最初の遭遇
どこまでも草原が続いていた。歩き続けても変わらない景色が広がっていた。
俺は思わず息を吐いた。
さっきまで放送室にいたはずなのに、気が付けばこんな場所だ。どういう現象でこの世界に来てしまったのか分からない。
空には巨大な影が横切っている。
翼の生えた生物――ドラゴンだ。空想やフィクションで見たドラゴンが今俺たちの上を飛んでいる。
はっきりと目に映る。これが夢じゃないことだけは分かってしまう光景だった。
「本当に……異世界なのかな」
隣を歩く柚波が、不安そうに呟いた。
「少なくとも俺の知ってる大阪ではないな」
「そこは日本じゃないって言うところでしょ」
こんな状況でも、柚波は少しだけ笑った。
その笑顔に、少しだけ救われる。
正直、俺だって余裕はない。柚波も笑ってくれているが不安なのは同じだろう。
何が起きたのかも分からないまま、俺たちは草原を歩き続けていた。どこかに異世界から戻る答えを探すように。
「とりあえず、情報が少なすぎるな」
「だね」
柚波はそう言うと、ポケットからメモ帳を取り出した。
「何してるんだ?」
「記録」
「記録?」
「こういうの、後で必要になるかもしれないでしょ」
そう言って柚波はペンを走らせる。
『空にドラゴン確認』
『草原が広い』
『気温は春くらい』
『周囲に人影なし』
「……放送原稿みたいだな」
「放送部だしね」
少しだけ、いつもの柚波に戻った気がした。
だからこそ余計に、この状況が現実だと突きつけられる。
しばらく歩いたその時だった。
草むらの奥で、音がした。
ガサッ、と乾いた音。
俺は足を止める。
「……今の聞こえたか?」
「うん」
柚波の声が一気に緊張を帯びる。
次の瞬間、草むらから何かが飛び出してきた。
小柄な人型。
緑色の肌。
手には棍棒。
牙を剥き出しにしている。
「……ゴブリン」
思わず口から出た。
ゲームや映像で見たことがある形そのままだった。
その一体がこちらを見て、ニヤリと笑う。
そして――叫んだ。
「ギャギャッ!」
その声を合図にしたように、草むらから次々と姿を現す。
五体、十体……いや、それ以上かもしれない。ゴブリンの群れが俺たちの前を覆っている。
「……マジかよ」
背中に冷たいものが走った。
勝てるとか以前の問題だ。
言葉が通じるような相手ではなさそうだ。逃げる事しか選択肢にはない。
「柚波、走れ!」
「うん!」
二人で一気に駆け出した。
背後から複数の足音が追ってくる。
振り返る余裕はない。
ただ必死に足を動かす。
だが、相手の方が速い。
距離が少しずつ縮まっていく。
「はぁ……っ、はぁ……!」
柚波の息が荒くなる。そして、次の瞬間柚波は転んでしまった。俺は柚波の元に駆け寄って背中に背負う。
俺も限界が近い。
それでも止まるわけにはいかなかった。柚波を背負った俺は急いで走る。
「拓海ごめん。重いでしょ? こんな事になるなら、昨日ケーキ食べなきゃよかった」
「柚波、力抜いとけよ。その方が早く走れるから」
柚波を背負いゴブリンから逃げる俺。
そして――
前方からも気配がした。
「っ……!」
回り込まれていた。
逃げ道がない。
ゴブリンたちがじわじわと包囲を狭めてくる。
完全に詰みだ。
心臓が嫌な音を立てている。
足が震える。
柚波を降ろして俺は、一歩前に出た。
「柚波、下がれ」
「でも……!」
「いいから!」
俺は柚波の前に立つ。
何ができるわけでもない。
それでも、背中だけは守るつもりだった。
ゴブリンたちが一斉に動いた。
棍棒が振り上げられる。
その瞬間――
空気を裂く音がした。
ヒュンッ!
矢だ。
一本の矢が先頭のゴブリンの肩を貫いた。
「ギャアアッ!」
悲鳴。
さらに続けて矢が飛ぶ。
正確に、次々とゴブリンを打ち抜いていく。
包囲の一角が崩れた。
ゴブリンたちは混乱し、距離を取る。
「な、何だ……?」
俺は振り返った。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
銀色の髪。
尖った耳。
弓を構えたまま、こちらを見ている。
人間じゃない。
でも、どこかで見たことのある存在。
「無事ですか?」
落ち着いた声だった。
その一言で、張り詰めていたものが少しだけ緩む。
俺と柚波は顔を見合わせた。
そして同時に理解する。
――エルフだ。
彼女は静かに弓を下ろしながら言った。
「こんな場所を武器も持たず歩くなんて……あなたたちは何者ですか?」
俺は一瞬だけ言葉に詰まった。
「お、俺たち、さっきまで放送部にいたんです」
ここから異世界の物語が始まります。




