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長期保管品のためご了承ください  作者: 加納安


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10/11

10、まとめ買い

 明日、業者さんが来る。私たちがこの店のものを回収できるのは、今日が最後になる。

 あらかた売れそうなものは整頓して出品したし、残ってるのは大きな什器と、もう人に譲れないぐらい汚れてしまったもの。

 九月になって、びっくりするぐらい涼しくなった。まだ残暑ではあるけれど。

 先月この店に入ったときは、空気が暑くてしんどかったのに。もしかしたら物が減ったせいもあるかもだけど。今は扇風機の風でも、しっかり涼しさを感じる。

 清(せい)ちゃんも一緒に、最後の片付けをしてくれている。そのために仕事は休んだ、と言ってて……っていうか、今日の午前中も、仕事してなかったってこと? 私はてっきり清ちゃんが仕事してると思ってて静かに寝てたんだけど。じゃあ、清ちゃんは私が寝てる間何してたんだろう、とか、考えたらちょっと恥ずかしくなってきて、もうこのことは考えるのはやめようと思う。

 私はそんな恥ずかしさをパワーに換えて、あちこちに置いといた空き箱をつぶしてゴミ袋にまとめていく。

 清ちゃんは大きめな荷物を、私に本当にいらないのか尋ねては、分別している。今のところ全部いらない。


「なー、この箱なんだろ?」


 そのうちに、私が見た覚えのない段ボール箱をひとつ、清ちゃんが店の奥から持ってきた。収納棚の一番下の、わかりにくい場所に置かれていたらしい。


「そんなに重くないけど、中入ってる」


「なんだろ」


 十字に組んで閉じられてた段ボール箱を開いたら、中から出てきたのは……。


「おもちゃ?」


 それは私たちがこどものころに、この店で売られてたおもちゃのくじ引きの景品みたいだった。この街にコンビニができたり、こどもの数が減ったりで、おばーちゃんの店で駄菓子やおもちゃを扱うのもいつの間にかやめてて。それで、その残りはこうして片付けられてたんだろう。

 いかにもレトロなおもちゃたちに見えるけど。


「おもちゃ詰め合わせで売れるかな」


「美裕(みひろ)は、ほんと売ることしか考えてないな」


「だっていらないし。いる人のところに届いたほうが絶対いいって、もうそれは悟ったから」


 出てきたのは水鉄砲、ルービックキューブもどきにスーパーボール。消しゴムセットなんかもあって……そしてその中に。おもちゃのネックレスなんかもあった。


「お、これいいじゃん。美裕好きそう」


「なに」


 清ちゃんが箱の中から見つけたのは、おもちゃの指輪だった。

 ぐう、まだいつぞやの指輪事件をいじるつもりだな、この人は。私がこの店に売ってたおもちゃの指輪を、並んだ箱ごと丸っと欲しがったという欲張り事件。


「ほら、手、出して」


 私は指輪を渡されるのかな、と思って、右手の手のひらを上にして清ちゃんに差し出した。けれど、清ちゃんは「違うだろ」とため息交じりに呟いて、それから、私の左手をつかむ。


「指輪見せて、手、出してって言われたらこっちだろ」


 清ちゃんは私の左手の手の甲を上にして引っ張ると、その薬指に、見つけた指輪をそっと差し込む。


「美裕にやるから」


 だけど、おもちゃの指輪は私の指には小さくて、左手の薬指の第一関節で止まってしまう。


「お、入んね。美裕指太い?」


「ふつうだよ。指輪がちっちゃいんだよ」


 ほんと清ちゃんは失礼なことを言うな、と思いながらも、左手の薬指に指輪をはめるその意味を、この人はわかってるのか、と、心臓はひたすらに跳ね続けていた。


「じゃあこっちでいいか」


 清ちゃんはそう言って、指輪を薬指から小指に移動させる。


「小指なら入る」


 そして私の小指に、おもちゃの指輪はぴったりとはまった。

 安っぽい、ほんとに、どう見たっておもちゃの、こども用の指輪だ。……なのに、なんでこんなにうれしいんだろう。

 私が指輪をはめられた指に見とれていたら、清ちゃんが囁く。


「この指にはちゃんとしたの、買ってやるから」


 清ちゃんの指が私の薬指を撫でた。


「ひょ」


 私はもう、なんと言っていいのかわからない変な声を上げていた。


「清ちゃん、冗談がひどいよ」


 そういう感じにからかわれて、気にせず流せるのは、私が清ちゃんのことをほんとに何にも思ってなければの話だ。

 今は私は清ちゃんのことをたぶん好きだと思ってるから、そういうふうにからかわれると、ドキドキした胸がきりりと痛くなる。


「冗談のつもり、ないけど?」


 そして清ちゃんに目をまっすぐにのぞき込まれて、そう、言われてしまったら。

 私は次、何と言えばいい?

