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第七話 霧の中の黒い特権

 七月の蒸し暑い都会を離れ、英和女学館初等部五年生の一行が向かったのは、霧に包まれた八ヶ岳の高原でした。

 昼間は爽やかな風が吹き抜けるものの、標高の高いこの地では、朝晩は身が引き締まるほど冷え込みます。出発前の説明会で「防寒用として、体操着の下にレギンスやタイツの着用を認める」という通達が出たとき、沙也加と春奈は、教室内で一瞬だけ視線を交わし、小さく微笑み合いました。


 宿泊二日目の早朝。小鳥のさえずりと共に、キャンプ施設の朝は始まりました。

 気温は十二度。半袖の体操着だけでは肌を刺すような寒さの中、生徒たちは次々とジャージを羽織り、足元を白ソックスで固めて集合場所へ向かいます。


「沙也加ちゃん、準備できた?」


「うん。……なんだか、すごく懐かしい感覚だね」


 ログハウスの暗がりで、二人はお揃いの黒タイツを履き終えました。

 制服のセーラー服ではなく、ゆったりとした指定の体操着ハーフパンツ。その裾から伸びる脚は、学校での規律正しさとはまた違う、スポーティーでどこか活動的な「黒」に包まれていました。


「みんなはレギンスだけど、私たちはやっぱり『タイツ』だね」


 春奈が足首を動かし、生地の適度なテンションを確かめます。レギンスの隙間から素肌が見えるのを嫌う二人のこだわりは、こんな山の中でも健在でした。


 朝の集いが終わった後の自由時間。二人は少しだけみんなから離れ、霧が立ち込める森の遊歩道を歩きました。


「見て、沙也加ちゃん。霧が黒いタイツに触れて、小さな水滴になってる」


「本当だ……。なんだか、私たちがこの森の景色の一部になったみたい」


 朝露に濡れた下草が、二人の足元を撫でます。

 白ソックスを履いた他の児童たちが「冷たい!」「濡れちゃった!」と騒いでいるのを遠くに聞きながら、二人はタイツという「薄い防護壁」に守られた自分たちの足元を誇らしく思っていました。


「ねえ、春奈ちゃん。タイツって、学校だけじゃなくて、こうして自然の中にいても綺麗に見えるんだね」


「うん。この黒が、深い緑や白い霧の中で一番はっきり見える。……私、やっぱりこの姿の沙也加ちゃんが一番好き」


「……ちょっと、寒いね」


 沙也加が身をすくめると、春奈がそっと手を握ってくれました。


「大丈夫。私たちは足元からちゃんと守られてるもん。秋が来るまであと少し……。この感触を、こうやってときどき思い出せれば、夏も乗り越えられる気がする」


 高原の冷気が、タイツの糸一本一本を引き締めるような感覚。

 都会の教室では味わえない、野生の鋭さを帯びた「黒」。

 二人は、体操着姿という少しだけラフな格好でありながら、その足元に宿る「共通の美学」を噛み締め、霧の深い森の中を、一歩ずつ確かめるように歩んでいきました。

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