side D 06
坂井さん殺害を放棄した日。
彼女はわざとらしく間を置いて言った。
「明は俺の従姉です。ええと、何があったかって言いますと……昔、明は両親の仕事の事情か何かで我が家に預けられた事があるんですけど。まあウチの家庭環境が悪かったので、早く家に帰りたーいって文句言ってたんですよ。そこでムカついたり羨ましかったり取って代わりたかった俺は、さっさと帰ってくれたらいいな、死んでくれたら尚いいなと思う訳です。
あー、はい。何をしたかですよね。本当に大した事はしていないんですよ。だってその時、小学二年生ですよ? 相手は小学三年生ですけど。殺人症の振りをしたらいいって提案したんです。まず俺の両親に襲いかかる。そんな事になったらすぐに明の両親が来るだろう。殺人症である事を信じさせる為にも、自分の両親も襲っておけ──とまあ俺としてはどっかで返り討ちにあって死んでくれる事を期待して言った訳ですが。で、文句だらけの明をどうにか説得して……あっちも子供ですからね、病院ですぐバレるってオチを知らなかったみたいなんで難易度は言う程高くないですよ。それに殺人症になったら今より可愛がってくれるよ、とか言って。監視とは言いませんでしたよ? 思ってましたけど。結局どうなったかは良く知らないんですが、もしかしたら明は全部ネタばらししてるかもしれませんね、自分の親に。御蔭で更に親戚付き合いが薄くなりました。……慌てて明の両親が帰国した後、一回電話があったんですよ。何でも明が事故で病院に運ばれて重体だとか。それでちょっと死んだかなって思い込んじゃって。いやあ子供の頃からの先入観って恐ろしいですよね。以上、俺の計画は最低ラインの『明に早目に帰って貰う』しか達成出来なかったという悲しい思い出でした。え? 恨まれて当然? そういや、明は両親と仲良しさんなんですかね、今。案外可愛がられてるかもしれませんよ。まあ嫌われたかもしれないですけど、結構良い服着てましたし、殺人依頼出来る程度には金貰えるような生活してるって事は客観的には幸せな方でしょう。幸福は主観だっていう話は置いといて。大体子供が殺人症の振りしてまで親の傍に居たいってのに嫌う親が悪いでしょう、その場合。まあ別の事情もあるんでしょうけど、良く分かりません。
え? 理由を詳しく? 愛情に飢えてたって言ったら信じてくれます? あはは、非道いなぁ。御存知でしょうけどウチは割と貧乏だったんですけど、明の家は結構金持ちでしたので。テレビゲームの一つくらい欲しかったんですよ」
ブリーダーと喧嘩したりトミナに逆袈裟をかけたりした次の次の日である。呼び鈴が鳴るのを待ちながら、可哀相な坂井明さんに思いを馳せるのも飽きた。諸悪の根源坂井真さんの思いを馳せるのもちょっと嫌だ。そろそろ会うし。
「昨日はブリーダーと会ってたの?」
「ええ。それと、トミナさんに」
因みに先にトミナさんに会いました、と彼女は付け加えた。
「そういやトミナ達は報酬どうしたんだろ。ウルザブルンにも払わないとだろうし」
「財布の中身だけ、だったらしいですよ。ウルザブルンに粗方持ってかれた、もうちょい入ってても可笑しくないだろって文句言ってました」
「可哀相に……いやまあ自業自得か」
珈琲を飲んで、思いっきり溜息を吐く。ちょっとコレは、言っておかないと駄目だろう。
「いやしかし、今回はタダ働きだった」
「あれ、要相談じゃないんですか?」
「君を説得するくらいならタダ働きの方がマシだ……」
「あはは、何言ってるんですか」
「いや、割と心の底から」
予想より難易度が上がったと前置き付きで、坂井明を殺して下さい、と言われた後。
確かに楽な仕事だ。居場所なら分かっているしとても近い、標的には火事場の馬鹿力以外の脅威はない。そういえばトミナが居るが、殴っちゃってもいいし、説得の余地もある。金銭的な意味で。成程、難易度上がったってトミナの事か。自分で上げてるじゃないか、とか突っ込みながら掘っ立て小屋の扉に手をかけた辺りで思い出して、中の状態を見て脱力してしまった。
殺人鬼はあっさり我慢を放棄して、死体を一つ増やしていた。
「三百万なんて無茶な金額だったから疑うべきだったんだ」
「いえ、割と払う気でいましたよ? 色んな知り合いに連絡かけまくったんですよ。自分の命に比べりゃ安いモノですから」
要相談でしたし、ともう一度言われた。遠慮します。
「……まあいいや。喧嘩も何気楽しかったし」
「仲直り出来たみたいで何よりです」
「……嗚呼、雨降って地固まるのは君等じゃなかった訳か」
「いやまあ、俺等もですけど」
「殺してんじゃん」
「トミナさんがじゃないですか。仲直りは吉沢さんとブリーダーさんですけど、仲良しするのはもうちょい広い範囲です。……そういや、ブリーダーさんの飼い犬と飼い人間とは仲良しです?」
「話せるかあんな連中」
「ですよね。じゃあ五人でいいかな。まだ計画だけなんですけどね?」
「また人殺す話?」
「物騒だなぁ、違いますよ」
じゃあ何だろう。促すと、あっさりと彼女は言った。
「今度、山口君と、トミナさんとブリーダーさんと、吉沢さんと俺で、カラオケでも行きません?」
……暫く呆けてしまった。
断る理由を幾つか思い付くが、仲直りの御膳立てまでされた後では断れない。
「あー、うん。まあ割と暇してるから、オッケー……」
「良かった。実は吉沢さん以外の人にはもうオッケー貰ってるんですよ。後は日程合わせるだけですね」
「わーお……山口君とか殆どの人と会った事ないじゃん……」
「人見知りしそうでしない人なんですよ」
「あー……俺も頑張るわ……」
要はこの人、自分を殺そうとした相手を、遊びの前振りに利用していたらしい。
一応、とかつきそうな感じの終わり方ですが(
これで完結とします。
此処まで読んでくださって有難う御座いました。




