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長期保管品のためご了承ください  作者: 加納安


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7/11

7、多少の傷があります

 次の日、私は清(せい)ちゃんちに行くのをやめようって思った。あんな別れ方してどの面下げて行くの、っていう。

 でも、そんなときに限って、出品してたものが売れちゃうんだよねえ。

 私の問題で購入者さんに迷惑をかけたくはない。

 ちゃちゃっと清ちゃんちに入って、ちゃちゃっと和室で梱包して、ちゃっちゃと出ちゃったらいいか。

 私はのそのそと準備して、清ちゃんちに向かった。

 いつもなら今から行きますと連絡して、玄関先でも叫ぶんだけど。それも気まずくてこっそり侵入することにした。完全にコソ泥である。

 清ちゃんちの玄関は鍵が相変わらずかかってない。本物の泥棒だって入り放題だ。

 私は静かに玄関扉を開いて中に入る。そして靴を脱いで和室に入る。おばーちゃんの写真には、おじゃまします、と小さく声をかける。

 清ちゃんは二階にいるだろうから、きっと気づかないはずだ。

 私はごそごそと、売れた商品を探す。たしかこの辺にまとめて置いてたはず――。

 そのとき、勢いよくばたんと和室のふすまが開いた。ぎょっとして振り返ったら、さらにぎょっとした顔の清ちゃんがいた。


「……おじゃましてます」


 私は小さい声であいさつをする。清ちゃんははああ、と息を吐いて、「おう」とだけ言って、また、ふすまを閉めていなくなった。

 それだけかーい。

 なんだか、気まずく思ってたのは私だけなのかなとか。肩から力が抜ける。

 私は無事に梱包を済ませて、荷物を抱えて和室を出る。

 そこに、清ちゃんが再びやってきた。


「帰る?」


「これ、発送するから」


「そっか」


 少し沈黙。


「あの」


 と、ふたりの声が重なる。どうぞ、と私が促せば、清ちゃんが言う。


「昨日はごちそうさま」


 なんだそれか、と私は思う。


「どういたしまして」


「それから、悪かった」


「何が」


「俺、ちょっと酔ってたし、いや、酔ってたせいにしちゃいけないんだけど、美裕(みひろ)に嫌なこと言ったかもって、思って……、ごめん」


「べつに」


「泣かせたから」


「泣いてないし」


「……ほんとかよ」


 話してたら、ちょっと涙がにじみかけたから、私は荷物を抱えなおして清ちゃんに背を向ける。

 そんな私に、清ちゃんの言葉。


「美裕が、もし、話したくなったら。……ほら、親とかには、言いづらいこととか、やっぱあるし? だから、話したくなったら。俺、聞くから」


 何の話、とか、わざわざ聞き返さなくても、何のことか私にはわかった。

 昨夜ちらりと清ちゃんが尋ねてきたこと。私がなんで、バイトをやめて、夏休みをこちらで過ごしているかの話。

 私は小さくうなずいて、清ちゃんちの玄関を出た。


 今日も暑いな。汗が流れて困るな。

 私は取り出したハンカチで、額を拭う。そしてちゃんと、涙も拭った。

 清ちゃんになら話しても大丈夫なのかな、と。私はずっと言えない胸のもやもやに、問いかけていた。


 *


 次の日はこれまで通りに、清ちゃんに行くね、って連絡して、玄関先でごめんくださーいって大声で叫んで、それから和室にお邪魔した。ばーちゃんにおはようってあいさつして、今日は何を片付けようかなって考える。

 片付けたいのはばーちゃんの店のものもだし。

 私の、ずっと抱えているものも、だ。


「清ちゃん、ちょっとお話したいことが」


 一昨日もこんなふうに清ちゃんを呼んだな、って思う。けど、あのときよりずっと、胸がドキドキしていた。

 清ちゃんはすぐに二階から下りてきた。私たちは和室で向かい合う。


「バイトやめた理由、知りたいって言ってたから。あれまだ知りたい?」


「知りたい」


「あの、誰にも言わないでほしいんだけど。私の親にも」


「言わない」


「あの、おばーちゃんにも」


 私の言葉に、清ちゃんはおばーちゃんの写真を、くるりと壁に向けた。


「これで大丈夫」


 ほんとに? と思いながらも、私は清ちゃんのやさしさにちょっと笑う。

 それから息を吸って、途中で泣きませんように、と思ってる時点ですでに泣きそうなのをなんとか堪えて、清ちゃんに話し始めた。


 私はとても欲張りだ。そしてうぬぼれ屋だった。

 大学に入って、友達ができた。同性の友達。異性の友達。そして三人仲良くなった、特別に、なったと思ってた。同じバイトに誘われて、それも楽しかったけど。だんだん、ふたりだけがもっと仲良くなるのがわかった。

 私の一番の女友達だったよね。

 私の一番の男友達だったよね。

 そのふたりが恋人同士になったら、私はどうしたらいいんだろう。お互いの、良い友達のままでいるには、私はこどもすぎたんだろうか。ふたりが自分をのけ者にして、離れていくのを感じて、心の整理ができなかった。

