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第三話『陰の名前 上』其ノ参






 ピキピキとガラスにひびが入るかのような不思議な音を立てながら、鐘鋳君が手をかざした空間が青白い光を放ち始めた。その光は相変わらずピキピキと音を立てながら徐々に形を造る。僕が瞬きをする頃には光はもう形を成していて、それはどうやら刀の様だった。


 完成したそれを鐘鋳君が手にした瞬間、青白い光は消えてその全貌が見える。それと同時に、鐘鋳君は僕の顔を掴んでいた右手をパッと離し、僕は漸く痛みから解放された。


 「……へぇ、アンタ結構良い物持ってるんですね」

 「へ…?」


 「いてて………、」と、痛みから解放された顔を摩っていると、鐘鋳君はほんの少し目を見開いて手に取った刀を見つめて少し驚いた様な顔をした。

 

 その刀は酷くシンプルな刀の様だった。鍔の付いていないその刀は白一色で、その中で刃だけが少し青白く見えた。

 

 どう言う事なのだろうと思っていると鐘鋳君はその刀を僕に差し出してきた。


 「はい、これが回道さんの祓具です」

 「わっ」


 差し出された刀__祓具を手に取ると、刀なんて初めて握る筈なのに、何故か酷く手に馴染む様な感覚に陥った。それでも刃先には確かな重みがあって、これは本物の刀なのだと実感した。僕が祓具を手渡されると、さっきまでゲラゲラと笑っていた狼君達が祓具を見にぞろぞろと集まってきた。


 「これが僕の祓具………」

 「お、刀じゃねぇか」

 「へえ、かっこいいじゃん」

 「見慣れねェ形だな」

 「回道さんの祓具は刀ですけど……、これ普通の刀よりもかなり切れますよ」


 鐘鋳君は祓具を指差して言う。鍔もつかず、持ち手を雑にぐるぐると包帯で巻かれただけの刀は剥き出しの刃そのものだった。


 「正直、全然期待してなかったんで驚きました」


 珍しい物でも見るかの様に、鐘鋳君はまじまじと僕の祓具を見つめて言った。言っている意味がよく分からなくて疑問符を浮かべる僕に、鐘鋳君は少し考えるような素振りを見せた後、口を開いた。


 「俺の異能力「創造(そうぞう)」は、使う者に1番適した祓具を創造します。祓具を使う者の身体、思考、記憶、能力等…、それら全てにおいて1番適した祓具として形創ります。


 その祓具は、その人に馴染み深い……もしくは強く記憶に残っている物の形に形成されます。だから俺が創る祓具は、気味が悪い程体に馴染みやすくて、使った事が無いのに自分の手足の様に使いこなせるんです」


 あ……、だからか。初めて握った筈の祓具がこんなにも手に馴染んだのは。思わず「すごい……」と感心の声が漏れる。


 「回道さん編入生だし、能力の事も知らなかったって聞いてたんで、大したものは創造出来ないと思ってたんですけど……なんかやってたんですか?」

 「あ、いや、どうなんだろ……、覚えてなくて」

 「ああ……記憶喪失なんですっけ」


 自分から聞いておいて、僕の返答に大して興味無さそうに鐘鋳君は答えた。


 「確かにアンタの記憶の部分何もなかったな」

 「え?」





 _____それはどう言う事だろう?

 

 そんな僕を見てか僕よりもずっと身長の高い弥子君が、僕の顔を覗き込む様にして見た。


 「鐘鋳はね、人のあらゆる情報から祓具を創ってるから、その人の身体とか記憶とか能力とか……その人についてのあらゆる情報が分かるんだ」

 「あ……だから何もなかったって」

 「ただ、俺のは分かるとは言っても見えてる訳ではないので、記憶の内容とかまでは分からないですよ。あくまで情報として分かるだけなので」

 「な、なるほど」


 鐘鋳君の言っている事が分かるようで分からなくて、僕には難しい話だと完結する。それにしてもこんな短時間で優れた祓具を創れるだなんて、鐘鋳君凄いや。


 「ここにある祓具も鐘鋳君が創ったんだよね。こんなに沢山……すごいね」

 「いえ、これは自分でテキトーに創ったんで、誰にでも扱えますけどそんなに機能性も良くないですよ」

 

