エルフの森
「無事ですか?」
落ち着いた声だった。
俺と柚波は、目の前の女性――エルフらしき人物を見上げる。
「あ、ああ……助かった」
そう答えると、彼女はわずかに頷いた。
「なら良かった。私はマルティーユ。森の警備をしている」
その名前を聞いても、状況が変わるわけじゃない。
ただ、少なくとも“敵ではない”らしいことだけは理解できた。
「ここは危険です。ついて来てください」
そう言うと、マルティーユは背を向けて歩き出す。
「……行くしかないな」
俺は柚波に小さく声をかけた。罠という可能性もあったが、マルティーユという一人の雰囲気に賭けてみた。
「うん」
柚波は短く頷き、メモ帳をぎゅっと握りしめた。
こうして俺たちは、見知らぬエルフの後を追って歩き出した。
◇
森の中は、想像以上に静かだった。
ゴブリンに囲まれていたさっきまでの緊張が、少しずつ現実味を帯びてくる。
ここは本当に、どこなんだ。
そんなことを考えながら歩いていると、マルティーユが口を開いた。
「ここはエルフの森だ」
「エルフの……森?」
柚波が小さく繰り返す。
「私たちは基本的に、この森の中で暮らしている」
マルティーユは前を向いたまま続けた。
「畑を作り、狩りをし、必要なものは自分たちで賄う。外に依存する必要がない」
「……自給自足ってやつか」
俺が呟くと、マルティーユはわずかに首を傾けた。
「そういう言い方をするのか、人間は」
森の中は不思議な場所だった。
木の上に作られた住居。
自然に溶け込むような道。
静かで、整っている。
だが人の気配は少ない。
「外から人間が来ることはあるのか?」
俺が聞くと、マルティーユは少し間を置いた。
「いや、私は知らないな」
それだけ言って、話は終わった。
しばらく歩いた先で、森の中心のような場所に出た。そこには俺たちの世界にもある電灯のようなも物があり、随分明るい。
大きな樹の前に、数人のエルフが集まっている。
その中央にいるのは、白髪の老人だった。
マルティーユが軽く頭を下げる。
「長老。この者たちを保護しました」
長老と呼ばれたエルフは、俺たちをじっと見た。
「……人間か」
「はい」
短い返答のあと、長老は静かに目を閉じた。
「しばらく前、この森の外で妙な噂があった」
その言葉に、俺は反射的に顔を上げかけて――やめた。
「この森の外で、“変化”が起きていると」
「変化……」
それ以上は語られない。
ただ、それが良いものではないことだけは分かった。
長老は最後に言った。
「お前たちがどこから来たのかは分からない。だが、この世界では異質な存在だ」
「……異質、か」
その言葉が、やけに重く響いた。
俺からすると、この世界が異質だがこの世界からすると俺たちが異質だということは考えると当然のことかもしれない。
俺は無意識に柚波を見る。
柚波はもう、メモ帳を開いている。
さっきの情報を淡々と書き留めていた。
『エルフの森:自給自足の生活』
『外部との交流は少ない』
『森の外に“変化”』
その文字を見て、少しだけ現実に引き戻される。
俺たちはまだ何も知らない。
この世界のことも。
自分たちがどうしてここに来たのかも。
ただ一つだけ分かる。
元の場所には、もう簡単には戻れないということだけだった。
いや、二度と戻れないかもしれないということだ。
遂にエルフの森に来ました。
少しずつ話が動いていきます。




