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西国の神  作者: あすかK
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18/24

17、飛翔


 政殿を飛び出したカグワは走り難い巫女装束の裾を踏むことのないよう両手でたぐりあげ、しばしの逡巡の後、連絡用通路の扉を目指して走った。

 私が民衆を助けるのだと、そのためにケトロの修道院へ行くのだと、勢い良く啖呵を切ったのはいいが、この厳重な警備をされた国城から街へと下る具体的な方法は何一つ考えていなかった。

 そもそもカグワは街に出たことなどない。国城がケトロという首都の西側にそびえ立つことは知っているが、修道院がケトロのどこにあるのかは知らない。修道院までの道筋も、どれくらいの時間があればそこまで辿り着けるのかさえ、知らなかった。それでもとりあえず国城から出れば何かしらの手段は見つかるだろうと安易に考えて、ひとまず城から出る方法を考える。

 いつも神殿を出る時とは異なり、今日のカグワは重々しい巫女装束を纏ったままであった。カグワのことを巫女として認識しているものは神殿の外には少ないが、純白の巫女装束は明らかに聖職者の衣装だ。この格好のまま人に遭遇し、騒ぎを起こされるのは面倒だったので、なるべく人との接触を避けた。

 ——「気感」の技という。

 自分を中心に周囲へと気を張り巡らせ、近くにいる人物ならば、直接目視せずともそれがどんな人間であるかを察知することのできる、巫力のなせる技の一つだ。

 もとよりカグワはこの技が苦手ではなかったが、それにしても今日は感覚が冴えていた。恐らくは数日間神殿の奥に篭って巫力を磨く修行に専念していたためだろう。あまり修行の好きではないカグワだが、こんなにも感覚が磨かれるのであれば、普段から怠ることなく真面目にやろうとこの局面において初めて思った。

 「気感」の技を使いながら、城の敷地の中を東へ東へと進んでいく。連絡用通路が設けられているのは東の端だ。途中、何人かの軍人が近付いてくるのを感じて身を隠す。人数は三人。薄汚れた格好をしているのは訓練を終えたばかりだからであろう。楽しそうに談笑しているようだ。——「気感」の技を使えば、ここまで具体的に相手を知ることができる。あるいはもとより知っている人物であれば、顔を見ることもなくその人が近くにいると知ることもできた。先ほどカグワが迷うことなくワイズのいる会議室の飛び込むことができたのも、この技の力だ。

 そうこうして人を避けて向かううちに、思ったよりも時間を使ってしまったようだ。ようやく連絡用通路の扉の近くに辿り着いた時、カグワは唖然とした。——妙なほどに大勢の人間が、扉の前に集まっている。

 この連絡用通路の扉の前には、密偵が使うための馬のいる小さな厩が一つあるのみで、他には何もない。故に人も、その厩番の少年が一人いるくらいなもので、あまり人はいないであろうと踏んでここまできたのだが、何故こんなにも人が集まっているのだろう。

(……ざっとみて、二十人はいそう……しかもほとんどみんな軍人だわ)

 厩の裏側に身を隠し、「気感」を使ってその人数を把握したカグワは苦りきった。一人二人であれば誤摩化して通り抜けることもできるかもしれないと思って甘く見ていた。しかし、二十人もの軍人を誤摩化すのは難しそうである。さてどうしたものか、とカグワは厩の裏にぴたりと背中を寄せたまま、考え込む。

 例えば、中に知り合いがいれば、それを利用して上手く通り抜けることはできないであろうか——。

 そう思ったカグワは「気感」を張り巡らせて、中に知り合いがいないかどうかを探る。そして、そこに、二つの知った顔を見つけた。

 まず一人、この厩の番をしている少年だ。アキレスと言ったか。カグワと同じ東国の生まれで、東国の名前は「あくる」と言うらしい。カグワのことをただの下女と思って談笑してくれたことがあったが、なかなか面白い少年であった。しかし、カグワが巫女であると知ってしまった今、あのように遠慮なく談笑してくれることももうないだろう。

