第三話『陰の名前 上』其ノ肆
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「踏切?」
「そうみたいだね」
電車を降りて素早く御役目の場所を検索した狼君が道のりを提示してくれ、僕達はその場所へと辿り着いた。
その場所はどうやら踏切の様だった。
休日の昼下がり、踏切を渡る人々は決して少なくは無い。休日の学生や親子、老人など、色々な人が踏切を渡り歩いていた。でも、その他には特に変わったところは無いように感じる。
「ここの何処に妖が……?」
「それを回道が見つけるんだよ」
「見つけるって、」
「俺等は一応傍にはいるけど、これはお前の御役目だから基本ノータッチな」
「そんなぁ……」
情けない声をあげながら僕は項垂れる。祓い方もよく分からないのに僕1人でなんて無理だ、と僕と同じ御役目でこの踏切にやってきた奥墨さんに目線で訴え掛けた。
しかし奥墨さんはこの場所に辿り着いてからというもの、ただただジッと絶えず人が行き交う踏切を見詰めるばかりで、僕達の会話には目もくれていなかった。
それに何だかさっきまでと纏う雰囲気が変わったような……。
「あの、奥墨さん、」
「……わりィな回道、俺ァちょっとこの辺見てくらァ」
「え!?ちょっと奥墨さん!!」
元通りの陽気な雰囲気に戻ったかと思うと、奥墨さんは僕にそう告げ、こちらを振り返ること無くフラッと何処かへと行ってしまった。
な、なんて自由な人なんだ……。
「ど、どうしよう……っ」
一人あたふたしてみても、勿論狼君と弥子君が手伝ってくれる訳もなく、本当にどうしようと僕は途方に暮れていた。
____そんな時、ふと目に止まった
何処にでもいる学生。160少しの身長に、まだあまり筋肉の発達していない子供の身体。子供の幼さが残る顔を見ようにも、どうしてかその顔は酷く見えづらい。
どうやら彼は中学生らしかった。休日だというのに動きにくそうな制服を身に纏って、その重たそうな大きいリュックが彼の小さな背中をすっぽりと覆い隠していた。
カンカンカンと遮断機の降りる音がする。行き交う人々は足を止め、踏切内にいる人は駆け足で向こう側へと渡る。何もおかしな事なんてない。
でも何故か気になったんだ。彼のその小さくて弱々しい背中が。
彼の足元から伸びる影がゆらゆらと揺れ、その弱さを表すように僕には頼りなく揺れて見えた。
____いや、揺れていた
「くるぞ」
そう言った狼君の声と同時に辺り一帯が冷たい空気を纏う。何も分からなくても分かる、何かが、起ころうとしている。
体に力を入れ、辺りを警戒していると____
「オイデ」
何処からか声がした。
「ダ、レモ、ミテク、レ、ナィシ」
まるで覚えたばかりの言葉を話す子供の様に。
「ダレ、ニ、モ、ミェ、テナイ、シ」
何度も、何度も、繰り返し、繰り返し。
「コ、コハ、ツラ、ィ、キェタ、イ」
その声は、耳ではなく、頭に直接響く様な感覚で、何度も何度も頭に届く。
言葉が直接頭に入り込んでくるようだ。そのなんとも言えない不快な感覚に、僕は片手で頭を抑えながら必死に声の出処を探る。
しかし、何度周囲を見渡しても何処にもおかしなところはない。能力者以外の人間いつも通りで、まるで声なんて聞こえていない様だった。
それでも絶えず聞こえてくる声に、頭を抑えて必死に首を振っていると____、
「だれもみてくれないし」
その声とは違う、しっかりとした人の声が僕の耳に届いた。
バッと声のした方へと視線を向けると、そこには先程目に止まった少年がいた。
でも、なんだか様子が変だ。
「だれにもみえてないし」
確かに、彼は最初からやけに弱々しくて儚げな雰囲気だった。でも今の彼は、なんというか、そう、異質だ。
ブツブツと頭に響くこの言葉を復唱するように繰り返し唱えている。周囲の人々もそんな少年の様子にチラチラと視線を向けている。
「ここはつらい、きえたい」
「コッ、チ、コッチ」
少年の言葉に答えるようにその言葉は頭ではなく耳に届いた。しかし声のする方には少年しかいない。
「オイデ、コッチ、ォ、イデ」
誘う様に誘う様に少年へと語りかけられる。その声に導かれる様に少年の足は真っ直ぐ前へと動き始める。
カンカンカンと警報の様に鳴り響く。遮断機はとっくに下がっていた。電車の音はもうすぐそこまで近付いている。
「こっち、おいで」
