5、素人検品のため
売れそうだな、と直感でわかるもの。売れるかわかんないけど出したらそのうち売れるもの。私が興味があるもの、ないもの。おばーちゃんの店にあるものはそんな感じで幅広い。
めっちゃ昭和感のあるものは、これはこれで欲しい人がいるのかな。自分がいるかいらないかの基準は、あんまりあてにならないこともわかったから、とりあえず出品できそうなものは出品してみることにする。
今日は何を出品しようかな、と、私が目を止めたのは、棚の高い位置にロールのまま置かれていた、リボン類だった。
おばーちゃんの店で扱われているリボンは、ロール巻きのトイレットペーパー状態。筒状の芯があって、それにぐるぐるとリボンが巻かれているものがほとんどだった。和室に持っていくために、段ボール箱に詰めてはみるけど、まあ、かさばる。一度では運びきれなかった。
店と清ちゃんちを何往復かして運んでたら、玄関の出入りの激しさに気づいたのか、清ちゃんがのそのそと二階から下りてきた。仕事中だったみたいで、ぼさぼさの髪を今日は後ろでひとつに結んで、メガネ姿だった。
見たことのない清ちゃんの姿は、ちょっと新鮮。
「あれ? 清ちゃん目、悪い?」
「あーこれ、ブルーライトカット……」
メガネをかけてることを忘れてたみたいで、清ちゃんは照れたように慌ててメガネを外す。
「老眼じゃねえし」
「そんなこと言ってないし」
清ちゃんメガネ似合うじゃんとか、褒めようと思ったけどやめておく。からかってるとしか思われなさそう。
「荷物まだあんの?」
「これで最後」
清ちゃんは廊下から、玄関に立つ私の持っていた段ボール箱を受け取ってくれた。
「え、軽いし」
「そうだね、軽い」
すごく大きい段ボール箱を抱えてたから、不憫に思ったんだろうけど。リボンは意外と軽いのだ。
和室に入って、下ろした箱の中を清ちゃんがのぞいて言う。
「なにこれ、リボン?」
「そう」
清ちゃんは一番上にあった、オーガンジーのフリル付きリボンのロールを持ち上げて眺める。清ちゃんには似合わないな、オーガンジーのリボン。
店に置いてあった商品には、値段が貼られているものもある。それは入荷当時のものだから、現在の値段ではないんだけど、目安にはなる。清ちゃんもリボンの芯に貼られていた値段に気づいて、へえ、と声を上げた。
「このリボン九百八十円? 高くねえ? こんなの百円ショップでも売ってそうなのに」
私はやれやれこれだから、の表情を浮かべて、清ちゃんを見た。
「ないからね。日本製のオーガンジーのリボンなんか。高級品だよ。それに手芸店のレースとかリボンって、一メートルごとの値段だから。それ、一メートルが九百八十円」
清ちゃんが今つかんでるリボンは巻量十メートル。だから、つまり。
「それ、たぶん何メートルかは切り売りされてるから、残ってる分量は不明だけど。もともとは、新品だとひと巻きで九千八百円」
私の言葉に、清ちゃんは明らかに目を剥いた。そして、こわごわと手にしたリボンに視線を送る。
「え、これで九千八百円……?」
「しかもそれ、おばーちゃんが仕入れした当時の販売価格だから。たぶん今はお店で買ったらもっと値上がりしてると思うよ」
「……ほえー」
清ちゃんは心の底から感心するような声を漏らして、うやうやしくリボンを段ボール箱に戻す。
「この段ボール箱の中のリボンだけで、新品を定価で買ったら数万円ってことかよ」
「そうなるね」
とはいえもちろん、このリボンを定価で売るのは無理。それぞれ使いかけだし、残ってる長さを測るのもめんどくさい。ほどいて芯を外したほうが、送料は抑えられるから、それならついでに長さを測るのもアリかもだけど……。