 それからもう一人、カグワは軍人の中にも知り合いを見つけた。エリック・コーエン軍曹である。謎の多い軍曹で、軍曹という軍隊の中でもさほど上位でない地位にいながら、この国城の中のことを何でも知っていた。そのあまりの知識量は勤勉から得られるものではないであろうとカグワは踏んでいる。恐らく、これはカグワの予測でしかないが、彼もまた、『力』の持ち主なのだ。生まれつき与えられるこの妙な『力』によって、多くを知り得ているのであろうとカグワは直感的に思っている。

(エリック……エリックなら)

 一端の厩番でしかないアキレスでは、二十人もの軍人を黙らせることは難しいかもしれないが、さほど上位ではないとは言え軍曹という地位を持つコーエンならあるいは、とカグワは恐る恐る厩の裏から顔を覗かせる。「気感」を解いて実際の目でそこにいる二十の群衆を捕えると、やはりその数の多さに辟易した。

 扉の方を向いて集い、何やらざわついている彼らは、厩の裏から顔を覗かせたカグワには初め気付かなかった。そんな屈強な男たちの後ろ姿を見上げ、さて、誰から声をかけようかと戸惑うカグワに気が付いたのは、その群衆の中でも端に立っていた厩番の少年である。

「あ……巫女君!」

 その東国生まれの少年とは、カグワが巫女であることが知れてしまったあの時以来の再会であった。彼女が巫女であると知らない時には自分と同じ下働きなのだと信じて対等に話をしたものであるが、今の少年の態度はその時とは明らかに異なる。彼はカグワが巫女であることを知ってしまった。もう二度とは、カグワと対等に話してくれることもないであろう。

「あくる」

 あえてアキレス、と西国の名前で呼ぶのでなく本来の東国の名で彼を呼ぶと、少年は少し驚いたように目を瞬かせ、ややあってから軽く照れたように笑った。

 そんな彼らのやり取りに気付き、ようやく二十の群衆がこちらを向く。彼らは巫女装束を纏ったカグワの姿を初めて見るのだろう、少しだけその服装に見とれていたが、やがて口々に「巫女君」とカグワのことを呼んだ。

 さて彼らにどう言い繕って此処を通してもらおうか。必死に頭を回転させながら、カグワはひとまず群衆の中にコーエンの姿を探す。あの無精髭の男はどこだと目線を何度も巡らせるが、屈強な男の集団の中から一人を見つけ出すのは難しい。

 少女がきょろきょろしていると、ざわめく群衆の中から選ばれたように一人の男が現れた。カグワはその男を見上げてほっと胸を撫で下ろす。彼女の探していたエリック・コーエンである。

「……エリック」

「巫女君」

 コーエンは少女を見下ろすと、何故だかにこりと笑った。「一体此処で何をしておられるのか」といつものように当然問われるであろうというカグワの予測を大きく裏切り、彼は少女の前に膝をつく。するとそれに倣うように、それまでざわついていた二十の軍人たちもカグワの前に整列し、一斉に地面に膝をついた。何事か、と瞠目するカグワに向かって、先頭に膝をつくコーエンが頭を下げる。

「お待ちしておりました」

「え?」

 予想外の台詞に、カグワは目をしばたたかせる。カグワがここへ来ようと決めたのはつい先刻、参謀の会議に飛び込んだ時のことだ。それなのに、何故、彼らはカグワがここに来ることを知っていたというのだろう。

 きょとんとしているカグワのその疑問に答えるかのように、地面に膝をついたコーエンが告げた。

「我々は、レヴィン国務参謀の命を受け、貴方をケトロの修道院までお送りし、かつ護衛させて頂くこととなりました。我らを手足と思い、何なりとご命令下さい」

 カグワは大きく目を見開く。

「……ワイズが」

 先ほどまで会議室に一緒にいたはずのその男の姿が脳裏を過って、愕然とした。

 人目を避けて走ったために、此処にくるのが遅れてしまったということもあるが、それにしても、カグワがこの連絡用通路を目指すであろうことを予測し、一瞬で軍にその命令を下した彼の機敏さに驚かされる。そして何より、「私が助けに行く」と啖呵を切ったところでカグワが一人ではどうすることもできないことを知り、彼女にとって何が必要かを的確に見抜いてそれを差し伸べてくれたことに慄然すらした。恐ろしい男である。

