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三木正美の破壊力

慎伍の作戦で一時的にピンチを逃れた泰三だが、このままではいつかバレる。しかし、あの女子高生の破壊力は凄まじく、すぐに泰三たちの顔を緩ませる。あのバスでの出来事がバレたら当局に捕まるかもしれない。あの女子高生に対抗できるには……。僕は凄まじい抵抗を覚えながらも、女子高生に対抗できる唯一の作戦を口にする。

 一時的に危機を逃れて満足する我が軍師ではない。休み時間に入った途端、教壇に立った慎伍は早速解決策を模索し始めた。

「今の授業危なかったぞ。ニヤニヤしてるのが、塚チンに丸わかりだ。ここままではいつかバレる。授業中は特に顔が緩まないよう注意してくれ」

「そうだな。気をつけようぜ。バレたらヤバいなんてもんじゃない。当局に捕まっちまう」

 すぐに賛同の声が上がる。今もってどんな組織なのか、はっきりしない当局だが、時折耳にする話は世にも恐ろしい話ばかりである。

「でも、あの娘が浮かぶと、どうしても頬が緩んじゃうんだよね」

「あの娘だってよ」

 すぐにひやかすような声が飛び交う。仕方がない。僕らの会話の中でこれまで『あの娘』なんてワードは出たことないのだから。

「……いいよね、皆は」

 ボソッとつぶやいたのは、前野である。聞くところによると、あの日、前野はメガネを壊したあと、丁寧にハンカチに包んでカバンの中にしまっていたと言う。その間にバスはパーキングに停まり、わけも分からぬうちに女子高生が乗ってきた。彼は焦った。慌ててメガネを取り出そうとして、落として、踏んで、割ってしまったということである。結局前野はあの女子高生を見ることができなかったのだ。この運の悪さはいかにも前野らしい。

 前野は大きなため息をつくと、わかりやすく肩を落とし、そのままふらりと教室を出ていってしまった。

「大丈夫か? アイツ」

 慎伍は幽霊のような前野の後ろ姿を見ながら言った。

「あまり大丈夫なようには見えんな」

 前野とは決して仲がいいとは言い難い僕でさえ気の毒だ思う。気の毒だと思っても今更どうしようもない。

「話を戻すぞ。じゃあ、授業中はできるだけ修学旅行のことは考えないようにしよう」

 慎伍が言うと

「ダメだよ。考えないように思ってたら、余計に考えちゃう」

 新次郎が真っ当な意見を言った。慎伍は眉間にシワを寄せて、考え込んでいたが、

「確かにな。考えないようにっていうのは難しいだろうな」

 と言った。でも、僕は経験上、効果絶大な方法を知っている。だが、それを口にすることはためらわれた。

「……どうしたものかな」

 時間ばかりが経過する。さすがの慎伍も考えあぐねている。

「とりあえず、次の時間は考えないようにするしかないんじゃない。また、後で考えれば」

 新次郎が言うが

「ダメだ。お前が言ったように、考えちゃいけないと思えば思うほど、余計に考えてしまうものだ」

 慎伍は続けて

「マズいな。次の時間はよりによって家庭科だ」

 と言った。担当はもちろんさおりんである。

「でも、時間がないよ」

 新次郎が言っている横で泰三はまだ夢の中でニヤニヤ笑っている。

「おい泰三、お前いい加減にしろ。そろそろ、さおりんが来るぞ」

 慎伍が言っても泰三のニヤニヤは収まらない。もう仕方がない。気は進まないが、泰三を当局に連れていかれるわけにはいかない。

「慎伍、あまり言いたくはないのだが……」

 覚悟を決めて口を開いた。

「何だ? 何かいい考えでもあるか」

「そのときは、三木正美を思い出すようにすればいい」

 その名を言うのに凄まじい抵抗を感じたが、泰三のためと言い聞かせて、口に出した。

「三木正美! その手があったか」

 慎伍はそう言うと、いきなり泰三の頬を叩いた。

「おい、泰三よく聞け」

「何すんだよ、痛えじゃねえか」

 頬を押さえて泰三が言った。ようやく現実の世界に戻ってきたようである。

「お前、三木正美を覚えてるな」

「なんだ、突然。忘れるわけねえだろう。あんなインパクトある生き物、忘れられっか」

「お前、あの女子高生のことを思い出したとき、絶対に三木正美のことを思い出しちゃダメだぞ」

「いやなこと言うなよ。何で三木正美のこと思い出さなくちゃならないんだ」

「いいや、その逆だ。絶対に思い出すなよ。思い出しちゃだめだ」

「……何だ、そりゃ。思い出すわけねえだろう」

「そうだ、筋肉隆々の腕も、青々した髭剃り跡も割れたアゴも絶対に思い出しちゃダメだ。いいか、女子高生は三木正美じゃないからな」

「やめろよ。余計思い出しちまうだろ」

 心底嫌そうな顔をする。

 おめでとう、泰三。もうこれで君は、当局に連行される心配はなくなった。考えてはいけないと思えば思うほど、三木正美は君の脳裏にありありと浮かぶだろう。あのアゴも、頬ずりしたら血まみれになりそうな髭剃り跡も、ボディビルダーが泣いて喜ぶ体もすべて君のものだ。心置きなく味わうがいい。だがこれは君を救うためなのだ。許したまえ。僕は心の中で密かに詫びた。

 さおりんが来た。みんな蜘蛛の子を散らすように自席へと戻っていった。

 さおりんは授業らしいことは何もせず(授業らしいことを何もしないのはいつものことだが)、最初から最後まで修学旅行でのことをしゃべって帰っていった。僕らの目的を教師陣がどのように妨害したのかを面白おかしく。

 ここの教師たちは頭がおかしいのだろうか。でも、さおりんもD組に舞い降りた天使のことなど知る由もない。いい気味である。

 授業終了後、早速泰三が血相を変えて慎伍のところへやって来た。

「慎伍、お前どうしてくれる」

「どうだった? 三木正美は役に立ったか?」

「どうもこうもねえ! 『まい』のことを思い出すと、どうしてもあの可愛らしい顔が三木正美の顔になっちまうんだ。俺の『まい』が……。どう責任を取ってくれるんだ」

 今にも掴みかかりそうな勢いである。

「思い出しちゃダメだと思うと、あの顔がだんだんゴツくなって、アゴが割れてきて、挙句に顔の下半分に青々とした髭剃りのあとが、そして華奢な体がたくましくなって、腕には根のような血管が……」

 わかる、わかるぞ。僕は心から泰三に同情した。あの麗しい女子高生が三木正美に変わったときのショックと言ったら、言葉に表すことなどできない。

「泰三、仕方ないんだ。あのままじゃ、お前当局に連れていかれるところだったんだから」

「だからってほかに方法があるだろうが」

「お前は覚えちゃないだろうが、塚チンの授業でも、お前のことを変に思ってた。お前、さおりんから逃れる自信でもあるのか」

「そ、そりゃ、ねえけどよ。『まい』が突然三木正美になるんだぜ。夢も希望もねえよ」

 泰三は今にも泣きそうである。

 結果として、この作戦は大成功だったようだ。女子高生の破壊力に対抗するには、三木正美ほどのインパクトが必要だったのである。


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