いや、これ、メーカー名のばっちりのってるレトロな紙芯ごとのほうが、むしろ価値がある気がするんだよねえ。
どの組み合わせでいくらで売ろうかな、と、計算する私の隣で、清ちゃんはしみじみと呟く。
「なんつーか。値段を聞くとけっこうお宝に思えてくるけど。俺にはやっぱりわかんねーなー」
そしてひとりで、うんうん、と納得するようにうなずくと、すちゃ、とメガネをかける。
「ほんと、美裕にまかせてよかった」
そう言い残して、清ちゃんは立ち去る。
私は閉じられたふすまに、小さな声で呟き返した。
「やっぱ清ちゃん、メガネ似合うし」
*
夕方、私はでっかい段ボール箱を抱えて、和室を出た。まだこの時間なら、帰り道の郵便局が開いてるから荷物を預けられる。
私の帰る気配を察して、清ちゃんが二階から下りてくる。もう髪も結んでいないし、メガネもしていない。
「……なんか、落ち込んでない?」
清ちゃんに言われて、私は大げさにため息をついた。
「ちょっと。失敗したかも」
「何が」
私はちらりと、抱えた段ボール箱を見る。
「リボンのまとめ売り。出品して数分で売れちゃったから……」
私の返事に、清ちゃんが怪訝そうな顔。
「売れたのに落ち込んでんの?」
「そりゃあ、売れたから、うれしいんだけど。すぐに売れすぎると、値段のつけ方間違えたかなって思うよね。安すぎたんじゃないかなって……もっと吹っ掛けられたかもって、思うよねえ?」
私はもう、清ちゃんには欲張りなことを隠さない。隠す必要もないと思ってるからだ。
すると清ちゃんは、めちゃくちゃ笑ってた。
「ほんと、欲張り」
「そんなの知ってるし。だから落ち込んでるし。ああもう、元値ゼロだけど、もっとうまくやれたんじゃないかって、さあ……もー、悔しい」
「美裕はうまくやってくれてるって。適正価格だったからすぐ売れたんだろ?」
ぐぎぎと歯を食いしばる私に、清ちゃんは笑いながら、やさしい言葉を投げてくれた。それはけっこう意外だった。
清ちゃんは社交辞令とかおべんちゃらとか、そういうことを言う人ではない。だから彼の口から出てくる言葉は、本音そのもの。
……いや、それ、照れるんですけど。
「……ありがと」
さっきまで利益損失、と。そればかりが頭の中に渦巻いてたけど、今は、胸がぽかぽかして、そんな気持ちも消えてしまった。暑いんだから、ぽかぽかなんかしなくていいのに。
「今日はこれ送ってから、帰るね」
「荷物持ってこうか? 大丈夫?」
「大丈夫。でかいだけ。軽いから。前見えてる」
「まじ気をつけて」
「まじ気をつける。じゃあまた明日」
「おう、おつかれさま」
清ちゃんは玄関扉を開けてくれて、私が道路をてくてく進むのをしばらく見送ってた。
少し進んで、ふと振り返ったら、まだ清ちゃんは家の前にいた。ちょうど西日ががんがんで、清ちゃんの表情とかは逆光で何も見えなかったけど。
たぶん、笑ってたんじゃないかなあ。きっと欲張りな私のことを、さすがだなあ、なんて思ってたに違いない。
*
その翌日に出品するものには、目星がついていた。
リボンの次は、レースである。
レースもこれ、手芸店で売ってるメーカー品は、まともに買おうとするとけっこうお高いのだ。コスプレの延長でゴスロリに憧れて、だけど市販のゴスロリ服はべらぼうに高いし、だったら自分で作っちゃう? と考えて、手芸屋さんにレースやフリルを探しに行って、いや、この長さでこの値段だと、材料費だけでかなりかかるな……と、挫折したのを思い出す。
百円ショップにもレースやフリルは売ってるけれど、手芸店で取り扱っているもののほうが格段に種類は多い。幅の広いレースなんかは、手芸店でしか見たことないし。
