side C 08
結構長めです。
非合法な会話を殆ど気にせずに出来る喫茶店に呼び出される。ただし、いつもの奥の席には情報屋でない人がいる。
……さて。殺人欲求は幸いな事に低いのだが、相手が本名を知っているとなると、ちょっと危うい。流石に殺人現場にしちゃったらまずいかなぁとマスターの顔を窺うと微笑まれた。どういう意味だろう。
椅子に割と勢い良く座る。
「どうも、坂井さん」
「どうも、サツキさん」
苦笑してしまう。察しが良い人だ。いやまあ、分かってても本名で呼んできそうな気もするが。それも軽いノリで。
「いやぁ、しかしまさか二十四時間以内にまた会うとは思わなかったよ。どうやってブリーダーに連絡したの?」
「普通に吉沢さんが知っていました」
ふーん、と呟いて、メニューを眺める。……ふーむ、がっつり食うとなると、今回の件での報酬が粗方吹っ飛ぶな。男女差別も年功序列も反対だから、奢ってくれないかなぁ。
二人共カルボナーラを注文。やっぱりお高い。昨日のブリーダーの苦笑いを思い出す。因みに昨日の件では、当然の如くウルザブルンが大半の金を掻っ攫っていった。一番可哀相なのはブリーダーである。命懸けた結果、千円を下回る報酬という前代未聞な有様だった。ウルザブルンめ。まあ仕事は失敗だったしアレだけど。
「どうも結構時間掛かりそうだから、先にべらべら喋ってから無言で食べよっか。君、坂井明とはどういう関係?」
「あれ、名乗ったんですか?」
「ウルザブルンにはね」
どうも吉沢には名乗らなかったらしい。
「坂井明はですね、俺の従姉です」
「何があったんだよ」
「大した事してなくても、勝手に恨まれてたりするじゃないですか」
……そうかもしれない。この人、自覚なしに恨まれてそうだし。
しかし何かないのか、という気持ちを頑張って視線に込めてみると、察したのかはまあ定かではないが、口を開いてくれた。
さっきまでと変わらない、薄い笑顔のまま。
「あんまり親戚付き合いは良くなかったんですけどね。明の家の御両親が仕事か何かで、暫く海外に行かないといけない、けれど娘はちょっと連れていけない──という事で、一人娘の明を我が家に預けたんですよ」
「君も一人っ子?」
「ええ。坂井真は二人共」
「あっちは知ってたよ」
ぼんやりと、殺せなかった人の事を思い出す。割と正常なテンションの時に考えてみると、まあ昔のクラスメートなんて殺すモノじゃない。助ける程でもないが。
「さて、そんな訳で明はやってきた訳ですが、自分の家との違いにそれはもう吃驚しました。狭い家、家の掃除はなってない。御飯は美味しくないし、量もそこまでない。姪を預かっているにもかかわらず大して可愛がらない伯父夫婦。その癖実の娘の扱いが良いという訳でもない、寧ろ自分より非道い。歳の近い遊び相手が居る事がまあ救い。但し遊具も殆どない」
「……それなら、君は恨まれないだろ」
少しだけ笑みを深めて、彼女は喋り続ける。
「或る日、ちょっとレベルが高い御飯事の途中に、明は言いました。『何でお父さんとお母さんは私をこんな家に預けたんだろう』。その時、俺はある事を思いつきました。ただ、思いついたはいいけれど、どうしたら効果的か、どうにも自信がなかったのでその時は『何でだろうね』と返しておきました。あ、因みに台詞の細部は多分違ってますよ」
「全部覚えてるのかと思ったよ」
「まさか。粗筋だけですよ」
ええいカルボナーラはまだか、と厨房的な所に視線を遣る。多分まだだ。いやまあ別にいいんだけど。
「因みに補足しておきますけど、明の両親がウチに預けたのは単に他に当てがなかったからです。自分の親は他界してましたし。で、もうちょい経ってから、早くお父さんとお母さんに会いたいと愚図る明に、それならこうしたらいいかも、と子供の浅知恵で助言してあげたら色々あって恨まれましたとさ」
「いや、説明足りてないって。どうやったんだよ。てか何でやったんだよ」
「……失敗してるから言いたくないんですけど」
「いや、成功しかけてるしさ、ほらほら」
「……そんなに興味あります?」
「それなりに。ブリーダーにも訊いてこいって言われたし」
……納得された、っぽい。ブリーダーが興味持つのは理解出来るのか。何か似てるもんな、アイツとこの人。
「良い計画を思いついた。叔父さん達が早く帰ってきて、しかももう二度とウチにお姉ちゃんを預けたりしないような──とか大袈裟に前置きして、提案してやったんです」
「お姉ちゃん、殺人症の振りしたらいいんだよ、って」
……リアクションに困って、取り敢えず水に口を付ける。向こうも少し気まずそうに厨房をちらりと見た。
「まあそんな感じです」
「……話を終わらせようとするね、君は」
「いや、本当にこんなモンなんですよ」
何となく、これ以上訊いても『何をしたか』は教えてくれそうになかったので、他の事を尋ねる事にした。
「……君は、何でそんな事した訳?」
何となく、とか自分の思い通りに他人が動くのか試してみたかった、とかそれらしい理由をイメージして、
「さて。先程は明がウチに来て何を思ってたかという話でしたけど、今度は俺が何を思っていたかって話をしましょうか」
「……あ」
予想以上に、納得がいきそうな内容である事を察した。
「明が来た分の食費やらは出来るだけ娘の分から出そうとする両親。明が我が家の数少ない遊具を使ってたら俺はそれを使って遊べない。歳の近い遊び相手が出来たとは言っても俺は割と一人遊び好き。自分が酷い環境にある事を嘆くだけで、いつもその環境に居る従妹に慰めも哀れみもない従姉」
「…………」
「明の家と比べてウチが酷いって話ですから、つまり俺から見たら明の家は天国ですよ。いやまあ流石に言い過ぎですけど。俺の事も可愛がってくれましたしね」
納得がいく説明が、耳に流れ込む。
「ま、要は羨ましい上にちょいと邪魔だったんですよ、坂井明は」
「……先に恨んでたのは君か」
「別に恨みって程ではありませんでしたよ。ただまあ明が早く帰ってくれた方が良い事あるし、死んでくれた方がもっと良い事があったので」
「早く帰ったら、は分かるけどさ、死ぬのがどう良いんだよ。気が晴れる以外で」
「叔父夫婦が、姪を亡くした娘の代わりにするかもしれない」
「……は。昔から他人と入れ替わるって考え方してたのかよ」
「いや、入れ替わる気はなかったんですけどね、養子縁組も知らなかったし。まあ娘を亡くした悲しみを埋める為に俺を使ってくれたら、こっちは良い生活が出来るし両親は口減らしが出来るしで、皆幸せに──という訳で出来れば死んで欲しかったんですけど。結局何もなかったなぁ、で終わりでした」
ふーん、と軽い反応を心がける。
「で。これ、君が幾つの時の話?」
「明が小学三年生、俺が小学二年生の時ですね」
「キモッ」
「失礼な」
いや、この場合マイルドなくらいだろ。
カルボナーラを半分くらい食べてから、ふと思い出した。
確かに俺はこの人に色々訊きたかった訳だが、そもそも呼び出したのはあちらである。
「そうだ。俺を呼び出した理由を教えて貰おうか」
坂井さんは忘れかけてた、と呟いた。
「一応訊いておこうかなと。殺人鬼って人殺す以外の事は楽しめない訳じゃないですよね?」
「当り前じゃん」
なら良かった、と彼女は今日一番の笑顔を見せた。
次で完結予定です。




