3、即購入OK
朝になってもなんだか頭の中が興奮状態だった。
昨日調べた知識のせいかもしれない。だって、あれもこれも、なんだか意外な高値で取引されていたのだ。
使おうと思ってるフリマサイトは送料は出品者負担が多い。まあ、そっちのほうが買う人には便利だよね。私も普通の通販サイトで物を買うときは、送料込みの値段を比較したりするし。
だから、大きな荷物は送料も高くなるから、そのせいでつける値段も高くなるけど……私がまず出品しようと思っている手芸用品は小さいものが多い。送料が抑えられたらその分儲けも大きくなる。
結局のところ私は儲けたいんだな、と思う。いや、やるからには儲けたほうがおばーちゃんもよろこぶ気がするんだよね。私の欲張りなところを褒めてくれてたんだから、寄付とか無料配布とかではなく、ちゃんと儲けろってことだと思うんだ。
問答無用で捨てられるものを、欲しい人を探して、届けて、そして稼ぐ。それがおばーちゃんが、私に期待してたことなんじゃないかなあ。おばーちゃんだって、この店に残ってるものを、全部処分されるの、絶対嫌だろうし。
昨日のうちに清ちゃんと、メッセージアプリのIDは交換しておいた。午前中ってお邪魔していいんだろうか? 結局清ちゃんが何の仕事をしてるとか、詳しいことを聞かなかったからなあ。
まあいいか。連絡しとくか。
私が「おはようございます、きょう午前中に伺います」とメッセージを打つと、すぐにOKのかわいいイラストが返ってきた。
この反応の速さは起きてたってことかな。まあ寝てても返信ぐらいできるし……、と、私は清ちゃんの寝姿を想像して、よくわからんな、と思い直して、身支度を整えた。
家主と連絡が取れたので安心して訪問できる。
その前に、買い物だ。
だいたい梱包材は百円ショップで探せるらしい。少し遠回りして近所の百円ショップまで。
不要なものを処分するために必要経費とはいえお金を払うのはどうなの、新しい物を買うのはどうなの、と思うけど、なくちゃいけないものだからなあ。
水濡れ防止用のビニール袋に、発送用の紙袋、もしくは段ボール箱。それから緩衝材のプチプチ。OPPテープとマスキングテープがあればなんとかなるかな。
フリマ用の専用発送箱はコンビニにもあるらしい。ちょっと寄って試しに買ってみる。これが使えるなら確かにいいかもしれない。匿名配送というのができるらしくて、相手の住所を書いたり自分の住所を知らせたりもしなくていいらしい。便利。あて名書きが苦手で、失敗したらだめだと思ったら失敗する私にとってはとてもありがたい。
お好みで感謝を伝えるメッセージカードを付けたりもするらしいけど、それも割愛させてもらおう。なしでもいいものは、なしを選びたい。
だから筆記用具は特別なものはいらなくて、メモ用に持ち歩いてる手帳とペンでなんとかなりそう。っていうかペンぐらいなら清ちゃんちにもあるんじゃないかな。
でもあまり頼りすぎてはいけないような気もして。家から新聞紙とかハサミとかカッターは準備していくことにした。
ついでに飲み物も買っていこう。いらないかもしれないけど清ちゃんの分も買っていこう。いらないって言われたときのために、私の好きなやつにしておこう。清ちゃんが何が好きかとか、ぜんぜんわかんないもんな。
そんなこんなで、持ってたエコバックにはけっこうな荷物が詰まることになった。
寄り道を終えて、ふうふう言いながら清ちゃんちにたどり着く。玄関の引き戸は本当に鍵がかかっていなかった。そのままがらりと開けて中に入る。
「ごめんくださいー、お邪魔しますー、美裕ですー」
清ちゃんがこの二階建ての家のどこにいるかがわからないから大声で叫んだ、ら、入ってすぐの和室とは逆側の、リビングのドアが勢いよく開いた。
「来るのが遅い」
そしてその声はなんだか不機嫌だった。
「え、待ってたの?」
今日も清ちゃんは甚平姿。昨日とは柄が違うから何枚も持ってるんだろう。ぼさぼさの髪はそのまんまだ。
「別に待ってないけど」
拗ねた口調で言われて、待ってたんだな、と申し訳なくなる。
「ごめん、買い物してて」
それから、荷物の中から、はい、とついでに買ったペットボトルの飲み物を渡す。
清ちゃんは受け取って、パッケージを見て、それから眉間にしわ。
「フルーツティー? 甘いだろこれ」
「甘くておいしいよ」
清ちゃん甘いの苦手なのかな? と思いながら、私はよいしょと和室に上がらせてもらう。
「おばーちゃん、おじゃましまーす」
と言いながら、荷物を床へ。
「あれ? 涼しい」
どうやら和室のエアコンをつけて、待っててくれたらしい。それはそれは、申し訳ない。
「エアコンありがと」
「つけなきゃ死ぬだろ」
「そうだねえ、今日も外、すでに激暑……」
今日は帽子をかぶっていたし、午前中の涼しい時間に動いたつもりだけど、やっぱりすでに汗だくだ。
もう化粧をすることはあきらめて、日焼け止めだけはしっかり塗っている。会うのが清ちゃんだけだから、適当でいいな、というのが私の本音。