昨日リボンを運ぶときに、レースのある棚の位置は把握していた。店の中の作業も短時間で済みそうだし、と、私は久しぶりにロングスカートをはくことにする。
おばーちゃんの店に入って、予定通り段ボール箱にレースとフリルを詰め込んでゆく。古い紙の台紙は汚れてるけど、そこにメモされてる値段を見たら、うわーってなるよね。これが一メートルの値段……そしてこのひと巻きが三十メートル……ということは掛け算したら……うわー。
やっぱり高級だなあ……。
今なら材料があるから、ゴスロリ服だって作れちゃうな。けど、今着るかって言われたら、もういいかなって思うもんな。やっぱ着たいときに着ておくべきだったか。まあ、いいか。
きっとどこかで昔の私みたいに、ゴスロリな服を作りたいけど予算がと困っている誰かに、使ってもらうことができたならこれ幸いと思うことにしよう。
店からレースとリボンを運ぶ作業は短時間でできた。あとはエアコンのきいた涼しい部屋で検品だ。
けれど、明るい部屋に持ってきたリボンやレースを見て、私はちょっと眉間にしわ。レースやリボンは、白がベースのものが多い。糸もそうだったんだけど、淡い色のものって、日焼けやシミがすごく目立つのだ。
私はとてもかわいいレースをひとつ、白いフェルトの上に伸ばしてみる。これはもとからこういう、うっすら黄色い生成り色? それとも経年劣化で黄ばんじゃってるだけ?
判断できないままに、また別の布製のフリルを広げてみたら、こちらは明らかに、巻き具合の関係で、日に当たっていたところが日焼けして変色していた。
こういうのって白いのが大事だよねえ。漂白とかしたら、きれいになるのかな。しかし、私には漂白の知識もないし、もうそのまま出品するしかない。
まあ、でも、シミあります! 日焼けしてます! 芯は汚れてます! ってちゃんと説明文に記載して、写真も撮って見せたら、それでもいいって人がきっと買ってくれるだろうから。
ああ、こっちのレースもすごくかわいい……と、私はもうひとつ、紙巻のレースを持ち上げた。そのときだった。
ぽろり、と、膝に何かが落ちた。なにかの欠片だ。
「ん?」
そういえば、作業を急ぐあまり、いくつかのレースをまとめてつかんで、段ボール箱に入れてきたから。もしかしたら一緒にちょっとしたほこりとか、包装のちぎれたやつとか。そういうのが挟まってたのかもしれない。
私は視線を自分の膝に落とす。二本の足の間は、ロングスカートがゆったりと覆ってる。そしてその上に落ちていたのは――。
「ぎゃあああああああああ」
私はそれが何かを一瞬で理解して、そして、同時に大声で叫んでいた。
清ちゃんちに私の絶叫がこだまする。同時にバタバタと二階から清ちゃんが下りてきた。
「どうした!?」
清ちゃんが和室のふすまを開いたとき、私は立ち上がって、やだやだやだやだとスカートをばたばたと払っているところだった。だから、清ちゃんにそれを見られて、また叫ぶことになる。
「ぎょあああああああああ」
私は慌ててスカートを下ろす。
「なに? まじで」
ぜーはーと息を荒げる私の前で、清ちゃんは静かに呟いた。
清ちゃんは私のスカートの中をどこまで見たかはわからないけど、とても心配してくれてるのはわかった。
「ごめん。あの、レースの間から、ぽろっと、落ちてきたから」
私は名前を言うのも嫌で、畳に落としたそれを指さす。
清ちゃんはそれを見て、ああ、と短く言って、それから部屋の隅にあったティッシュを数枚引き抜くと、手早くそれを包んで握った。
「そりゃ、いるだろ。虫も」
「……いるだろうとは思うけど」
