第二話「稲荷と御影」
xxxx年12月xx日
あの日のことは今でも覚えている
よく雪の降る日だった
大切なーーーの誕生日で、"稲荷の姫"である彼女の為に盛大な宴が行われている筈だった
けど、駆けつけた時にはもう手遅れで
彼女の瞳はなにも映さない
静まりきった屋敷の中、赤い水溜りの中心で動かない彼女を抱き上げて走り去った
冷たくなった彼女の身体を温めるように
消えてなくならないように、強く抱きしめた
ツンと鼻に残る鉄の匂いに顔を顰める
感情が抜け落ちて何も感じていないような顔をする彼女を見ていられなかった
あの日、僕等は…私は、彼女をーーーーーー
人が近寄らなくなった場所は酷く静かだ
ひとりその場に立つ彼女の手には真っ白な太刀が握られている
「……………」
ふわりと夜風に吹かれ翠の髪が靡く
絹のように美しいその髪と翠と琥珀の瞳は彼女を象徴する…否、【 稲荷雛菊 】である証明でもある
足元には形姿無いナニカ
人はそれを【 怪異 】と呼ぶ
人ならざる存在はこの世の中にひっそりと蠢いていた
善悪の分からないそれは人を襲うのである
「終わりましたか?」
「………」
「相変わらず、お強いですね」
「……」
「では、いつも通り処理はこちらで…」
「すい」
「はい」
「…、…なんでもない」
手に持った太刀を鞘に収め持ち直すと、そのまま歩き始める
その様子を見つめる彼、御影睡蓮は琥珀色の瞳を細め彼女の背中を見つめる
強く、何処か小さなその背中を見つめることしか出来ないのだから
「…(痛々しい。だが、私にはなにも…)」
「帰るよ。すい」
「!はい。おひぃさま」
彼女に名を呼ばれては駆け寄る
相手の一歩後ろを歩きながら、ふいに視線を背後に向ける
人ならざる姿をした怪異は、いつの間にか其の場から消滅していた
【 祓い屋 】
可の昔から、怪異や土地の浄化といった人の手で負えぬものを扱う
いわゆる、怪異現象の解決を専門とする人々のことを表した名称
古くからそうした事柄を生業としてきた我らの先祖達は
妖や神と契約を結び、式として使役し祓う者
生まれながら其の身に人ならざる力を持ち、祓う者
呪具を駆使して罠や、武器を使い祓う者
強くなくては生きていけない
私達は幼い頃からそれを強いられてきた
強くあれ
力も
権力も
すべてを操るように
毎日
毎日、毎日
呪文のように洗脳のように
強くあれと
「(強く。…そうでなくては、生きていけないのだ)」
心の中で、御呪いのように呟いた
目を閉じ、息を深く吸う。夜の冷たい風が肺に入り込み冷える
こうすると少しばかり心が落ち着く気がした
「?すい、どうかした…?」
貴女の澄んだ愛らしい声はよく頭に響く
閉じていた瞳を開けては、にこっと笑う
「いえ、なんでもございません。行きましょう」
今日も私は笑う。貼り付けた表情かもしれない。それでも良いのだ
それで貴方が気を悪く、気をお使いにならないのであれば良い
明日もまた貴方の傍にいれるように
使命を全うするために
「……」
帰り道、二人は車に乗り込みながら次の仕事の場所に向かっていた
睡蓮は横目で雛菊をチラッと見つめた。すぐに視線を逸らす
こうして二人で横に座れば嫌でも分かる彼女の綺麗な顔や愛らしさは目に毒である
長年の付き合いである睡蓮ですら見惚れてしまう時があるほどだ
「…(相変わらず顔はいいんだよな。この人は。……何時まで隣で見ていられるだろうか)」
「……」
雛菊は視線に気がついているのか気がついていないのか、興味がないのか車の外を眺めながら無言を貫いている
睡蓮はその様子に視線を落とした
御影は稲荷に次ぐ古くから続く祓い屋一族である
稲荷をトップに御影、荒咲と主に三つの祓い屋一族が一つの組織として成り立っていた
時に警察などの機関とも協力して世の理と人と怪異のバランスを保つ。霊力、武力、何もかも完璧な稲荷
稲荷を主とし、陰ながら支え、稲荷を神のように崇め祀る。式神、幻術などの術を得意とする御影
呪具造りを生業とし、自らも実験にするほど少し変わった者が多い。稲荷の次に霊力も莫大に持つ者が多い荒咲
御影は所詮戦力としてはあまり好ましくないのである
生まれつき体力も霊力も稲荷や荒咲に比べると見張るものはない
だからこそ裏手に回り、後処理などがメインである
「…次の場所につくまで休む」
「かしこまりました。では、後ほど起こします」
ふいにそんな声が隣から聞こえては顔をあげ、にこっと笑う
睡蓮の言葉を聞けば目をゆるりと閉じる雛菊はすぐに寝息をたてる
普段からあまり眠れていないのか合間に仮眠をしている様子だ
「…(次の依頼までは少し時間がある。…ギリギリまで寝かせておきましょう)」
眠る雛菊を横目に見つめては外に視線を向けた