清ちゃんは私がエコバックからあれこれ梱包材を出すのを、物珍しそうに眺めてる。
「今日は何すんの?」
「今日は昨日持ってきた荷物を、仕分けて出品しようかと」
「へー」
清ちゃんもなんだかんだ、興味が出てきたらしい。和室での私の作業をしばらく観察するつもりのようだ。
まあいいけど、この家の主は清ちゃんだし。この商品たちも、おばーちゃんのだし。
さて、やりますか。
私は家から持参した新聞紙を畳の上に広げると、その上に、昨日ぐちゃっと段ボール箱に詰めて店から運んだミシン糸を並べることにした。
明るい日の光の下で見ると、やっぱりほこりっぽいなあ。きっと今日も手が真っ黒になること間違いなしだ。
参考にするのは糸巻に貼られているシールの数字。ここに、色の種類を表す番号が書かれている。
「え、それ色の番号で分けてんの? 細か」
「大体でいいとは思うけど」
「何色ぐらいあんの?」
尋ねられて、私はつかんだ糸の番号を読み上げた。
「これが二百番台だから、それぐらい?」
「二百色以上ってこと? すっげー、地道な作業。てか、これ、一個ずつ売んの?」
「んー、キリないからまとめ売りかなあ」
このサイズのミシン糸なら、A4サイズの封筒にきれいに並べたらポスト投函もできるはず。それなら送料も安い。
けど、さっきコンビニで見つけたもうちょっと厚さのある専用箱を使ったほうが、さらにたくさん詰められるし、いいかも。どうせ売るものはたくさんある。売るほどある。
ある程度がっつりまとめて売っちゃったほうが出品の手間が省けるしいいと思う。
清ちゃんは話しかけてはくるが、手伝うつもりはないようだ。私が渡したペットボトルを開けて、飲んで、「お、思ったより甘くない」なんて言っている。
私は手を動かしながら、清ちゃんに尋ねる。
「清ちゃん仕事は? しなくていいの? 休み?」
「えー? まあ、ぼちぼちやるから」
「何の仕事してんの?」
「やっぱ知りたい?」
「まあね。仕事で出かける日があるなら聞いときたいし」
「俺在宅だからだいたい家いる」
「在宅なんだ? なんかいいね、自由で」
「そー、自由で……自分を律する心が大事っていうか」
「見張られてないから、さぼれたりすんの?」
「さぼったら成果が出ないから。後で自分が苦しむだけだから」
「まあ、そりゃそうか」
清ちゃんは、勤務時間の間パソコンの前で座っていたらいい仕事ではないらしい。
「いいよ、仕事戻って。私お昼まではここで作業するつもりだから」
「りょーかい。つか、お昼は戻んの? 家」
「戻る。お母さんがご飯作ってくれるから」
「会話が小学生」
「だってほんとだもん。清ちゃん自炊してんの?」
「自炊してるよ、まあ、適当に。スーパーも近いし。食べ物には困ってない」
「ふーん」
清ちゃんは大人になって、まだ内容は謎だけど仕事して、自炊して……、家事も自分でしてるんだろうな。掃除とか洗濯とか。
私も大学の方に戻ったら、ひとり暮らしなんだけど。始めて数か月は何をやってもめんどかったから。実家でやってなさすぎたのが身に染みた。うちは両親があんまり、家事を手伝え、みたいなの言わない人たちだから、甘えてたんだよね……っていうか今も甘えてるけど。
そんな感じに清ちゃんと話している間も手を動かしてたら、新聞の上に数字別に並べた糸がどんどん広がってた。昨日は夢中で箱に押し込んだけど、改めて見ると、すごい数だな……。
「ま、無理しないように」
清ちゃんはそう言ってよっこらせと立ち上がると、飲みかけのペットボトルを振ってみせる。
「これ、うまかった。ごちそうさま」
「よかった」
清ちゃんは和室から出て行きながら、思い出したように付け足した。
「トイレとか、好きに使っていいし。俺二階にいるから。なんかあったら、叫んで」
「そうする」
呼んで、ではなく、叫んで、って言ったなあ。なるほど、でっかい声じゃないと、二階に声が届かないってことか。
清ちゃんの足音が遠ざかり、私は和室でひとり、ため息をつく。
それは、目の前に並べた糸の数とその色合いの美しさに惚れ惚れして、のため息だ。
糸って、きれいだな。
ほこりをかぶって、シールとか、周りのフィルムとかはうっすら汚れてる。でも、そんなことが関係ないぐらい、内側の糸は輝いて見えた。
だいたい、二百色以上も微妙な色合いを変えて染めてるのがすごい。十二色ぐらいあったらなんでも対応できそうではあるけど。でも、ちゃんと布の色に合わせた色の糸を使うと、仕上がりがすごくきれいなんだよね。私の短い裁縫の経験でも気づけたもんな。
糸の色、大事。
おばーちゃんがこの糸たちを、いつ仕入れたかはわからない。
同じ色の糸だけど、パッケージが何度か変わってて、バーコードが印刷されていないフィルムから、印刷されたフィルムになってたりして……え、バーコードっていつから普通に使われてるんだろう。この糸って確実に私より年上なのでは……?
