第六話 しばし別れの黒
五月三十一日。放課後の校舎、夕刻の光が差し込む長い廊下。
明日からは完全夏服への衣替えが義務付けられ、指定の白ソックスへと履き替えなければなりません。四月の出会いから二人を繋いできた「黒タイツ」を履いて登校できるのは、今日が最後でした。
「……とうとう、明日からなんだね」
昇降口で、沙也加は外を眺めながら呟きました。
校庭では、すでに夏服に完全移行した下級生たちが、眩しい白ソックスを揺らして下校していきます。その軽やかさとは対照的に、二人の足元には、夕闇を先取りしたような深い黒が沈んでいました。
「うん。でも、私たち、今日までやり遂げたね。クラスで最後の一組になるまで」
春奈はそう言って、自分の膝を愛おしそうに撫でました。初夏の気温の中、厚手のタイツは少し汗ばむほどでしたが、その密着感こそが、二人の絆の証明でした。
「沙也加ちゃん、最後にもう一度……見せて?」
春奈の言葉に、沙也加は静かに頷きました。
二人は並んで立ち、鏡のような磨き抜かれた廊下の床に、自分たちの足元を投影させます。
紺碧の冬用セーラー服、その重厚なプリーツから伸びる、隙のない黒。
「春奈ちゃんの足元、今日も本当に凛としてる。……この黒がなくなるなんて、なんだか魔法が解けちゃうみたい」
「魔法じゃないよ。これは私たちの『意志』だもん」
春奈は沙也加の手をぎゅっと握りしめました。
「明日からは白ソックスになるけれど。でも、秋が来て、またこの黒を履く時、私たちは今日よりもっと綺麗に履きこなせるようになっていよう? それまで、この感触を忘れないって約束して」
沙也加は、タイツ越しに伝わる春奈の手の温もりと、生地の滑らかな感触を脳裏に焼き付けようと目を閉じました。
幼稚園の頃から、一人きりで選び続けてきた黒。
でも今は、その価値を分かち合える「もう一人の自分」が隣にいます。
「……うん。忘れないよ。明日からは白ソックスの下に、この『黒の誇り』を隠して過ごすね」
二人は微笑み合い、最後の一歩を噛みしめるように歩き出しました。
カツン、カツンと、ローファーが奏でる音が昇降口の床に響きます。
それは、少女から大人へと向かう階段の途中で、二人が刻んだ確かな足跡でした。
沈みゆく夕日が、二人のセーラー服を黄金色に染め上げます。
足元の黒は、最後まで光を吸い込み、気高く、そして静かに、初夏の終わりの残像を残していました。




