【おまけ】11、ご購入ありがとうございます
ばーちゃんは最後……この場合は、最期になるのかな? とにかくそのときまで、実にしっかりしてた。お別れの数日前に俺を呼び出して、これは遺言だから、とものすごくはきはきとした声で言ったのだ。
「桃生さんちの、美裕ちゃん。あの子がばーちゃんはいいと思う」
「何の話してんのばーちゃん」
ばーちゃんが美裕の話をするのは、これが初めてではない。これまでにも何度も、彼女の思い出を聞かされたから。
「あんぐらい図太い子が、ばーちゃんは好きだから。あんたにも合うし」
だから、ばーちゃんが美裕を気に入ってるのはずっと知ってた。だけど、美裕は中学になったぐらいから、なーんか、俺のこと避けてる感じ。あっちが嫌がってんのに、俺がぐいぐい行くのはだめだろ。俺、あんまり空気とか読めない自覚あるけど、やっぱだめだろ、っていうのは、わかる。
「本人同士の気持ちは無視かよ」
「あんたがあの子を少なからず気に入ってることぐらい、ばーちゃんはちゃんとわかってる」
ばーちゃんには聞こえないボリュームで呟いたつもりだったけど、しっかりばーちゃんにも聞こえてたみたいだ。地獄耳。
「一緒に遊んでたの、こどものころだけだろ」
それでも言い返したら、ばーちゃんはフン、と勝ち誇ったような顔をした。
「あの子がうちの店に来たって話したときの清助の顔、あれは恋する男の顔だった。亡くなったじーちゃんがあたしを見るときと同じ顔だった」
「ええ……やめてくれ」
なんでここにきて、じーちゃんの惚気まで聞かされるかな。っていうか、俺、そんなに反応してた? 美裕の名前に?
動揺を隠せない俺に、ばーちゃんはしみじみと言う。
「何年離れ離れになっても、縁があれば、つながる。諦めるな、そのときはくるから」
俺は知らず知らず、ため息をついていた。
「くるのかねえ。てか、あっちの気持ちはわからないだろ? 今も外に出て、新しい生活を楽しんで、新しい暮らしがあって、彼氏もできてるかもしれない」
美裕が大学に進学して、そっちでひとり暮らしを始めたというのは、美裕の母親から聞いていた。家事とか何にも教えてないからどうなってることやら、と、心配しつつも楽しそうに笑っていた。
ばーちゃんはそれでも、俺に諦めるな、と言わんばかりの視線を向けてくる。
「でも実家はこっちっていうのは、変わらないだろ」
「それはそうだけど」
「あたしが死んだら店のものは、全部あの子にあげると言え」
ばーちゃんの店――井芹手芸店。数年前に閉店した、もうほこりを被ったものばかり並んだ、俺からしたらがらくたばっかの店。
「貰っても困るだろ」
「いーや、あの子なら。どうにか金に換える方法を思いつくはずだ。いらん、とは絶対言わない」
あのがらくたが? と、俺はばーちゃんの話に半笑いを返す。そんなことができるなら、美裕は錬金術師か何かかよ。
「どんだけ美裕を理解してるんだ、ばーちゃんは」
「ばーちゃんにできるのはそのぐらいだ。だからうまくやってつかまえろ」
でも、ばーちゃんは、本気で言っているらしかった。そして、ばーちゃんの中では、俺が美裕に惚れているというのは確定なんだな……。
「できるかねえ」
「できるかできないかじゃないんだよ、やるんだよ。やれ」
「はいはい」
ばーちゃんは俺の返事を聞いて、満足そうにうなずいた。そんなにうまくいくと思うか? というか、ばーちゃんに自分の淡い恋心が筒抜けだったのがまじで恥ずかしい。でも、俺が美裕を好きかも、って思ってたのは何年前だ? 美裕が店に来てたって話聞いたのも、いつのことだか思い出せない。
でも、ばーちゃんにとっては、そんな年月、きっとほんの少し前と同じなんだろうな。
これは正式な遺言ではない。ばーちゃんの個人的な頼み事だ。けど、反故にしたら、なんかばーちゃんに呪われそうとか、思うよな。
それぐらいばーちゃんの存在は俺の中では大きくて。
まあ、好きとか恋愛とか、そういう気持ちは抜きにしても、ばーちゃんの残した店のがらくたを、美裕がほんとに欲しいというなら貰ってもらったほうがいい。それは俺も賛成だった。
