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西国の神  作者: あすかK
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8/24

7、敵陣視察


 夏の季節はゆっくりと過ぎて、太陽が南から北へと徐々に傾いていく。

 毎日同じような評議が行われ、同じように政務をこなし、同じ時の流れていくように見える政殿であるが、形式は同じであっても、その仕事の中身は同じではない。国務を評議し、政治を操るということは、その国の歴史を変え、時代を作るということだ。今の西エウリア国の時代を作り出しているのは、国務参謀ワイズ・レヴィン。時が経って彼が亡くなりその体が灰と化しても、この国に彼の名は残るであろう。冷徹な参謀と呼ばれ、革新的な政治を行った男として、歴史の中に名を残すに違いない。

 そのワイズ・レヴィン国務参謀が、これまた史上に残りそうな「修道院制の廃棄案」を全議会の前に提案してから、そろそろ一月が経とうとしていた。

 季節は巡ってそろそろ夏から秋へと移り変わらんという頃である。議会の中では絶大な権力を持っているといわれたレヴィン国務参謀でも、これだけの改革案を押し通すことは難しく、提案から一月経った今でも議会の承認は得られていない。それは、宗教国家であるこのエウリアの国で、神と民とを結ぶ架け橋となる「修道院」を撤廃するという事実自体が困難であることももちろん理由の一つであるが、それ以上に、議会で古くから権力を持つ内大臣の一派がこれを断固として拒否していることも一因である。——内大臣一派が、修道院や大司教と癒着していることはもはや隠されようのない事実であった。だが、その証拠は依然として、ない。



 暦が夏から秋へ変わろうとする、残暑の厳しい季節である。

 その日のレヴィン国務参謀の政務は、午前の全議会評議を終えた後、中務へと視察のために足を運ぶことであった。

 中務とは、国王を常時補佐し、国王の周りの事務を司る部署の名である。中務を治める長は、内大臣だ。すなわち、中務の視察とは、今まさにレヴィン参謀が対立している内大臣のもとへと足を運ぶことであった。対立とは言え、内大臣たちは自分たちが修道院と癒着していることは決して口にしなかったし、参謀も参謀で彼らを陥れようとしていることは決して口外しなかったため、表立った対立ではない。彼らの対立は水面下にて、冷たい炎を散らすが如く、行われていた。

 ワイズ・レヴィン国務参謀は午前の全議会評議を終え、昼の休憩を書斎においてやり過ごすと、静かに時を刻む時計を眺めて、「さて」と立ち上がった。ここ一ヶ月というもの、内大臣とは常に冷戦状態だ。中務への視察は、敵陣へ潜り込むようなものである。

「——そろそろ行くか。セレスト」

 ワイズは机を叩くようにして立ち上がると、書斎の端に控えていた秘書の名を呼んだ。

 普段必要以上には秘書さえ書斎に入れないワイズであるが、今日はそれが必要であると判断したため、第一秘書であるセレスト・アンダーソンが書斎の中に控えている。西国エウリアの政殿では珍しい女性秘書であるセレストは、白に近い金髪とワイズに負けず劣らずの冷たい視線でもって応じると、「はい」と言って書斎の戸を開けた。

「丁度良い頃合いです。参りましょう」

 セレストの開いた扉から書斎の外へ出ると、ワイズは政殿の広い廊下を中務の方へと踏み出した。

 いつもの視察であれば、ワイズは秘書や側近の数人を自分に侍らせて部署へ向かう。それは必要事項を記録させるためでもあり、また、自分では覚えきれない必要事項の辞書となってもらうためでもあるが、ほとんどは側近たちに仕事を覚えさせるためだ。本当ならば、ワイズは一人でも視察などこなせる。それでも側近達を侍らせるのは、彼らに政殿の部署がどのような仕事をしているのか、覚えさせるためなのである。——故に、普段の視察において、自分の右腕とも呼べるセレストを連れて行くことはまずなかった。セレストには自分がいない間、他の秘書や側近の総指揮を任せて残すことがほとんどだ。だが、今日は違う。

「本日の中務には、内大臣、次官、判官が務め、国王の今秋の城下におけるお働きについて会議すると」

「ほう、内大臣、次官、判官までいるか……勢揃いだな。奴らも本気か」

 本来、部署の会議において上役がこうも肩を並べることは少ない。今日に限って彼らが揃っているのは、間違いなく、ワイズに対抗するためであろう。

 静かに自分に従うセレストを引き連れ、ワイズは中務の敷地内へと足を踏み入れた。此処からは、内大臣の支配下である。



「——レヴィン参謀、わざわざこのようなところまで御足労であります」

 中務の中でも心臓部となる議事室へと通され、ワイズとセレストの腰掛けたその広い部屋には、本当に内大臣から判官まで上役のほとんどが勢揃いしていた。恐らく中務に仕える役人達ならば、この上役の並んだ光景を見るだに逃げ出したくなるに違いないが、この程度で臆するワイズではない。それは隣に並んだセレストとて同じことで、二人はともに議事室の椅子に腰掛けてしっかりとその存在感を発揮すると、儀礼的に頭を下げた。