色別に分けることができた、私が一番に選んだこのミシン糸は、ニット用。ニット用のミシン糸は百円ショップで見かけないから、売れそうだなという直感があった。
私が過去コスプレで、伸びる生地を縫う必要があったときに、そういう生地を縫うときは普通の糸ではなくてニット用の糸が必要なことを知った。糸なんてなんでもいいだろうと思ったけど、伸びる生地を普通の糸で縫うと引きつっちゃって、だめなのだ。だから私もニット用の糸を用意しようとしたんだけど、百円ショップでは見つけることができなくて、手芸屋さんで買った覚えがある。おばーちゃんのこの店ではなくて、街の大きな手芸店。お小遣いで買うには、糸って高いなってほんのり思った。
その糸が今、パッケージに多少汚れがあるものの、各色未使用新品のものがごろごろ目の前にあるのだ。
本当の販売価格だとこれで総額いくらになっちゃうんだ、と思ったらちょっと震えた。
でも、もちろん、その価格で売るつもりはない。半額……でも高いと思ってる。元手はタダだけど利益は出したいし、少しでも多く儲けたい。けど、買う人にとっては新品未使用とはいえ、外装に汚れあり。それに、長期保管品だから、もしかしたら、外から見えない内側にも傷んでるところがあるかもしれない。そういうのも含めて、買った人が残念だと思わない、納得できる価格をつけなくちゃ。
コンビニで買った専用箱にめいいっぱい入る数を調べて、その数で同系色でまとめてみる。
最後、半端になったものはこれだけで封筒に入れて送ることにしよう。それにも入りきらない分は、いったん保留かなあ。最後の最後には、ごちゃまぜの詰め合わせセットを作ってもいいのかも……。
組み合わせが決まったら、次は写真の撮影。昨日おばーちゃんの店で見つけた、白いフェルトを使うことにする。昨日撮影に使えるかなと思って、糸と一緒に段ボール箱に入れてきたんだよね。それを畳に敷いたら、いい感じの背景になった。
色番号がわかるように、ミシン糸を立てて撮影。それから、実際の糸の色がわかるように、寝かせて撮影。こうやってなんでもスマホで完結できちゃうの、簡単だなあ。
同系色の糸がグラデーションでずらりと並んでいるのは、また、ため息が出ちゃうぐらいきれいだった。和室の窓から障子越しに入ってくるやわらかな日の光も相まって、なんともフォトジェニックで映えな感じに撮影できた。
けど、きれいに見えすぎるのも今回はよくないから。近くで見ると汚い部分もちゃんとそれはアップで撮影しておく。こういうのが大事。
出品物のタイトルや説明文は、ほかの売れてる人のをマネしたらいいかな。アプリの補助機能で文章も自動で案ができたりして、おお、と感動したりしつつ……こうして私は、段ボール箱いっぱいのニット用ミシン糸まとめ売り数セットを、無事に出品することができた。
さて。それぞれのセットが混ざらないようにいったん小分けしておいたところで、自分の手を見たら真っ黒になっていた。
ついでにトイレも借りちゃおう、と、和室から出て清ちゃんの家を探索する。
井芹家のトイレを借りるのは、かれこれ何年ぶりだろう。
あんまり見ちゃいけないと思いながらも、通り道、洗面所なんかも見えてしまって、歯ブラシが一本だけなのとかを見て、もうおばーちゃんの荷物は片付けてるんだろうなあと思ったり……そして、清ちゃんは独身でここに泊まりに来る彼女もいないんだな、と、それこそよけいなことを考えたりした。
「お昼になったから帰るー」
私が階段下から叫ぶと、上から「おつかれー」と声がした。それから少しして、清ちゃんが二階から下りてくる。わざわざ見送りに来なくてもいいのに。
「作業進んだ?」
「とりあえず昨日こっちに運んだものは、全部出品した」
「売れんの?」
「どうだろ」
ものすごく大量にニットを縫う必要がある人で、多少のパッケージの汚れは気にならない人からしたら、損はしない価格設定だと思う。けど、私が今日フリマサイトを始めたばかりで初心者なので、様子見されるかもしれないなとも思った。取引を誰ともしていない、評価ゼロの相手はちょっと不安だよね。自分が買う側なら、いっぱい取引してるベテランの人から買いたいもんな。
するとそのときぶぶ、と、スマホが震えた。なんだろ、とその場で見たら、フリマサイトのアプリからの通知だった。
開いてみると、「売れました」の表示。え!