ばーちゃんの葬儀やら何やらで、いったんはこっちに帰ってきてた両親も、用事がすんだらさっさと県外の今の棲み処に戻っていた。
店のものはどうしたらいいか尋ねたら、「適当に業者呼んで処分しといて」……だってさ。
四十九日も終わったころに、町内会の連絡で、と、桃生さん――美裕の母親がうちに来た。
井芹さんにはすごくお世話になってるから、と、ばーちゃんが施設に入ってるときから、なんだかんだ俺のことも気にかけてくれた人だ。娘と年の近い俺がひとり暮らししてんのも、なんか気になってたのかもしれない。
だから夏に、美裕が帰省してるって聞いたとき、俺は美裕に連絡してもいいかと尋ねた。桃井さんは、あの子も暇してるみたいだからぜひ声かけてやって、と言った。
なんかあっちであったんだと思うけど、元気なくてねえ、とか。深いことは聞けないままなんだけど、とも言ってて、それも気になった。
何年ぶりかで再会した美裕は、すっかり女の子になってた。どぎまぎするのを隠して、ぶっきらぼうに接する。意識したらじろじろ見てしまうし、よくないと思った。
そう、あっちで彼氏とかいるかもしれないしな、とか。これまでもいたかもしれないしな、とか。勝手に思って勝手に腹を立ててたのもある。
けど、美裕は美裕のまんまで、欲張りで、素直で、おもしろい。
ばーちゃんの店に残ってるものを売りつくしてやるって、フリマサイトに出品して、ほんとにどんどん売りまくってて。俺はほとんど手伝わずに、美裕の好きにさせてたけど、毎日うち来て、せかせか、細々、作業して、汗流して、働いて……それで、本人気づいてないんだろうけど、すごく楽しそうにスマホ見てんだよなあ。だいたいそんなときに声かけたら、「見て見て!」って、購入者からのコメントを見せてくれた。
美裕はいちいち感動してたけど、それって定型文なんじゃね? と思ったり。でも、めちゃくちゃ熱い感謝のラブレターみたいなのももらってたり。いろんな人がいて、美裕はいろんな人に関わって、生き生きしてた。
そんなの見てたら、ばーちゃんからの伝言、伝えてよかったな、って思うし。同時に、やっぱ、こいつかわいいよな、とか、思った。
ぎゃあ、って悲鳴聞きつけて慌てて見に行ったらラッキースケベで一瞬パンツ見たりもしたのは、まじで刺激が強くてやばかった。
焼肉おごってもらって、美裕が中学のときになんで俺から距離取ってたか、とか理由もやっとわかった。
んで、焼肉屋の子――俺の元カノに嫉妬してんのもわかったりして、ちょっとうれしかった、けど、そんなこと言ったらまたキレるかなとか、思ったり。
あと、なんで夏休みこっち帰ってきたのかの理由も、教えてもらった。
美裕にオトコできてなくてよかったーって思ったけど、まあ、友達と三角関係になりかけてたみたいな話は、聞いてて俺もつらかった。俺は俺だから、別の誰かの気持ちなんかわからない。わからない、けど……なんとなく。美裕の友達はふたりとも、美裕とは友達でいたいんじゃないかなって感じたりもした。
ま。これからどうするかは、美裕が決めることだよな。
花火とか見ながら告白とかしとくか、と計画してたのはすっかりだめだったけど。美裕が浴衣で来てくれてすげえかわいかったからよしとする。
こんなことじゃ、ばーちゃんが生きてたら、背中蹴り飛ばされてたかもしれない。
そして、月が替わって。店はどんどん片付いてった。物がなくなってるの見たら、もう美裕を引き止めるものもなくなるんだなってさみしく思った。
美裕がここにいてくれてんのは、ばーちゃんの遺した物のおかげだもんな。
……でも。
美裕は徹夜して、俺に、ばーちゃんの店にあった材料で、甚平を手作りしてくれた。その行動も信じられなかったし、そのあと俺の部屋で、俺のベッドで、すやすや眠ってたのも信じられなかった。
業者の来る日が変更になったっていう伝達事項をすっかり伝えるのを忘れるぐらい。午前中いっぱい、ベッドで寝てる美裕を眺めて過ごしてしまった。仕事? そんなもん手につくわけないだろ。