 私はその一連のことを、清ちゃんにぽつぽつと話した。きっと支離滅裂で、あんまり上手に話せてない。それでも、清ちゃんはずっと静かに聴いてくれてた。

 そして、はあ、と私がため息をついたら、ふと、清ちゃんが尋ねる。


「お前、誰かと付き合ったことないんだ?」


 ふだんの清ちゃんの言葉だったら、からかいやがって、みたいに思ったかもしれない。けど、今の清ちゃんの口調には、そんなものは一切感じなかった。

 だから私も落ち着いて、事実を素直に答える。


「ないよ。中学高校とコスプレするぐらい二次元キャラにはまってて。大学受験で現実の世界に戻ってきたんだから」


「大学デビュー?」


「そういうわけじゃないんだけど……まあ、でも、オタクな趣味の話とかは、大学でできた友達にはしないまま」


 オタクじゃない友達ができて楽しかったし、もし、ふたりがあんな関係にならなければ私はずっと楽しいままだったのに……なんて、人のせいにしちゃいけないんだよね。どうしてふたりとも、私を選ばなかったんだろう、って。そんなふうに思っちゃいけないんだよね。

 そんなふうに考えるのは良くない、ってわかってるのに、どうしてもそんなふうに考えてしまう自分も、自分の欲張りすぎる気持ちも、本当に、嫌だった。


「夏休み、ふたりに旅行も誘われてたけど断った。でも、断って正解だよね。付き合ってるふたりの間に挟まれる私、邪魔じゃない?」


 私はいいから、みたいに遠慮するふりで、大人だったらそうするよねって。でも実際の私の心の中にはこどもっぽい嫉妬でいっぱいで、それがとても苦しかった。


 清ちゃんが静かに問う。


「付き合ってても、お前とは友達でいたかったのかもしれなくても?」


「私は……それは難しいよ」


 裏切られたという気持ちが、どうしても消えない。

 うつむいた私に、清ちゃんから次の質問。


「その男のこと、そんなに好きだった?」


 私は一瞬考える。そして、頭を横に振る。


「わかんない」


 わからないけど、やさしかったし、一緒にいると楽しかったもんな。好きとはっきりは言えなかったけど、あっちから付き合って、って言われたらきっと断らなかった。どうしよう、告白されちゃった、なんて、別の友達に相談するぐらいには舞い上がったんだろうな。ああ、なんて嫌な奴だろう。こんな私が好きになってもらえるわけなんかないのに。


 焼肉に行った夜に、私は清ちゃんから、清ちゃんの過去の恋愛がダメになった話を聞いて、清ちゃんの幼さに、お前それはだめだろーって、思ったけど。自分だって、だめだなあ……。そんな気持ちで誰かと付き合って、うまくいくわけがない。

 中学生の清ちゃんも、大学生の私も、同レベルで恋愛に対してダメダメな気がする。


「まだ好き?」


「もうそういう気持ちはないよ」


「今、付き合ってって言われても断る?」


「そうだね。もう……なんか、一緒にいても嫌なこと考えるっていうか。自分の嫌なところ思い出す鏡みたいな存在だから。彼が悪いとかじゃなくて」


 だから距離を取りたくて、バイトもやめて、夏休みを実家で過ごすことにした。大学の近くにいたら、うっかり会ってしまうかもしれない。それが嫌だったから。


 そのときふいに、清ちゃんが言う。


「俺が付き合ってって言ったら?」


「は?」


 私は呆れてため息をついた。


「いまそういう冗談やめてくれないかな。真剣に私、いろいろ話してるんだから」


「俺も真剣に言ってるんだけど?」


「はあ?」


 私がさらにドス聞いた声を漏らしたら、清ちゃんの口元がにやりと笑うのが見えて、やっぱ冗談じゃねーか、と。

 ほんとに一瞬でもドキッとしたのがばからしい。

 でも、おかげで、重たいものがふうっと消えていく感覚。

 一気に話したらすっきりした。そっか、私は誰かに愚痴を言いたかったんだ。聞いてもらいたかったんだ。清ちゃんに説明するうちに、私は少しずつ、自分の気持ちも整頓できてるような気がした。


「……なんか、すっきりした。聞いてくれてありがとう」


 最初にずけずけ尋ねられたときは、ほんと、嫌な気持ちになったけど。

 おばーちゃんちの片付けをして、動いてる間はごまかせてたけど、このままじゃあ、夏休みが終わって大学に戻ったら――また、嫌な気持ちがぶり返したかもしれない。

 だから、清ちゃんに話せてよかった。


「あと! おばーちゃんの店の物、私に任せてくれて、ありがとう。作業してる間は、ほとんど思い出さなかったから。作業に夢中で」


「稼ぐのに夢中で?」


「ほんと、それなんだよね」


 自分の欲張りなところがすごく嫌になったのに、今はその欲張りなところに救われてたりもする。

 結局私はこの自分の性質を、良い使い方をすれば、いいんじゃないかな。性格を変えたりしなくても。使い方を変える、というか。


「また話したくなったら俺に話して。聞くから」


「うん」


 たぶん清ちゃんは直接関係ない人だから話しやすいんだろうな。だって夏休みが終わってひとり暮らしの家に帰ったら、また、離れてしまう人だから。

 そう思ったらちょっと、胸がきしんだ。

 大学のほうに帰ることより、清ちゃんと離れてしまうって部分に、きしんでた。

 でもそれは、これまで感じたどの胸の痛みより、清々しくて、気持ちがいい痛み。


 私は壁に向けていたおばーちゃんの写真を、元に戻して、心の中でお礼を言う。

 おばーちゃん、ありがとう。私に店の物を託してくれてありがとう。

 それから、清ちゃんに、また会わせてくれてありがとう。

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