「売れた……っ!」
「うそ」
「いや、うそじゃなく、ほんとに」
さっき出品したばっかりなのに? 私値段の桁とか間違えてた? いや、あってるな。ていうかこれ、売れるとやばいな。なんとかリンとかなんとかミンとかがじゅわじゅわ脳みそから出てる気がする。やばい。
震える私に清ちゃんがにやりと笑う。
「おめでと」
*
いったん自宅に戻って、お昼ご飯を食べて、午後。私は再び清ちゃんちを訪れた。
売れた品物をできるかぎりきれいに梱包する。専用箱に添うように広げたビニール袋に、糸をきっちり並べていく。全部入れたら封をして、これで完成。これは帰りにコンビニから発送することにしよう。
ちゃんと売れるという成功体験が、私をさらにやる気を出させた。清ちゃんから預かった鍵を持ち、私は再びおばーちゃんの店へ。
裏口の扉を開いたら、次は何を持ってくんだい――と。どこかからおばーちゃんの楽しそうな声が聞こえてくるような気がした。
*
ニット用の糸が売れたことに味を占めた私は、まず、糸をやっつけることにした。
糸にもいろんな種類がある。ミシン糸、手縫い糸。ミシン糸だって、分ければ普通の生地用、厚地用、薄地用、素材もポリエステルだったり、綿だったり絹だったり。それに、ロックミシン用の糸なんていうのもある。
知らなかったんだけど、刺繡用のミシン糸というのもあった。私は刺繍はしたことがないから、経験や知識がないものは、価値もわかりにくい。
そもそも手芸自体に何の興味もない清ちゃんが、この店のものに惹かれなかったのも、納得できる。
もしこの店が手芸店じゃなくて、私がまったく興味がないもののお店だったら、こんなふうにフリマサイトで売ってみようなんて思ったかな。……いや、私だったら思ったかもな。どんなものでも価格を調べて売れそうなら売って儲けてやろうって思ったな。
清ちゃんと私の違いは、興味のあるなしというよりは、欲張りかどうかな気がする。
改めて自分の欲の深さを自覚して、苦笑しながら手を動かす。この店の中は相変わらず暑いから、物を選ぶのは短時間の勝負。
本当は検品も撮影もこの店の中でできたら効率がいいんだろうけど、エアコンがないのは致命的。だからとにかく目についたものを段ボール箱や袋に詰めるのがここでの作業。持ち切れる量荷造りをして、清ちゃんちに運ぶ。清ちゃんは「和室のエアコンつけっぱなしでいいよ」と言ってくれてて、お言葉に甘えて、冷えた部屋に戻るとものすごくほっとする。
今日運んできたのは、ごく普通のミシン糸だ。これは百円ショップにも似たようなものが売っている……けど、それはよくよく見たら巻きの長さが短かったりする。それに、手芸店で扱ってる、昔からある会社の作ってるミシン糸は、素人目から見ても品質が良かった。私が使ったときも、ミシンとの相性が抜群だし、絡まったり途中でちぎれることもなかった。縫い目もなんだかきれいだった。
ミシン糸の検品は慣れたから、仕分けや出品作業もスムーズだ。きっとこれもそのうち売れる確信がある。
私はずらっと並んだ糸の色の美しさに目を細めつつ、こつこつと作業を続けていった。