「こちらこそ、わざわざ我々のためにこのような椅子を用意してくださり、細やかな心遣いに感謝する」

 すると、内大臣の横に控える次官、中年の男が「なに」と笑った。

「中務のような僻地にわざわざ参謀がお越しくださったのだ。本当ならば上座に座って頂きたいくらいのもので」

「中務は政殿の中でも中核でありましょう。それを僻地などと、ご謙遜が過ぎます」

「確かに国王の御璽を持ち、国王と同等の権威を発揮する中務は、かつて中核であったことでしょう。しかし、それも今は昔のことです。……当代の国王陛下は御年三歳におなりあそばせたばかりで、まだ国政の何たるかも何もわからぬ。我々にできることは陛下の育成ばかり」

 次官は言って、卑屈な笑みを浮かべた。

「それにむしろ、当代の陛下は参謀に懐いておられる」

 含みのある言い方である。

 確かに中務の仕事は国王の手となり足となり、その仕事を補佐することである。が、先代の王の突然死から一年、まだ三歳になったばかりの国王には当然国政の指揮のとれるはずもない。本来ならば、まだ実権を握れない国王の代わりに国政の指揮をとるのは中務の役目であるはずだった。しかし、事実上、今国政で最も強い決定権を持つのは国務参謀のワイズだ。次官はそのことを遠回しに言っているのであろう。

 とは言え、ワイズはそんな挑発に乗る気はない。

「……陛下は、私を遊び相手のように思っているのでしょう」

 適当に流そうとするが、次官は引かない。

「なるほど参謀は人望が厚くていらっしゃる。陛下の遊び相手をし、ここ最近では神殿の巫女君とさえ懇意だという噂を聞く」

「……巫女君こそ掴みどころのない御仁だ。さすがに神の使いというだけあって、我々とは違う次元で物を考えておられる。私とお遊びになるというよりも、私で遊んでいらっしゃるに違いない」

「参謀はお若い。参謀と遊びたい若い娘御が多くて羨ましい限りです。久しぶりに秘書を拝見しましたが、またこれは若く美しいおなごで」

 言って次官はちらりとセレストを一瞥した。揶揄たっぷりのその口調には、若い女などを秘書に起用したワイズへの蔑みのようなものが混じっている。そしてセレスト自身への侮蔑も当然、込められている。

 しかしそんなことで動揺するセレストではなく、ワイズの右腕である女性秘書は毅然と冷たい表情をしたまま、うんともすんとも言わない。ワイズはそんなセレストを見やってにやと笑うと、次官に言った。

「この秘書は、仕事の腕は確かではありますが……愛想のないことが玉に瑕でしてな」

 部下選びは愛想よりも能力を基準にしている、と暗に伝えてやると、次官は眉をひそめた。どんな遠回しな揶揄も飄々と躱してのけるワイズに、いい気はしないようである。

「まあ、ともかく——」

 そこでようやく重い口を開いたのは、議事室の中でも上座に腰掛けている、内大臣であった。内大臣こそ、中務の長であり、水面下でワイズと対立している張本人である。しかし、今までずっと政殿の中で絶大な権力を握り、内大臣一派を率いてきた老年のこの政治家は、わざわざ面と向かって揶揄を言うようなことはしない。落ち着いた様子で、ワイズを眺めた。

「そろそろ頃合いだ……会議を始めようではないか」

 一見どこにでもいる老爺にしか見えないこの男は、果たして何を考えているのかワイズにさえ伺い知れない。老人特有のしわがれた声が一つ発されたことで、議事室が騒がしくなる。役人たちが一斉に会議の準備を始めたのだ。

 十五の年の頃に官僚の試験を受け、その地位を手にし、それから怒濤の勢いで国務参謀にまで登り詰めたワイズ・レヴィンは、まだ三十五と官僚の中では若年だ。勢いとその怜悧な頭脳では誰にも引けを取らないが、対する内大臣は六十の齢であり、経験値や年の功ではワイズの及ぶべくもない。

 次官を始めとした内大臣一派の取り巻き連中には、ワイズはいかなる点においても負ける気がしなかった。機会さえあればいつでも更迭できたはずである。だが、それをしなかったのは、内大臣の存在感がこの政殿ではあまりにも強大なためだ。派閥の長である内大臣をまず叩かないことには、この一派は決して潰れない。

 役人たちが会議の準備を進める中、内大臣が食えない眼差しでこちらを見やる。ワイズも冷徹と言われたその目で彼を見つめ返した。対立する彼らの間に、表立った応酬のなされることは、なかった。



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