 言葉を出そうと唇を動かしたそのときに、店にスマホの着信音が響いた。清ちゃんはハッとしたように、甚平の腰ポケットを探ってる。


「うお、タイミングわる。仕事の電話―……あー、はい、お待たせしました。井芹(いせり)です」


 清ちゃんはスマホを操作して耳に当てながら、裏口から店を出て行った。仕事の電話なら仕方なし。

 店に残された私は、小指の指輪を眺め、清ちゃんの本音を探ろうと考える。

 どういうことだ。どういう意味だ。私はどうしたらいいんだろう。

 いやいや、もう、こんなことを考えなくてすむように、この指輪もいっそ他の出てきたおもちゃに混ぜて出品してしまえばいいんじゃないか。

 そんなことまで思った。

 ……だけど、そんなこと、できないよねえ。

 私は指輪を作業中に無くさないように、大事に自分のポシェットにしまうことにした。


 *


 次の日、空は曇り。台風が来るのはまだ数日後なんだけど、その影響はもう出てる。

 涼しくていいっすね、なんて言いながら、業者さんたちはてきぱきと、店の隣の駐車場にとめてたトラックの荷台に、私たちではどうにもできなかった什器を積み込んでいった。

 まとめておいた、処分してもらいたい荷物も、どんどこ回収してくれて、ときどき、判断に困るものは、「これどうしますか?」と、清ちゃんと私に尋ねつつ。


「それはもう処分で大丈夫です」


 清ちゃんが答えて、荷物が運ばれる。

 業者さんには、私たちはどう見えているんだろう。家族? 兄妹とかかな。親戚?

 だけど、私への呼びかけは、


「奥さんこっちは?」


 で、心の中でずっこける。まさかの夫婦だった!

 私は奥さんじゃないんですけど、と思いながらも、余計なことは言うまいと指示を出す。

 作業はとてもスムーズだった。さすがプロ。数時間もかからないうちに、予定通りに荷物は運び出され、簡単な掃除までしてもらって、そしておつかれさまでしたと、トラックは颯爽と走り去る。

 残った私と清ちゃんで、がらんとしたおばーちゃんの店を改めて見渡す。

 物のなくなった店はますますこぢんまりとして見えて、なんだか、物があったときのほうが広く感じた。


「ばーちゃんもこれでよかった、って言うよな」


「たぶんね」


 おばーちゃん、ありがとう。私はしっかり、井芹手芸店に残ってたものをいただいたからね。

 誰かに譲るだけじゃなくて、ちゃんと、自分のためにも、おばーちゃんにもらったものを使わせてもらったよ。

 清ちゃんは今日、さっそく、私の作った甚平を着てくれてる。しかも、よく似合ってるし。よーく見ると粗があるけど、素人作にしては上等だよ。これまで作ったコスプレ衣装と比べても、一番できがいい。

 コスプレって、好きなキャラクターのことをたっぷり考えながら衣装を作るのが楽しかったんだよねえ。この甚平を作るときも、私はずっと清ちゃんのことを考えていた。

 とても幸せな時間だった。


 店に残ってた荷物は片付いたから、あとは和室に残ってる、出品中のものを売り切ればおしまい。

 終わりが見えてくると、少し寂しい気持ちもする。

 だけど、終わった後に。きっとまた何かが始まるんだよね。

 しんみりしてるところで、清ちゃんがぼそりと呟く。


「指輪、売った?」


 私はその質問に、うっかり吹き出してしまった。

 指輪って、昨日のおもちゃの指輪だよね?

 外してるの、気にしてたんだ?


