4、コメントなしOK
朝、おはよーと清ちゃんに連絡して、午前中作業。お昼になったら家に昼食を食べに帰るついでに、売れた荷物を発送して、足りなくなった梱包材を買って、また午後、清ちゃんちで作業する。
なんだかんだ肉体労働で、おばーちゃんちのものに向き合ってる間は、そのことしか考えないし、家に帰ってもすっかり疲れてるから、早く眠れる。そして次の日も、今日は何を探して売ろう? って、わくわくした気持ちで目が覚める。
清ちゃんとは必要最小限の関わりだった。二階の音はあんまり聞こえないけど、誰かと通話してるな、って話し声が、内容はわかんないけど背景音として聞こえることはあった。話し方とか口調がまじめな感じだから、どうやら本当に、清ちゃんは在宅で仕事をしている……らしい。
それから、午後の三時前後におやつを出してくれることもある。
「これお中元でもらったやつ。食べる?」
「食べる」
その日、清ちゃんが和室に持って入ってきたのは、果物がたっぷり入った見た目も涼しげな高級ゼリーだった。ばっちり冷えてて最高だ。
私はちょっと待ってと、相変わらず真っ黒な手をいったん洗って戻ってくる。
和室に戻ったら、清ちゃんは床にずらっと広げた糸を見ていた。糸は糸でも、今日これから撮影しようと準備してたのは、縫い糸だった。しかもかなりの年代物で、棚の奥のほうから出てきたやつ。
「これ、売れんの? すっげえ汚くない?」
「わかんないけど、出してみる。ぱっと見、汚いんだけど……糸自体はねえ、たぶん、きれいなんだよねえ」
わりと棚の手前にあった手縫い糸は、私も実際にほかのお店でも売ってるのを見たことがあるパッケージで、新しめだった。縫い糸を巻いている紙の芯も丸ごと覆うようにフィルムがついてて、そういうのは全体がほこりから守られてるから中身もきれい。新品未使用品って堂々と言えそうなぐらい。
でも、今ここにあるのは、そうじゃなくて、見るからにパッケージが汚れている。旧式のパッケージの物はフィルムがなかったり、巻かれていても糸の部分だけだったり。だから経年劣化で紙の芯はだいぶ黒ずんでたりするのだ。ほこりなのか、もしかしたらカビだったりするのかも。
しかも、絹糸だから、使う人も限られるんじゃないかな。私自身、わざわざ絹糸を買ったことはない。これってたぶん着物とか? なんだか高級な素材用な気がする。
絹を作るのって、蚕だよね? 蚕も誰かが育ててる。そこから糸を作る人。糸を染める人。糸を巻く人。糸だけじゃない、紙の芯だって、フィルムだって、誰かが作ったものだ。だからこの糸を作るのに、どれだけの人が関わってるのか、なんて、考えたら。私はどうしたって、宇宙を見るネコの顔になってしまう気分。
「やっぱり、少しでも可能性があるなら、欲しい人がいないか探してあげたい」
脳みそは宇宙に飛びながらも、清ちゃんにごちそうになった高級ゼリーは、桃とシャインマスカットとオレンジが詰め合わせでめちゃくちゃ贅沢な味がした。うまい。
「美裕ってほんと、うまそうに食べるよな」
「え、ほんとにおいしいし」
言い返したときには、もう清ちゃんは畳から立ち上がり和室を出ていくところだった。おやつはおしまい。私はすぐに意識を畳に並べた糸に戻す。
こういう品物を、私が売れるか売れないかを今判断するのは難しい。だって私にとってはこれ、いらないものにしか見えないんだもんなあ……。
とにかくたくさんセットにして、ちょっとでも欲しいと思った人に押し付けて、その人がこの中から使えるものだけ使ってくれたら、それでよしとしよう。
*
……で、この大量の縫い糸。私は売れなくても仕方ないなあ、その時は燃えるゴミだなあ、って思ってた。でも、ちゃんと、欲しい人はいてくれた。
