、何となく分かるでしょ?」
「あぁ……うん」
そう言って弥子君は笑いながら狼君と奥墨さんを指差した。どう考えても、ちまちま妖の目の場所を探すようには見えない2人の姿を見て僕は納得する。
「弥子君は、たぶん僕と同じように祓うよね?」
「うん、勿論。無駄に能力使いたくないからね」
「……そ、そうだね」
祓い方は同じだけどその理由は恐らく僕と全然違うものだな。
僕は密かにそう思ったけれど、にこりと笑いかけた弥子君に、わざわざそれを口にする事はせず、同じように笑って返した。
そうしていつもの癖で、流れるように地面を見詰めていると自分の影が目に入った。
「あ……。そういえば、妖の攻撃を跳ね返したあの大きな影は、奥墨さんの能力ですか?」
「おう。あらァ俺の能力、陰影術でェ」
「陰影術?」
何だかよく分からないけど、凄そうな名前の異能力だということはわかる。奥墨さんはいつもの様に番傘で肩をトントンと叩きながら言う。
「影を操って術を組む、それが陰影術だ」
「か、かっこいいぃ……!」
そんな僕を見て奥墨さんは満足気に笑う。
「ちなみに攻撃を跳ね返した術は『投影』」
「投影……!」
「妖を祓った術が『影踏み』」
「影踏み……!」
「か、かっこいい……」と尊敬の眼差しで見つめる僕を見て、奥墨さんは「お前可愛い奴だな」とまたもや頭を優しく撫でてくれる。
「それにしても今日の影、いつもと少し違ってませんでした?」
ふと思い出したかの様に弥子君が言った。その言葉に「ああ……」と何か思い出した奥墨さんは続けた。
「創一郎に頼んでな、傘の構造イジってもらったんでィ」
そう言って、肩を叩いていた番傘を僕達に見せた。
あ。そういえば、あの時____
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「奥墨さん、行かないんですか?」
伝書鳩が運んで来た御役目により、僕と奥墨さんが共に御役目へと向かうことになったあの時__。
御役目の為、鐘鋳君のいる第7研究室を後にしようと、僕は狼君と弥子君に引き摺られる様にして部屋を出ようとするも、一緒の御役目だというのに奥墨さんは部屋を出ようとはしなかった。
その様子に、僕は何だ?と疑問符を浮かべていると、僕の声を代弁するように弥子君が問い掛けた。鐘鋳君の元から去ろうとしない奥墨さんは、ちらりと此方を振り向くとヘラヘラと笑って言った。
「先行っててくンな。俺ァ創一郎に頼み事してから行かァ」
「は?嫌ですけど。さっさと御役目に行って下さい」
信じられない程不機嫌そうに言った鐘鋳君は、これでもかと顔を歪めた。そんな鐘鋳君の頭を慣れた様子でくしゃくしゃと撫で回しながら「んな事言わずに頼まァ」と、さして気にする様子もなく奥墨さんは笑った。
「すぐ追いつかァ」
「了解です」
「ほら、行くよ回道」とこちらに手を振った奥墨さんに背を向けると弥子君は僕に声をかけた。その声に押されるようにして僕達は第7研究室を後にしたのだ。
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そういえばここに来る前、奥墨さんは鐘鋳君とそんなやり取りをしていたな……と思い出した。あの時の頼み事というのがこれだったのだろう。
「陰を調節したくてな、中身をちとイジった」
鐘鋳君に構造を少しいじってもらったという番傘を見詰めて奥墨さんは言う。そう言われて見ると確かに初めて見た時より何か変わったような……?
この番傘って祓具だったんだ……と観察するように番傘を見ていると、
「あつッッ」
突然左腕がズクンッと重くなり、それと同時にジュワッと熱が広がる様な痛みが左腕に広がった。