「売ってないよ。ポシェットに入れてる。なくしたらいやだし」


「あっそ」


 と、言った清ちゃんの言葉は、ちょっとうれしそうだった。

 ほんとにもう、からかわれているだけなのか。どういう意味なんだ。


「ちゃんとしたの買ってくれるって言ったよね」


「……おう」


「あれ本気?」


「美裕が受け取る気あるなら」


「うん」


「売るなよ」


「売らないよ。私がどんだけ欲どおしいと思ってんの」


「すごく?」


「すごく!?」


 私はため息をつく。

 清ちゃんが私のことをどう思っているかはまだはっきり聞いてないけど、欲張りな私のことを、悪くは思ってないんだろうな、というのは、ちゃんと伝わる。

 隠したり取り繕ったりしなくていい関係はとても楽だな。私のだめな部分を先に知っててくれてるのは、いいなと思う。


「ていうか、美裕。返事、聞かせて」


「何の返事?」


「俺、告白したんだけど?」


「え、どれが告白だった?」


「指輪はめただろ」


 そして清ちゃんは大きくため息をつく。それはやれやれ、というよりは、これから大事なことを言う覚悟を決めたようなため息だった。


「ばーちゃんから、美裕に伝言。なんでも持っていけ、って」


「うん」


「俺ももらう気ない? 美裕」


 ばーちゃん、そんなつもりで言ってたのかな。そんなに私のこと気に入ってくれてたの? 大事な孫を持ってけ、って言えるぐらいに?


「清ちゃんは、フリマサイトで売れる?」


「売るなよ」


 いや、人間は規約違反で出品不可な気もするな。

 冗談でごまかしたくなるぐらい、緊張して、動揺している自分に気づいて、笑ってしまう。


「売らずに手元に置いてたほうが、稼げそうだねえ。清ちゃんは」


「稼げる……というか、稼ぐし」


 おばーちゃんが認めたぐらい、将来有望な仕事してるみたいだし? 家事もできるしそうめんも上手にゆでられる。夏は甚平姿の清ちゃんが、冬にはどんな格好するのかもぜひ知りたい。ぼさぼさの長髪も、ひとつにまとめてるときも、けっこう好き。あとメガネも似合う。小さい二人乗りの車もかわいい。しっかり安全運転だったし。混雑してる駐車場にも迷いなく駐車できてた。

 鈍いところとか、強引なところとか。そういうところもあるけど。毎朝おはようと送ったメッセージに返してくれるイラストはいつもかわいかった。

 私はもっとこの人のことが知りたい。清ちゃんと末永く、一緒にいたい。

 そんな気持ちがぐーっとこみ上げてきて、私は思わず目を潤ませる。


「泣くなよ」


「まだ泣いてないよ」


 そして私は何もなくなった店の中。残された大事な人に、気持ちを伝える。


「清ちゃんは私がもらいます」


「ん」


 清ちゃんは私の宣言に、いい笑顔を浮かべていた。


「そうだ。これ、返しとくね」


 私はポシェットから、ずっと預かりっぱなしだった店の裏口の鍵を出して清ちゃんに渡す。

 鍵がいなくなったポシェットには、今は清ちゃんにもらった指輪が光ってる。



 *


 数日後の台風は、大した被害も出さずに通り過ぎた。

 強めの雨は降ったけど、そのあとはとてもいい天気。秋の青空が広がっていた。

 私は今日で、この街を離れる。

 清ちゃんちの和室に残っていたものは、なんとびっくり、すべて完売。……まあ、最後のほうはほぼ送料だけの投げ売り状態だったけど。引き取り手が見つかってほんとよかった。

 空っぽになった部屋に掃除機をかけて、私は清ちゃんにお礼を言う。


「掃除機ありがとー」


「おー。そこ置いといて」


 もう和室のエアコンはついてない。ふすまは開けっ放しにして、最後にぺこりとおばーちゃんの写真にあいさつをする。

 おばーちゃんのおかげで、すごく楽しい夏休みだったよ。本当に、ありがとう。


 私のエコバッグの中には、フリマサイトの専用箱がひとつ。これを送ったら、私の出品物は在庫ゼロ。

 これは駅に向かうついでに発送して。それから私は、大学方面、ひとり暮らしの部屋に戻る。


「見送りほんとに行かなくていい?」


 玄関でサンダルをはく私に、廊下から清ちゃんが尋ねてくる。


「うん。むしろ来ないでほしい」


 さらっと答えたら、清ちゃんは顔をしかめてた。


「彼女ってそんな、冷たい?」


 彼女、と言われると、未だに照れるんだけどな。私は無意識にぐねぐねしながら、清ちゃんに言う。


「泣いちゃうからね。ここでお別れのほうがいい」


 感情が高ぶるとすぐ泣いちゃうもんな。駅でそういうことになるのは、だいぶ嫌だから。

 清ちゃんになら、泣き顔を見られてもいいけど。


「美裕」


 呼ばれて、そっちを向いたら、清ちゃんがかがみこんできてキスされた。

 触れるだけのキスだった。


「またな」


「うん」


 今の私たちには、これぐらいの触れ合いがちょうどいい。

 続きはまた今度、会うときに。その日は必ずやって来るから。

 またご縁がありましたらどうぞよろしくお願いします。

(長期保管品のためご了承ください/終)

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