 とは言え、差し伸べられたものを拒絶する理由はどこにもなかった。ただ、あるとすれば一つの懸念のみである。カグワは頭を下げたコーエンの前に屈み込んで、彼の顔を覗き込んだ。

「……だけど、貴方たちは官軍なのでしょう? ワイズは今回の修道院の件に関して官軍は出さないと言っていたわ。私に付いてきてしまったら、官軍を出したことになってしまうのではなくて?」

 カグワには政略のなんたるかはよくわからない。だが、この国城の中に控える軍人たちは皆王室の軍、すなわち官軍であり、それを出兵させることにはそれなりの意義が付随するのだということは理解していた。その上でワイズが「官軍は出さない」と言ったのだから、これ以上彼に迷惑をかけるわけにもいかない。

 そう思ったのであるが。

「ご心配なさいますな、巫女君。我々はそのワイズ・レヴィン国務参謀の命を受けて動いているのです」

 コーエンは垂れていた顔を上げ、笑った。「でも」と口籠る少女に、コーエンは丁寧に説明してくれる。

「官軍とは狭義では王の軍ということになりますが、実際には国家を守るため、すなわち国家権力としての軍事のことを差します。この西国エウリアでは巫女君は王と同位であり、それだけの権力を保持しています。ですから、我々が巫女君を護衛することに何ら奇異なことはないのです」

「……それでは、ワイズの策を邪魔してしまうことはないの?」

「参謀は官軍を王の権力として出兵し、民衆を鎮圧させることはしないとおっしゃったのです。巫女君の護衛をするために巫女君の手足となって街へ下ることは彼の策には反しません」

「……そう」

 カグワは目の前の無精髭の男を見つめ、小さく呟いた。

 あの会議室には、ワイズとその秘書と、カグワしかいなかったはずだ。よしんば短時間で巫女の護衛をしろという通達がワイズからコーエンに届いていたのだとしても、ここまで参謀の手の内を読めるわけがない。

 コーエンはあの会議室にいたのではないかと疑えるほどに、内情を熟知している。やはり彼には何かしらの『力』があるのだ。カグワはそう確信したが、此処で追求する気はなかった。

 コーエンもそれについては触れず、ゆっくりと巫女を立ち上がらせ、自分も立ち上がると「アキレス」と厩番に何かを指示した。それだけで厩番は意図を理解したらしく、足早に厩の中に入って行く。

「では、早速準備を致しましょう——巫女君、乗馬の経験は?」

「あるわ。一人で何時間でも馬に乗って走ってられるくらいには」

「それは頼もしい……では、我々で巫女の馬を囲んで護衛致します。私が先導致しますので、巫女君はその後にお従い下さい」

 コーエンはそう言って、後ろの群衆に準備をしろと命令した。どうやら、この二十の軍の中ではコーエンが最も上位にいるらしい。

「修道院までは直線距離で向かえば半刻もかかりませんが、首都は今混沌状態にあります。どうなるかわかりません。もしも危険があればすぐに退避致します」

「そんな混沌の状態の中にこの人数が馬で入るのは大変じゃない?」

「背に腹は変えられますまい。本来なら護衛には少なすぎるほどです。これで限界でしょう。——とにかく、御身は我々が何としてでもお守りいたします」

 コーエンの顔は険しい。本来ならば、巫女が馬に乗って街に下りるなど、有り得るはずのない異端なことなのだ。それをここまで譲歩して許してくれたのだから、カグワも黙ってそれに従うしかない。

 修道院までなんとしてでも辿り着ければいいけれど、と思いながらカグワが馬を借りようとした、その時である。

「——その必要はない」

 突如、コーエンの言葉を遮るようにして、彼らの会話に第三者が乱入してきた。

 誰だ、と軍人たちがざわめく。カグワも突然のその声の乱入に、目を丸くした。何故なら、その声は、カグワが決して聞き違えることのないものだ。——カグワはすでに「気感」の技を解いてしまっていたが故に、その人物が近付いて来ていたことに気付かなかったが、もしも「気感」を使っていたなら、彼の気配に気付かぬわけもない。カグワが世界で最もよく知る気配の主だ。

