もう1人の人間
長老の言葉を聞いたあと、集落には短い沈黙が流れた。
森の外、隣の村。そして、人間。
それは俺たちにとって無視できない情報だった。
「その村まで行くことはできますか?」
俺が尋ねると、長老はゆっくりと目を閉じた。
「できなくはない」
だが、と続ける。表情は険しく固いものだった。
「森の外には危険も多い。魔物だけではない。種族同士の争いもある」
その声は穏やかだったが、軽く言っているわけではないことが伝わってきた。俺たちはこの世界について知っている事は少ない。
「なら、私が同行します」
その場にいた全員の視線が集まる。声の主はマルティーユだった。
「マルティーユ?」
思わず俺が声を上げる。
「二人はこの森の客人だ。私が責任を持って護衛する」
迷いのない口調だった。長老は少しだけ驚いたような顔をした。
「お前がそこまで言うとは珍しいな」
「危険を知りながら放置する方が後味が悪いので。それに、二人の力になりたいという気持ちがありますから」
マルティーユはそう答えた。その言葉を聞いて、柚波が小さく笑う。
「ありがとう、マルティーユさん」
「礼は無事に戻ってから聞こう。色々聞きたい事もあるしな」
そう言って彼女は視線を逸らした。少しだけ照れているようにも見えた。
翌朝。
俺たちはマルティーユと数人のエルフたちと共に森を出た。森の中は静かだったが、一歩外へ出ると空気が変わる。
見渡す限りの草原。遠くには山々が連なっている。山は鋭く刺々しい。 日本では絶対に見られない景色だった。
「広いな……」
思わず呟く。
「人間の世界はどうなんだ?」
隣を歩くマルティーユが言った。
「俺たちの住んでいた世界にもここまでの景色はなかったな」
道中、何度か魔物の痕跡も見つかった。
大きな爪痕。
踏み荒らされた草地。
俺には何も分からないが、護衛のエルフたちは警戒を強めていた。
この世界が安全ではないことだけは理解できる。今思ってもマルティーユ達がいてくれて助かった。
◇
半日ほど進んだ頃だった。前方に木製の柵が見えてきた。
「見えた」
マルティーユが言う。
「あれが隣の村だ」
思っていたよりも普通だった。
木造の建物。
畑。
家畜らしき動物。
ファンタジーの村というより、昔の農村に近い。エフルの森はまた違う景色が広がっていた。畑がとにかく多い。
村へ入ると、人々の視線が集まった。エルフの一団に加え、見慣れない制服姿の俺たちがいる。
目立たないわけがない。
「この村に居るという人間について知りたい」
マルティーユが村人へ事情を説明する。
すると一人の村人が思い出したように言った。
「それなら、あの人じゃないか?」
村人たちが指差した先。 一軒の家の前に、一人の男が立っていた。
三十代後半くらいだろうか。
少し無精ひげが伸びている。
服はこの世界のものだが、どこか雰囲気が違う。
男は俺たちを見るなり目を見開いた。
「……おい」
低い声だった。
「その制服……日本人か?」
俺の心臓が跳ねた。
柚波も息を呑んでいる。
「知ってるのか?」
俺が聞く。
男は苦笑した。
「そりゃ知ってるさ」
そして一歩近付いてくる。
「俺も君たちと同じ....日本人だからな」
その瞬間。
異世界へ来て初めて、自分たち以外の日本人と出会った。
「俺は、新開健二」
男はそう名乗った。
「元新聞記者だ」
新聞記者。
その職業に、柚波が反応する。
「記者?」
「ああ。地方紙だったけどな」
健二は肩をすくめた。
「どうしてここに?」
俺が尋ねる。
健二は少しだけ困ったような顔をした。
「それがな」
頭をかきながら言う。
「俺にも分からないんだ」
「分からない?」
「気付いたら、この世界にいた。新聞記者の仕事をしていたら、突然この世界にいた。前後の記憶が全くないんだ」
その言葉に、俺と柚波は顔を見合わせた。
健二は遠くを見るような目で呟く。
「だから聞きたい」
「お前たちも、突然この世界へ来たのか?」
健二は不思議そうな表情で俺たちを見る。
「俺たちは放送室に居たんだ。それから突然、異世界にやって来た」
「そうだったのか」
「あの、健二さん。私たちと一緒に行動しませんか? 一人より少しでも人間がいる方がいいと思うし」
「君たちは何を考えているんだ? 」
健二は真剣な顔つきだった。
「俺たちは、エフルの森を拠点に現実世界に帰る手段を考えようと思っている」
俺たち人間をエルフの森に置いてくれるかは分からない。今自分の本心を健二に伝えた。
「我々エルフは三人を歓迎したいと考えている」
マルティーユは俺たち三人を迎えてくれると言ってくれた。何気にその言葉が俺にとっては嬉しかった。
異世界に元新聞記者が!?
この男も物語に深く関わってきます。




