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第三話『陰の名前 上』其ノ漆






 

 狼君によって辺りに散らされていた妖の黒い靄は、その身体を修復するかのように地面にめり込んだ影を中心に集まっていた。どうやらもう既に修復は終わった様で、先程と同じく5本の指が生えた腕を生やして、ギョロギョロと目を動かしていた。


 その目で僕を捉えた妖はまたもや僕を手招きして強い追い風を起こした。しかしさっきまでとは違って、僕はしっかりと脚に力を入れて立っていたお陰で、妖の思い通りに吹き飛ばされる事はなく、刀で黒い靄を斬りながら妖の元へと辿り着いた。



 

 ____不思議だ。触ったことも、使ったこともない筈なのに、この刀は僕の腕に良く馴染む。自分の四肢を動かすかのように思うままに使う事ができる。










 




 "「これ普通の刀よりもかなり切れますよ」"


















 

 そう言っていた鐘鋳君の言葉を思い出して、鐘鋳君って本当に凄いんだな……と、ただ漠然と思った。きっと、さっきまで何も切れなかったのは、僕の心情をこの刀が写していたからなのだろうと、誰に言われてもいないのにそう感じた。それぐらい、この刀が良く手に馴染んで、その使い方が分かった。

 

 さっきまでとは様子が違う僕に妖も気付いたのか、妖の動きが少し戸惑っているように見えた。

 

 この妖の目は何処にあるのだろう、と目を凝らして視る。先程と変わった様子は何も無い。真っ黒で大きな影に黒い靄に覆われた身体。これの何処にこの妖の(こころ)が……。

 

 じっと見詰めていると、妖は素早く身体の靄を広げてきた。まずいッと思ったが、反応が遅れて僕の周りはまたもや靄に覆い尽くされてしまった。

 焦るな、落ち着け……と自分を落ち着かせる。とりあえずこの靄を吸い込まないように咄嗟に腕で鼻と口を覆う。このままじゃさっきと同じ事になってしまう、早く心の目を探さないと……。


 靄で覆われた視界は酷く視づらいけど、必死に目を凝らす。




 何か、何かある筈だ。この妖の繊細な部分が…。




 すると、いつの間にきていたのか。探す事に必死になっている内に、自分の体の下に妖の真っ黒で水溜まりのような影が広がっている事に気付けなかった。バッと急いで上を見上げると、妖は僕の上に黒い靄を広げて影を作っていた。


 やばいッと、腕を上げ刀を振るおうとするが、それよりも先に妖の手に身体を掴みあげられた。掴まれた胴体がミシミシと変な音を立てて骨が軋む。その勢いのまま食い込んだ妖の手が力を強め、ゴキンッと僕の肋の骨を砕き割った。


 「ッッ!」


 あまりの痛さに喉からは音が出ず、はくはく……とただただ荒い息が漏れ出た。さらに、それにより靄の侵入を許した口からは、靄が簡単に入り込み、僕の肺を切り裂いた。「ゴブッ」と込み上げた血が口を伝って滴り落ちる。

 続け様に受けた攻撃に身体の力が一瞬緩み、刀を落としそうになるが、それを堪えて何とか耐える。

 


 大丈夫だ……、僕は死なない。やっぱり傷の治りは遅いけど、確実に修復しようと動いている。大丈夫だ、落ち着け……と、そう自分を落ち着かせる。

 

 先程と同じように僕達を覆い尽くす黒い靄は濃くなっていた。つまり、今僕は妖の根源に近いところにいる。だから見付けられる筈なんだ、心の目を。

 霞む視界の中、必死に目を凝らす。僕の足元には、先程と同じように、また妖の影がゆっくりと僕の影を覆い尽くそうと広がっていた。



 その影を見た瞬間、僕はある事を思い出した。






 ____あれ、そういえばあの時、




















 

__

 

 "「目は妖の核……つまり存在源である負の感情そのもの。

 それは繊細で1番柔らかい部分、要は弱点なんだよ」"


 "「弱点……」"


 "「俺達も自分の弱点や触られたくない部分、隠したい部分は誰にも気付かれないように隠したりするでしょ?どんな生き物だって、自分の弱点になる部分は本能的に隠したがるものだからね」"



 

 ふと此処へ向かうまでにした会話を思い出す。その時は言っている意味がさっぱり分からなかったけれど、今分かった__


 


 "「それは勿論妖も同じで目を隠そうとするんだ、だから分かると思うよ」"



















 __
















 

 ああ、分かった。ちゃんと視えたよ、その(こころ)が___





 

 僕は手に力を入れ、しっかりと刀を握り締めた。僕の胴体を掴むその腕に向かって刀を振ると、鐘鋳君が創ってくれた刀はその靄をも斬り裂いて僕の身体は地面へと転がり落ちた。


 傷付いた身体を無理矢理引き摺ってすぐさま体制を整えて妖を見上げると、腕の靄は切れてバラバラになっているけど、思った通り妖にはダメージがないようだった。





 

 その事実で確信を得た僕は、そっと地面の影に触れる。




 ____あの時、地面に突き刺そうとしたこの刀を見て妖は僕から距離をとった。まるで逃げる様に素早く、何かを隠すかのように。


 それはただ、この刀からの攻撃を恐れて僕から距離を取ったのだと思っていたけれど、弥子君の言葉と、斬った筈なのにまるでダメージを食らっていないその身体を見て確信したよ。



 

 

 僕は刀を垂直に持ち、地面に向かって____いや、地面に浮かぶその真っ黒な()に刃を向ける。

 やっと僕の意図に気が付いた妖が飛び上がって僕から距離を取ろうとするけど、今度は僕の方が速かった。


 

 そっと刀を差し込むように、その影に向かって手を差し伸べるように、僕は妖のその真っ黒な影に向かって刀を優しく突き刺した___










 


 


























 

 第三話「(かげ)名前(なまえ) (じょう)」-完-

 第三話『陰の名前 上』読んでいただいてありがとうございます。


 第三話で登場する妖は、私が普段生きている中で抱いた感情から作りました。もっといえば、この妖の存在源である負の感情は、私が実際に抱いている負の感情なのです。

 日々生きていて、ふと思うのです。私は誰かの目にちゃんと映っているのだろうか、と。


 この妖の声が、誰かの代弁になれれば良いなと思います。


 

 良ければまた次回、後編も読んでいただけると幸いです。

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