「……ゆたや!」

 少女は振り返って、厩の脇に仁王立ちになる青年の姿を見上げた。

 その青年とは、最近気まずくて、会話さえまともに交わしてはいなかった。青年の方が突然少女を避けるようになったということもあるが、少女は彼の言葉を立ち聞きしてしまって以来、どうしていいのかわからないのだ。世話役のロマーナは「いつも通りの貴女でいればいい」と言うが、言われれば言われるほど、いつも通りの自分がわからなくなる。自分は彼にどのように接したらいいのだろうか、と。

 それにも関わらず、この青年は、カグワの一大事とあれば此処まで駆けつけてきてくれた。カグワは彼にどこへ行くのかなど告げていない。にも関わらず、彼は此処まで来てくれた。

 恐らくついさっきまで神殿にいたのであろう彼は遠い神殿から此処まで全速力で走ってきたのだろう。だが、少しだけ息が荒い程度で疲れた様子などこれっぽちも見せない。さすがに普通の人間とは体の作りが異なるようだ。

 青年は巫女装束のままの少女の姿を上から下まで見つめて、小さく溜め息を吐くと、少女の前に立った。そして吐息のようにぽつりと小さな声で呟く。

「……間に合って良かった」

 その言葉に深い愛情のようなものを感じて、カグワは途端に申し訳ない心地で胸が窮屈になった。後先考えずに神殿を飛び出して此処まで走ってきてしまったが、「どこかに行く時は必ず一言言ってください」と口を酸っぱくする彼らの心をまた裏切ってしまったようだ。

「ゆたや、どうして此処が……?」

 謝罪する代わりに突然現れた青年を見上げて問いかけると、彼は苦笑した。

「さきほど政殿から……参謀の使いがあったのです。仗身を、と私なぞを呼び出して言付けがあるとおっしゃるから何事かと思えば、こういうことですか……。無茶をなさる」

 ユタヤはカグワを責める言葉の一つも述べずにそう言って微笑んで、その場に控えていた軍人たちを見回した。彼らのほとんどは、ユタヤを知らない。白の装衣と呼ばれる見慣れぬ服に身を包み、その上から数珠玉を巻いた妙な格好をしている男だと訝しげに彼を見つめている。ユタヤはそんな視線にも慣れたもので、ちっとも嫌悪感など見せず、彼らに向かって問いかけた。

「この扉は……もう開いているのか?」

 ユタヤの示す先には連絡通路用の扉がそびえ立っている。密偵や下働きのためにのみ設けられたこの扉は、正門や裏門とは比べるべくもないほどに小さく質素だが、それでも国城の一部とあって豪勢なつくりをしていた。重々しい扉にはいつもそれに相応しい巨大な錠前がかけられていた。しかし、今日は、それがない。

「すでに許可をとって、開けておいてある」

 彼の質問に答えたのは、軍人たちの中で唯一ユタヤがカグワの仗身であると知るコーエンだ。彼はユタヤも同行するつもりなのだと知って、厩からアキレスが引っぱり出して来た馬をちらりと示す。

「あれは巫女君のために用意をさせた馬だが……お前もあれに乗って行け。同乗して巫女君を護衛してくれ」

 アキレスはそこにユタヤの姿を見つけると、はっとしたように自分の引いて来た馬を差し出した。彼はユタヤの地位がどのようなものなのか知らなかろうが、巫女の側仕えなのだろうと、それくらいには理解している。

 しかし、ユタヤはその馬を受け取りはしなかった。「その必要はない」と再び登場した時と同じ言葉を述べて、錠前のかかっていない扉を開く。その扉は、成人の男が一人がかりで開けるには重すぎるように見えたが、獣人と呼ばれる彼はそれを片手で軽々開けて「かぐわの君」と主を呼んだ。カグワはそれだけで彼の考えを読んで、頷き彼の開けてくれた扉をくぐって外に出る。それを確認すると、ユタヤは扉を開いたまま国城の中に残る軍人たちを見渡した。

「馬は必要ない。俺は自分の足で巫女君をお連れする」

「ゆたや」

「ただ今」

 意味がわからないときょとんとしている軍人たちには説明を加えぬまま、ユタヤはカグワの催促に従い、片手で己を縛っている数珠玉を軽く緩めた。彼が扉から手を話したことにより扉が閉まりかけるが、それを何人かの軍人が慌てて支える。普通の成人男性であれば、三人がかりでやっと押さえられる重量の扉だ。

