その7 マリア、負ける
「患者さん。永井コーポレーションの御曹司とお知り合いだったの?」
「え、えーと…」
精神病院の大部屋。
マリアは、現在、夕食を終えたばかり。
看護師に、精神病用の錠剤をもらう。
苦いのだろうか?
良薬口に苦し、とはいう。
勢いにまかせて、一気に口の中に入れ、薬用の水を流し込む。
「ちゃんと、飲めましたね」
「あ、はい」
「永井クリスくんも、よく天使が見える症状があって。患者さんが、金髪のロングヘアの天使が見えるって伝えたら、明日の朝にも、転院してくると言ってたらしいですよ」
「あ、そう。はい…」
「明日、会えますね。良かったですね」
「…はい」
看護師が、スタスタと立ち去る。
見届けたマリアは、かたいベッドに横になり、毛布にくるまった。
「永井クリスは、天使が見えるものの、会話ができないのでございます」
「…何よ。私、知らない他人よ。お医者さんに、天使の言ったこと伝達しただけよ」
「伝達係、ありがとうございます」
「伝達係、お疲れ様であります」
「…寝る。おやすみ、天使たち」
その7 マリア、負ける
朝。
5時だ。
思いのほか、早く目覚めたが、不思議と眠気はなく、頭はハッキリしている。
「…!」
問題は、天使が、ずっと寝顔を見ていたことにあった。
天使は、眠らないらしい。
「おはようであります。遠藤マリア」
天使は、アリエル一人。
ミカエル様は、永井クリスの元に行ったらしい。
「永井クリスは、すでに、この病院に来ているのであります。真夜中に、自家用タクシーで移動したようであります」
「え?お金持ちね…」
マリアは、ゆっくりと身体を起こした。
女性棟共用の洗面台で、顔を洗い、歯を磨いた。
朝食は、7時頃だろうか?
それなら、2時間は、空く。
「永井…、クリス?何者かしら?」
私服のシャツに着替えて、天使に急かされたマリアは、永井クリスの転院した個室へ向かった。
「え、遠藤さん?ですか?」
青いショートの髪の少年がいた。
「そ、そちらに天使…とか。え、えっと…」
「…」
「き、金髪の長いロングヘア…。て、天使とか…。すみません。ごめんなさい…」
少年は、うつむいたまま、黙り込んでしまった。
明らかに、内気な少年である。
マリアは、相手が金持ちとだけ認識している。
少年・クリスの近くには、大天使ミカエル様が優しく見守っている。
「…え、遠藤さん。き、金髪の天使が、天使が…、み、見えますか?」
「見えるわよ?」
「え、…え、ほ、本当に?ボ、ボクと同じですか?」
「あんた。何で、オドオドしてるの?」
「え、えっと…ご、ごめんなさい」
クリスは、本当に内気な少年のようだ。
マリアは、全く空気が読めなかった。
内気な少年は、そのまま、落ち込んだ。
「ああ、永井クリス。ワタクシの愛する少年でございます。永遠の少年でございます!」
ミカエル様は、感極まって両手を広げて抱きつく。
天使と人間の境界線が、どうなっているのか、よくわからない。
人間は、実体がある。
天使は、霊体に近い。
人間のクリスの実体を、ミカエル様は包み込むように抱きしめている。
たぶん、感触は、双方に無いだろう。
「て、天使さん…」
クリスは、ミカエル様のほうを向き、手の位置に自分の手をそえる。
結構、キュンなシーンなのではないだろうか。
マリアは、大恋愛なのね。
と、納得した。
ギャアギャア
カアカア
突如、病院の個室の窓が、大騒ぎとなる。
黒い生き物が、窓の少し開いた隙間から、入り込んできたのだ。
「黒いヤツじゃない!」
マリアは、思わず、身構えた。
ダークアニマルンだと思えた。
天使が見える精神障害者にだけ、見える敵。
「私、戦うわよ!」
「ま、待つであります。遠藤マリアっ」
「何よ。戦えばいいんでしょ?」
カアカア
バサッ
黒いヤツは、黒い翼を羽ばたかせながら、もがいている。
「弱っているようね。私が、相手よ!」
「遠藤マリアっ」
「患者さん!大丈夫ですか?」
看護師が、一人、二人、個室に入って来た。
「か、カラスが病院内に…」
「警察に電話だ。市役所にも!」
「え?カラス?」
マリアは、混乱した。
バサッ
カアカアカアカア
「いやっ!」
マリアは、野生のカラスに襲われた。
看護師二人は、すぐに身を挺して助けに入った。