 「あぁ、使えそうなのあれば勝手に持って行って下さい」と鐘鋳君はどうでも良さそうに吐き捨てた。


 「なんだこれ、おもしれぇ〜」

 「おう、良いなそれ。俺にも貸してくンな」

 「……」


 既に部屋にある祓具を漁り好き勝手使っている狼君と奥墨さんに鐘鋳君は静かに青筋を立てていた。

 そんな事よりも僕はさっき鐘鋳君が言った事が気になっていた。


 「自分で創ったって、全部鐘鋳君が創ってるんだよね?」

 「?

 そうですけど」

 「自分で創ったって……」

 「……、ああ」


「それか」と納得した様に鐘鋳君は呟いた。


 「たしかに俺が創る祓具は全部俺が創造してますけど。アンタみたいに、誰かのために創る祓具はその人自身が想像しているものなんで、あくまで俺はただそれを形創ってるだけで、創ってるのは俺じゃないです」


 そんな事ないと思うけど……。そんな鐘鋳君に弥子君は「そこんとこ頑なだよね、鐘鋳が創ってるのにさ」と少し困った様に笑う。弥子君に頭を撫でられてされるがままになっている鐘鋳君は、「いえ、俺じゃないです」と子供の様に繰り返した。


 「いや鐘鋳君が創ってるんだよ!その人が想像してるものを創れるなんてすごいよ」


 「かっこいいね!」、そう言った僕に鐘鋳君は目を見開いて驚いた顔をした。


 「それ、奥墨さんと同じ……」


 と、小さく何か呟く様に言った気がしたけど、小さな声だったから僕には何を言ったのかまでは分からなかった。

 ハッとした顔をして、いつものクールな表情に戻った鐘鋳君は静かに僕から視線を逸らした。


 「……いや、そんな大層なものじゃないですよ。自分で創る物以外は、その人に触れていないと創れないですし」








…………………………。


 

 「…………ん?」

 「触れてないと創れないんで、そこんとこ面倒なんですよね」

 「ちょっと待って、鐘鋳君」

 「何ですか?」

 「触れてないと創れないんだよね?」

 「?はい」

 「触れる()()でいいんだよね?」

 「そうですけど……」


 僕の意図が見えないのか、鐘鋳君は怪訝な顔をする。何なんだ?と考えるように右上を見た彼は、「……あ」と何かに気付いたように声をあげた。


 「触れるだけでいいなら、あんなに強く掴まなくても良かったんじゃ……」

 「…………、そっちの方が情報が分かりやすいんで」

 「いや絶対嘘だよね!!!?」


 気まずそうな顔をして、視線を逸らしながら彼は苦し紛れにそう答えた。顔に出やすい鐘鋳君が嘘を付いてる事なんてすぐに分かる。その発言に勢い良く噛み付いた僕に、彼は心底面倒くさそうな顔をした。でも僕はそれどころじゃない。だって死ぬほど痛かったんだから。


 「死ぬほど痛かったんだけど!!!」

 「んな大袈裟な………」

 「本当に!!!!!!」


 ギャンギャン喚く僕を見て、狼君達は相変わらずゲラゲラと笑っている。面倒くさそうな顔で逃げようとする鐘鋳君に騒ぎ立てていると、






















 

 

 ___パタパタパタ







 

 と、遠くで鳥が羽ばたいているかの様な音が微かに聞こえた。窓も開いていないこの室内の何処から……と、辺りを見渡していると、その音は段々と此方へ近づいてきた。


 「何の音……?」


 すると何もない天井の1部がパァァと強く光り始め、その光りの空間からパタパタと音を立てながら何かが出てきた。その眩しい光のせいで僕は目を細める。

 