まー、でも。美裕はこんなふうに俺の前で超無防備にいられるぐらい、俺が何にもしないって思ってんだよなー。桃生一家は、おばーちゃんの影響もあってか、俺のことすごく信用してるもんな。そうじゃなきゃ、男ひとり暮らしの家に、娘をのこのこ送りだしたりしないだろ……そういうの考えたら、どんなに美裕のことが欲しくても、絶対手え出したりしちゃだめだって思った。
今だけじゃなくて、この夏だけじゃなくて。美裕と、末永く、いい関係でいたいなら。衝動的な行動はしちゃいけない。
……いけないけど。
眠る美裕を眺めては、俺は両手で顔を覆って椅子の上で悶えていた。
その日の午後、ばーちゃんの店で。
残ってたおもちゃの詰まった箱の中から、指輪が出てきたときは。まるで、ばーちゃんがこれ使え、って出してきたみたいに思えた。
最後までほんと、ばーちゃん、孫に甘いって。
美裕は指輪を受け取ってくれたし、新しいの買ってやるって言ったら、うれしそうにしてた。それが告白かどうかは、改めて伝えないとわかってなかったけど。でも、まあ、結果はOKだから。よかったよな。
約束はちゃんと守らねば、と。美裕が大学に戻る前に、俺はデートに誘うことにした。
待ち合わせ場所に向かったら、
「甚平じゃない」
と、美裕は俺を見て言った。
「指輪買いに行くのにそれはちょっと自由すぎるだろ」
そういえば、美裕の前では甚平しか着てなかったな、俺。
洋服着てるだけでにやにやされんの、なんか変な感じ。
「清ちゃん、甚平も似合うけど。ふつーの服もいいじゃん。あ、あと、メガネも似合うよ」
「……ありがと」
美裕には誰とも付き合ったことねーの、と、以前尋ねたことがあるけど。俺だってまともに男女交際をしたことはない。
中三の二週間の恋人ごっこの経験しかない。
だから未だにデートって何すんだとか、指輪買ってやるって言ったけどどの店行けばいいんだ? みたいな心配があった。
けど、まあ、そのへんは、美裕の行きたいところについてって、食べたいもの一緒に食べて、ジュエリーショップも美裕の知ってるところに行ったら、それで大丈夫だった。
ただ、美裕に、「店にあるやつ全部」とか言われたらどうしようかと心配はしてたけど。
「どれにする?」
とショーケースをのぞきながら尋ねたら、美裕はじゃあ、と指輪を指さす。
「これとこれ」
全部ではなかったけど複数……っ! さすが美裕、欲望の塊……と思ったけど、どうやら選んだのは同じデザインのサイズ違い。
「ペアにしようよ。清ちゃんとおそろいがいい」
「俺もつけんの、えー」
なんて顔をしかめるふりをしながら、心の中では美裕のかわいさにのたうち回っていた。
このままじゃ俺、本当に、美裕がうっかり「やっぱり全部」と言っても、「いいぞー」って買ってしまいそうだ。
無事にペアリングを購入して、ペイで半分払うと言い出した美裕を制止して、俺が出すことにする。
稼いだペイは美裕が好きに使えばいいのに、なるべく俺と一緒に使いたいってきかない。美裕は欲張りなのに気ぃ遣いだよなあ。
それからデート中、美裕に尋ねられたこと。
「清ちゃん、ほんとに私のこと好きなの?」
直球だな、と思いつつ、もうごまかす必要もないから、俺も素直にうなずく。
「うん」
「いつから? 帰ってきてから?」
「けっこう前から」
「気づかなかったんだけど」
「俺もよくわかってなかったから。ばーちゃんにはばれてたけど」
「さすがおばーちゃん」
「今は、ちゃんと、好きって自覚あるから。大丈夫。花火大会の日に告白しようと思ってて……できなかったんだけど」
「え」
「浴衣めっちゃかわいくて言えなかった」
「まじでそういうのほんとにやめて、恥ずかしい、恥ずかしすぎるし」
「ごめん」
「うれしいからさあ……」
うれしいなら、もっと言ってやろうかとも思うけど、照れてぐねぐねしてる美裕がおもしろくて、それぐらいで勘弁してやることにした。
これからゆっくり、伝えたらいっか。
何年離れてても、縁があれば、つながる。
ばーちゃんの言ってた言葉が、今はよくわかる。
(おまけ/終)