購入されたとお知らせが来たときは驚いたし、ほんとにいいのかなと思いつつも、まあ、説明文もしっかりしたためてたし、写真でも汚れたところアピールしまくったから、苦情がくることはないはずだと、発送の手続きをした。
その数日後には、購入者が品物を受け取ったという通知が届いた。そしてそこについていたメッセージを見て、私はまた驚いた。
『箱を開いたときに、とてもうれしくなりました。たくさんのすてきなお品を、ありがとうございました!』
あの、汚ない手縫い糸の山を、こんなふうに褒められたら、だいぶ感動するよね。
確かに、箱に詰めて、ずらりと並んだ色とりどりの糸たちはきれいだった。胸を張って旅立ちますって、そんな感じがした。それを見て、購入してくれた人も「わあ」ってうれしく思ってくれてたんなら、本当に、私もうれしい。
きっとこんなことを言ってくれる人なら、あの汚い糸たちも、存分に活用してくれるんだろう。胸熱だなあ。私は知らず知らずスマホの画面に微笑んでいた。
*
そんなふうに、おばーちゃんの店のあれこれを、順番に隣の家の和室に持ち込んでは出品している夏休み。
その日、私がやっつけることに決めたのは、ロックミシン用の糸……である。
ご存じですか、ロックミシン。私は密かに憧れてましたよ、ロックミシン。ちなみに清ちゃんは知らなかった。小学校の家庭科室にもあったはずだけど、ぜんぜん覚えてないらしい。
例えば、コスプレに使うと映えるサテンの布は、切ったそばからほつれていくから端の処理が必要だった。私は家に普通のミシンしか持ってないから、ジグザグ縫いで処理したけど、ロックミシンがあったらもっときれいにできたんだろうなあって思ってた。
もっとコスプレにはまってたら、ロックミシンも買ってたかもしれない。
そんな勝手な思い入れのある、憧れのロックミシン様。それ用のロックミシン糸が、おばーちゃんちでも売られていた。
私は店のロックミシン糸の入った棚の前に立って、しばし、途方に暮れる。
私の背ほどの高さから、足元まで。引き出しの中にはぎっしりとロックミシン糸が収納されている。数で言えば、これまで出品した普通のミシン糸よりはずっと少ない。けど、ロックミシン糸って、大きくてかさばるんだよね。
匿名配送に使える専用資材の小ぶりな段ボール箱、その箱に、普通のミシン糸なら五十個から六十個程度入れることができた。しかし、ロックミシン糸は入るとしても十二個が限界。それに糸の単価と送料を考えると、価格もそんなに高くできない。なにせやっぱり、これらもうっすらほこりを被ってるから、新品だけど新品って言えないもんなあ。
ロックミシン糸の在庫数を数えて、十二で割ったら、けっこうな数。出品の登録をするのも大変だし、似たようなセットになるから、発送するときも間違えそうだよねえ……。私は自分のうっかり具合もよく知ってるから、できればもっと簡単なほうがいい。
もうこれは、あれだな。さらに大きい箱で送るほうがいいんじゃないかな。
そして私の出した答えは、八十サイズの箱に詰められるだけ詰めて送ること。それだと送料のことを考えても、ひとつあたりで計算した時に、お得感が出る。
とにかく購入した人をがっかりさせたくないのと、私ができるだけ楽をしたい。そのバランスを考えながら出品するセットを決めた。
ロックミシンを持っている人は、大量に裁縫をする人に違いない。そういう人は、でかめの段ボール箱いっぱいの数、ロックミシン糸を手に入れてもきっと無駄にはしないはず。
そして、私のこの考えはちゃんと当たっていたようで、ほどなく、出品した大量のロックミシン糸のセットも、無事にお届けできることになった。
大き目の箱を発送すると、なんか、やってやった感がすごい。郵便局に箱を預けたあと、私はめちゃくちゃ、いい汗かいたわあ、と思った。