 ユタヤを縛る数珠玉は、カグワが巫力を込めたものだ。これによって獣人ユタヤは、本来の獣の姿に支配されることなく、人の姿をして人の心を維持していられる。これをわずかに緩めることによって封印が解け、獣人は本来の姿を取り戻すことができた。ただし、数珠玉は巻いたまま、心は人の心のままだ。姿のみが獣へと変化する。

 装衣と呼ばれる彼らの衣装はそのために、着脱しやすいような仕組みに仕立てられていた。白い布一枚で作られたそれは簡単に脱ぎ捨てられて、ユタヤの体はあっというまに獣へと変化する。馬より遥かに大きく、熊のような体を持つ獣の姿に、軍人たちは一斉に息を呑んだ。顔は頭蓋骨のような白い骨がむき出しており、目は暗くくぼんでいる。爪は鋭利で長く、人の腕ほどの長さがあった。白い頭髪の合間から牡牛の持つような巨大な角が生え、気迫をますます増長させる。

「……かぐわの君」

 先ほどの青年からは似ても似つかぬその化け物のような風体から、低い声が溢れた。それは確かに先ほどまでそこに立っていた青年のもので、カグワはその恐ろしい姿を前にしても少しも怖じけづかない。

 彼のこの姿にも見慣れたものだ。

 巫女となって神殿に入ってからはほとんど見る機会もなくなったが、巫女修行をしていた頃にはよく彼に変化をさせて遊び、大人たちに怒られた。「獣人の獣の姿はおぞましい。そのようなおぞましい物を神聖な巫女修行の場に見せるでない」と大人たちはこぞって言ったが、カグワは彼のこの姿をおぞましいなどと一度も思ったことはない。

 獣はその巨大な頭蓋を下げて地面に伏せると、少女の前にひれ伏した。少女は彼の下がった首から伝ってその熊のような背中によじのぼり、跨がる。こうして彼の背中に乗るのも巫女になってからは初めてと、久しい。

「なんと……巫女の護衛は獣人であるとは聞いていたが……実際に目にすると末恐ろしいものがあるな」

 ぼそぼそと呟いたのはコーエンであった。他の軍人たちは、彼が巫女の護衛であることも、また、巫女の護衛が獣人であることも知らなかったのであろう、突如現れた獣の姿にただ目を白黒させている。——獣人は本来、駆逐の対象だ。成長した獣人は人の心を失い、ただの野獣と化すため、子供のうちに捕えて殺される。そのため、彼らはここまで成長した獣人を実際に目にしたことがないのだ。彼は今、カグワの巫力によって人の心を失うことなく、姿のみを成長させて此処に君臨している。

「では、私共がひとまず修道院まで案内致します」

 驚きのあまり硬直してしまっている他の軍人と異なり、すぐに平静を取り戻したコーエンが深く頭を垂れてそう言上したが、獣人は低い唸り声でそれを否定した。

「それも必要ない。修道院はここからまっすぐ東に向かうと辿り着けると聞いた」

「しかし」

「そもそも——馬では俺の足には追いつけん」

 獣人はそう告げると、カグワを背中に乗せたままゆっくりと立ち上がった。かと思えば、地面を蹴り上げる。その飛翔の高さは目を見張るものがあり、たった一歩で彼は馬五頭分は遠くへ飛んだ。確かに、馬では彼の足には追いつけない。

「配慮に感謝する」

 ユタヤは低い声で告げて、その場を駆け抜けた。カグワもまた、国城の方へ向かって叫んだ。

「ありがとう! ワイズにもありがとうと伝えて!」

 二人の声はぎりぎり彼らに届いたか届かないか、その程度であろう。

 カグワを背に乗せたユタヤは勢い良く国城から城下へと下る。なるべくなら人々を驚かせたくないからというカグワの意図を組んで、彼は民家の少ない場所を駆け抜けた。それでも時折歩いている住民が目にもとまらぬ早さで駆け抜けて行く獣の姿に驚愕し悲鳴を上げるが、今は仕方がない。

 主従は初めて西国エウリアの街へと下った。目指すは、首都ケトロの修道院である。


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