 光の空間が閉じて元通りの天井が見えると、その音の正体は真っ白な白い鳥のようだった。

 その鳥は数回天井を舞った後、僕の元へゆっくりと降りて来た。僕はどうすれば良いのか分からず、とりあえず着地点を、と慌てて鳥の前へと腕を差し出した。鳥はゆっくりと足を掛け、僕の腕へと綺麗に着地した。


 「白い、鳩?」


 その鳥はよく見ると鳩の様だった。ただ、一般的な鳩とは違って、汚れひとつ無い真っ白な羽根を纏っている。

 こんな所に何で鳩が……と、戸惑っていると狼君達が駆け寄ってきた。


 「伝書鳩じゃねぇか」

 「伝書鳩?」

 「聞いた事ぐらいあんだろ?離れた所から通信文(メッセージ)を運ぶように訓練された鳩のことだよ」

 「その鳩が、何で僕の所に?」


 僕の問い掛けに狼君は目を細めて妖しげに笑う。



 「____御役目だよ」




























 ___




 

 東京都新宿区某所 中央線____



 

 ガタンゴトンと音を鳴らしながら軽快に走り抜ける電車。目まぐるしく移り変わる景色を窓越しに見つめて、僕は狼君、弥子君、そして奥墨さんと共に御役目を担う為、新宿にある目的の場所へと向かっていた。


 「その御役目は、どんな妖を祓うの?」

 「さあな」

 「さあなって……」


 ちゃんと教えてよ……と、僕の前でスマホ片手にテキトーな返事をする狼君を見つめる。ガタンゴトンと不規則に揺れる車内で、吊り革も持たず、片手に水の入ったペットボトルを持ちながらスマホを触って立つ狼君の体幹は一体どうなっているんだろう。


 「詳しい事は俺らにもわかんねぇんだよ」


 「なんも書いてなかっただろ?」と、手に持っている手紙を指さされ、確かにあの伝書鳩が運んで来たこの手紙には、妖のいる場所しか記されていなかったなと納得した。


 「とにかく、俺らは御役目が来たらその場所に行って、そこに居る妖を祓ってくれば良いんだよ」

 「ええぇ……」


 そんなものなのだろうか。


 妖を祓うっていうのに妖についての情報が少なすぎやしないかと少々疑問を抱くが、狼君達は慣れように事を進めるから、きっとそういうものなのだろうと僕は無理矢理納得せざるを得なかった。


 「それにしても奥墨さんも一緒なんて珍しいですね」


 僕の隣に立っている弥子君が、同じように狼君の隣に立つ奥墨さんにそう声をかけた。

 

 休日の昼下がり、人の多い車両の中、白と黒のみで統一された見慣れない制服を身に纏った僕ら3人と、真っ黒の和服を着た奥墨さんは、この空間の中どう考えても異質で、周りの人からの視線がチラチラと突き刺さっていた。


 それに加えて、狼君のそのサラサラで綺麗な銀白髪、弥子君の背中に背負った立派な日本刀、奥墨さんの大きな番傘と腰にさげた日本刀、そして何より3人の放つ異様なオーラ、視線を浴びる理由しかない自分達に僕は静かに冷や汗をかいていた。

 

 「俺達は回道の付き添いですけど、奥墨さんも同じ御役目なんて……なんかあるんですかね」

 「さァな、でもまあ不死身の能力者と一緒じゃ俺の出番なんざないかもな」


 そう言って奥墨さんは僕に笑いかけてきた。そんな僕はというと、弥子君の言った意味深な言葉に、これから待つ初めての御役目に対する不安がさらに大きくなっていた。


 「あの……ちなみに奥墨さんは何級なんですか?」

 「俺ァS級。高専寺と狐塚と同じだぜ」

 「ひえ……」


 「なんでェそりゃ」と、情けない僕の声に奥墨さんはケラケラと笑っているけど、それどころじゃない。S級の奥墨さんと同じ御役目って……、それS級の御役目なんじゃ……。何でB級の僕なんかが同じ御役目なんだ、と思わず項垂れる。

 

 しかしそんな僕の気持ちを尻目に、無情にも電車は降車駅へと到着し、項垂れる僕はドアの外へと追いやられた。
























 

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