おばーちゃんの店を物色してるときに、いそうだな、とは思った。けど、言ったら余計に出てきそうだし、閉店したとはいえ、お店だから言わなかった。何かの排せつ物があるな、というのも気づいてた。でも、見て見ぬふりをした。だけど、清ちゃんは私のそういうフィルターを遠慮なく剥がすように言う。
「コレもいるし、クモとか、ネズミとか? そういうのもいると思う。古い店だし」
「やっぱいるんだ」
もしもお店の照明がものすごく明るかったら、見たくないものまでもっとはっきり見えちゃって、私の作業にも支障が出てたかもしれない。
嫌な顔をした私に、清ちゃんは手に握ったままのティッシュの包みを差し出す。
「でもこれ完全に命ないじゃん? てか、全体じゃなくて欠片だし」
「ぎゃあ、開いて見せないで」
私は思わず後ずさる。畳に敷いた新聞紙にかかとがめり込み、ぐしゃ、と、鳴る音が聞こえた。
「なに、美裕って、虫とか苦手?」
「得意ではないよね」
私が本気で嫌がってるのに気づいて、清ちゃんは再び、ティッシュを握りしめた。そして不思議そうに尋ねてくる。
「ひとり暮らしの家で出てきたら、どうしてんの」
私はぐ、と言葉に詰まる。このアレはまだ出てきてないけど、もしかしたら遭遇してないだけで、実はいるのかもしれない。そんなこと考えるのも嫌なんだけど。でも、出てきたら出てきたで、奇声を上げながらも私はきっと戦うんだろうな。
「それはもう、戦うけど。っていうか今回は、ほんと、不意打ちだったから、叫んじゃっただけだから」
胸を張って答えたら、清ちゃんはほんとかよ、の表情でため息をつく。
「まあ、びっくりしたけど。こんぐらいのことでよかった」
「ごめん。ありがと」
「いや、こっちこそありがと」
そう言って清ちゃんは和室を出て行った。え、なんのお礼? 視線がちょっと私のスカートに向いてたの、なんかいやなんだけど。やっぱパンツ見た?
それから私は頭が沸騰した状態で、もう、虫よりそっちのことが気になって、恥ずかしくて。
……そう。そのおかげで、虫への恐怖みたいなのが薄れたのはありがたい感じ。
それはそれとして、このレースとフリルたちをどうするか、だよね。
シミあります! 日焼けしてます! 芯は汚れてます! って、正直に説明文に書いて出品するとして。さらに、虫が入っている可能性があります! は、さすがに嫌じゃない? っていうか、そんなの売っちゃだめだよねえ……。
結局私は手間はかかるけど、すべてのレースやフリルを芯からほどいて、ほかの何かが挟まっていないかを確認することにした。そうじゃないと安心して出品できない。
そしてまた手元の作業に集中することにより、清ちゃんにパンツ見られたかもみたいな心配はもう、どこかに消えてゆく。手を動かすって、大事だな。
たくさんのレースとフリルを、写真を撮りながら台紙から外していく。くるくる、くるくる。ついでに長さも測っておく。……わ、これとか、ほとんど未使用だし。
この幅広のレースとか、本当の値段で新品を買おうとしたらとんでもないよなあ。多少日焼けしてるところはあるけど、こういうの、ほんと上手に処理できる人に使ってもらえたら……。
ほどいたレースを、今度は見栄えよくまとめていく。あんまりしわにならないように。くるくる、くるくる。
かなり時間はかかったけど、その日のうちにすべて確認することができた。
虫が挟まってたのは、きっかけになったそのレースだけ。ほかのものはどれもこれも問題なし。もう、ほんとに、あるかないかわからないものを確認するのって、大変……。
でも、これで堂々と、出品できる。虫が入っている可能性はございません! とは、わざわざ説明文には書かなくていいよねえ。
できることなら購入されて、このレースやフリルたちも、誰かのすてきなものに変わりますように。