少年の身体が遮断機を押し退け、鳴り響く踏切内へと身体が侵入したところで、僕は漸く事に気が付いた。
僕と同じく踏切内へと侵入した少年に気付いた人達が悲鳴を上げた。その声を背に僕は震える足に力を入れ、必死に地面を蹴った。電車もう視界の端に迫っていた。
____なんで気付かなかったんだッ
沢山人がいる中で、どうしてか彼だけが気になった。彼の存在があまりにも儚げだったからだ。
今にも死んでしまうのではないかと______
けたたましい音を鳴り響かせながら電車はその勢いを殺せず、猛スピードで踏切を横切った。
中途半端な受け身を取りながら勢い良く地面に叩き付けられたせいで背中が酷く傷んだ。辺り一帯に響き渡る悲鳴を背に、僕はそっと目を開けると腕の中にいる彼は放心状態のように、ぼーっと踏切を見詰めていた。
「……きみ、大丈夫?」
いてて……と酷く痛む背中を庇いながら、そんな彼に声をかけた。勢いのまま少年の元へと駆け出して、彼に衝突する形で反対側の踏切へと無理矢理押しのけたから怪我は無いかと心配していたけれど、彼はどうやら無事な様だった。電車が過ぎ去って遮る物が無くなったことで、元いた側の踏切からは僕達を見つめる視線でいっぱいだった。
そりゃそうだ、目の前で飛び込み自殺するところだったんだから。
少年は僕の問い掛けに、ハッとして目を大きく見開いた。
「……僕、今、なにを…」
その瞳は状況がよく分かっていないようで、少し濁って見えた。
一体何が起こってるんだ……?と踏切の向こう側にいる狼君達に視線を送ろうとした時、踏切の真ん中に大きな水溜まりのような真っ黒い影が浮かび上がっているのが見えた。こんなものさっきまでは無かった筈なのに……。
その影はどうやら他の人には見えていない様で、遮断機が上がった踏切内を皆その影を踏みながら歩いて渡っている。
「なに、あれ……」
どうやら少年にはその影が見えている様で、僕の隣でその不気味な黒い影を不安そうに見詰めていた。
恐らく彼は、先程踏切内に侵入し自殺しようとした事で、負の感情が一気に高まり人としての境界線を超えてしまったのだろう。だから彼にはあの不気味な影が見えているのだ。
つまり、あの影は妖で間違いない____
背中に冷や汗が伝い、体に緊張が走る。暫くその不気味な影を見詰めていると、ズッという低い音と共に影から何かが這い出てきた。影から出てきてもそれは真っ黒のままで。違うのは靄のような見た目である事、そして人間と同じ5本の指が生えた腕があり、妖特有のギョロギョロとした気味の悪い目が付いていることだった。
「ひっ」と恐怖に怯え青ざめた顔になる少年と、恐らく僕も彼と同じ様な顔をしているのだろう。そして何よりも恐ろしかったのは、そんな化け物がすぐそこにいるというのに、何も視えず、何も識らずに、すぐ側を通り過ぎていく人達が、僕は何よりも恐ろしかった。
「コッ、チ、オィデ」
その妖はまたもや同じ様な言葉を発するとギョロギョロと目を動かして、靄のような腕を此方に向けて思いっ切り振り被った。
ブォンッという音と共に黒い靄の混じった凄まじい突風が吹き荒れる。僕は思わず目を瞑りそうになるが必死に目を開け、少年を庇いながら地面に這い蹲った。でも他の人までは庇いきれず、大丈夫かと周りを見渡すと、どうやら狼君と弥子君がカバーしてくれたみたいで無事なようだった。
ホッとしたのも束の間、妖はさらに大きく腕を振り被った。先程とは比べ物にならない程の突風が吹き、僕達の体は勢い良く背後の建物に叩き付けられた。少年を庇って叩き付けられた僕の身体は、勢い良く建物にめり込んだ。「ガハッ」と血が混ざった咳が込み上げる。震える少年の手は不安そうに僕の制服を掴んでいた。
「な、なに、あの化け物……」
「……妖、だよ」
「あ、あやかし……?」
「ここにいて、全部終わるまで出てこないで」
震える少年の手を握って、そっと手を離す。そんな僕に少年は「い、行かないで、お兄さん」と泣きそうな目で言うけれど、このまま二人で此処にいても危険なだけだ。それなら、祓う事のできる僕が行かないと……。
「御役目なんだ」と、僕はそう言って震える少年の頭を撫でる。意味の分かっていない少年は変わらず泣きそうな顔をしている。僕は背負っていた祓具を取り出して、グッと握り締めた。叩き付けられた背中の傷はもうとっくに癒えており、震える足に力を入れて妖の元へと駆け出した。




