第一話【その祓い屋 見える景色は】
真っ暗な空間の中、緋い炎がふわふわと浮かぶ。
これは夢だ。誰かの夢の中…誰の、だろうか。
かすかに聞こえる話し声
かすかに聞こえる呻き声
かすかに聞こえる笑い声
シャン…シャン…
高い鈴の音が鳴り響くと静寂が訪れる
同時にブーツのようなヒールが高い靴で歩く音がした。
緋い炎は音のする方へと空を泳ぐ
その姿はまるで水の中を泳ぐ金魚のようにもみえる。
ポチャンッ…と水のような音を立てて炎は消え去る
「当主様」
「当主様」
「我等の望みはただ一つ」
「あの御方の復活」
「ゆめゆめ お忘れなきを」
「…煩いですよ。雑魚ども。言われなくとも分かっております」
「当主様」
「当主様」
操り人形のように話す彼らを見ては、溜め息をつく
嫌気が差すこの家が嫌いだ
昔から大切な物は全て捨てた
ーーーも
すべてはーーーさまをーーー為
ーーー?
私はーーーー…
夢はそこで醒める。
ぽかぽかと春の日差しが窓から差し込み、お昼寝には最適な季節だ。
保健室のベッドに寝転がっては、すよすよと寝息をたてる翠の少女。
閉じられた瞼の下にはうっすらと隈があり、あまり眠れていないのか死んだように眠る彼女は肌白い人形の様に美しく儚げである。
校内は授業中なのか、静かで生徒の声も先生の声もしない。
「…んん…っ」
ブーッ…ブーッ
枕元に置いてあったスマホが鳴り、少し眉間にシワを寄せスマホを探すように手を動かす。
ゆるりと目を開け、掛けてきた相手も見ずにそのまま電話に出る。
「……だれ」
『誰とはひどいですね。』
「…すい。…要件は」
電話越しに聞こえた声は優しい声質だが、何処か胡散臭い。
彼の声で何かを察し、身体を起こした彼女は、くるくると翠の髪を弄りながら要件を聞く。
『お仕事ですよ。おひぃさま。祓い屋の』
「……今、学校」
『どうせ保健室か何かでしょう?』
「…………。」
『貴女様に学校など必要ない。ご自分が一番わかっているのではないですか?』
相手の言葉に再び眉間にシワを寄せる。
窓の外を眺め学園の門に停まっている黒塗りの車を見下ろし電話を切った。
それと同時に車の窓が開き、桔梗色の髪を持つ和服の青年が此方を見つめながら手をヒラヒラと振る。
御影睡蓮。祓い屋一族が一人、御影家の現当主である。
愛らしい甘いフェイスから繰り出される心地の良い声は、ハニトラか何かかと思うほどだ。
「………。」
幼い頃から祓い屋として育てられ、特殊な環境で生きてきた。
こうやって学校へ来てはいるがほぼ授業を受けることはない。
課題をこなし提出はするが、祓い屋の仕事が頻繁に入る為、普通の学生とは程遠い生活を送っている。
少しげんなりしつつ、ベッドから降りカバンを持ち保健室を後にした。
とある休憩時間の教室では、生徒たちの声で賑わってきた。
そんな中、窓際の一番後ろの席には誰も居らず鞄もない。
その様子を1人の女子生徒が見つめていた。
「ねぇ、あの席の子ってさ…」
「ん?あぁ、稲荷雛菊さんのこと?」
「私、実はまだあったことなくて…」
「まぁ殆ど教室に来ることなんかないものね〜。私も1回?2回?くらい遠目で見たくらいなんだよ。すっごいお人形さんみたいで可愛い感じの」
「そうなの?」
噂話をするような会話は、何処か嫌味も含むような声にも聞こえる。
他の生徒も便乗するように話に乗るように話し始める。
「体弱いんだっけ?」
「えーっと、お家の都合?…って、ほかの子から聞いたよ。」
「稲荷さんのお家って…」
「稲荷神社だろ?ほら、山奥の」
近くに居た男子生徒が女子生徒の会話に入る
「そうそう。流石に山奥過ぎていったことないけど、縁結びの所なんでしょ?ちょっと気になるよね〜。」
「俺は縁切りしてくれるって聞いたぜ。縁を切りたい相手との縁を切ってくれるらしい。俺も、嫌いなやつとの縁とか切ってほしいぜ〜」
笑いながら話す男子生徒に女子生徒は、あー。たしかに〜。と呟く。
軽い雰囲気の中、1人の男子生徒が教室に入ってくる。
会話が聞こえたのかそちらへ足を向け近寄ると、笑いながら話す男子生徒の後ろまで行けば声をかける。
「そんな簡単に縁をきっていいん?」
「んえっ、?」
「荒咲先輩!なんでここに…」
突然現れた彼に教室の中は、黄色い歓声が上がる。それに口元を緩め笑えば、軽く手をあげる。
にこにこと笑いながら男子生徒の背後に立つ金髪の髪に翡翠の瞳を持つ彼は何処か冷えた瞳で淡々と、呟いた。
「縁を切ったが最後」
その声は
「もう2度同じ縁は結べへんで…?」
何かをしっている
「よぉ、考えて縁は…切ったほうがえぇよ?」
何処か殺意の籠もった声
何処か失望したような
そんな声で
車の後部座席。
保健室を後にし車に乗る雛菊は変わりゆく景色を眺めながら、目的地に着くまでぼーっとしていた。
日常と言う名の映像。
物心付いた頃からずっと見えるものはすべて何も感じない。
否。
分からないが正しいのかもしれない。
空っぽなその身体に期待するような声が寄せられる。
欲望
憎悪
妬み
悪意
向けられる感情に興味はなかった。
何のために生まれて、何のために生きていかなきゃいけないのだろうか。
不意に寄り添うようにふわりふわりと見えたものに視線を向ける。
赤い糸。
何処かにつながるわけでもなく身体の周りに浮かぶ。
昔から人と人を結ぶ糸…縁が常に見えていた。
赤い糸や、青い糸、黒い糸…色々な縁が見える。
嫌になるほどみたくもない縁をみてきた。
そっと目を閉じすべてを遮断する。
いつも通り。いつも通りやればいい。
すべてを無に
『駄目だ』
何処からか、声が聞こえた気がした。