*
そんなふうに、糸類は消耗品だから、出品すれば誰かは買ってくれるだろう、と思ってた。
けど、この先はどうしよう。糸コーナーをあらかた片付けたところで、私は次に何を出品するかに少し迷った。
糸とくれば針? 縫い針はまあ、売れそうだよなあ……百円ショップにもあるけど、手芸店の針は折れなさそうとか曲がらなさそうとか錆びなさそうとか、すごいものだという印象がある。小さくてピカピカしたものは、我が国の技術がこれでもかと込められている気がする。
とにかく針は小さいから、扱いやすい。小さくて送料が安くすむものは、利益率が上がっていいね……、と、私はひそかにほくそ笑む。
縫い針だけだと、清ちゃんちに運ぶ用の段ボール箱に入れても、ちょっとにしかならない。せっかく店に荷物を取りに来たんだから、もっとたくさん運んでおきたい。私はここでも欲張り力を発揮する。
そのとき、すぐ隣の棚にも「針」の文字を見つけた。引き出しを開けてみたら、割り箸のでっかいの、みたいなのが入ってる。なるほど、これは編み棒? その横にはかぎ針と書かれた、絶対耳に入れちゃいけない耳かきみたいなのがあった。
その下の引き出しからは、数段ぎっしり編み棒が並んでいた。一袋の中に二本とか四本とか入ってる。私は編み物をしたことがないからわからないんだけど、毛糸って、二本の棒で編むイメージ。でも、四本セットがあるってことは、四本使って編んだりもするんだろうか。っていうか五本セットのもある。五本一気に持つのめちゃくちゃ難しそう。編み棒の太さもいろいろあって、なんとなく、太いやつは太い毛糸が編めそうだとか、細いやつは細い毛糸を編むんだろうなとか、そんなことを推測する。
……でもこの細いやつ、これ、どっかで見たことがあるような。
なんだったっけと考えながら、かぎ針と編み棒を段ボール箱に入れたら、いい感じに段ボール箱がいっぱいになった。
よし、今日の出品物はこれにしよう。
「え、なにこれ? 焼き鳥の串?」
清ちゃんが和室をのぞきにきたときに、編み棒の細いのを見て、言った。私はそれだ、と膝を打つ。そう、細い編み棒は焼き鳥の串にそっくりだった。
「こっちは耳かき?」
金属製のかぎ針を見ての清ちゃんの感想に、私は苦笑する。はい。私もそれ、思いました。
「これもまとめ売り?」
「うん。そのつもり」
おばーちゃんの店に残ってたのは番号が飛び飛びだし。それに袋から出して丁寧に確認するのも無理な量だから、個別に売ると、不良品だったときの対応が難しいかなって思ってしまう。それだったら最初から難ありかもしれないけど大量だよ、お得だよって、それでもいいって引き取ってくれる人を探したほうが私の手間が省ける。
とにかく、私はこの品物だけにかかりっきりにはなれないのだ。おばーちゃんの店にはまだまだいろんな商品がある。
ただ、糸とかの消耗品なら、大量にあってもいい気がするけど、編み棒は、使ったらなくなるものではない。だから、この本数を一気に欲しがる人がいるかどうかは謎である。
しかし世界は広かった。
*
「清ちゃん、この間の大量の編み棒とか。売れたよ」
「えー? 焼き鳥屋さんとか? 耳かき屋さんとか?」
「どうなんだろう? 海外のお客さんの仲介してくれる業者さんだったから……」
清ちゃんの冗談を聞き流し、私はそういう業者さんが存在することを説明する。清ちゃんは「へー」ってものすごく感心してた。
「すげえな。ばーちゃんの店のものが、海外まで旅立って、活躍すんの?」
「そういうことだよね? すごいねえ」
きっと私たちが想像できないようなすばらしい作品作りに、使われるんだろうな。ほんと、ご縁を結べてよかったよ。




