第二部71話 安息の地
第二部71話です。
今回は、二階の吹き抜けの部屋で話すセレンたちと、それを下で聞いている家族たちのお話です。
セレン、ガンザ、ディー。
少しずつ、この家の中に馴染んでいきます。
そして今回は、スピネルから見たセレンの過去も少し。
破壊神だった彼女が、今この場所で何を思うのか。
よろしくお願いします。
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二階の吹き抜けの部屋から、セレンたちの声が降ってくる。
セレンとガンザとディー。
三人は、普通に話しているつもりなのだろう。
けれど、この家は吹き抜けだ。
下にいる者たちには、会話がほとんど筒抜けだった。
「セレン、昔から面倒見がよかったの」
スピネルが、どこか誇らしげに言った。
「あいつら、ここが吹き抜けで会話が筒抜けだって、わかってんのかな?」
ジェットが天井を見上げる。
「気にしてないんじゃない? セレンだし」
黒姫が、当然のように返した。
「そうね。あんまり気にしない子だったから」
スピネルは嬉しそうに目を細める。
「全然、変わってない」
二階から、またセレンの声が聞こえた。
その声は、少し困ったようで、それでもどこか楽しそうだった。
「なんか楽しそう。わたしも入れてもらおうかな」
ココアが身を乗り出す。
「ココア、行っちゃダメ」
すかさずソラが止めた。
スピネルも、何か言いたそうに口を開きかける。
実は、行きたかった。
「そうね……ダメ、よね」
「行ったら、父さんにはわたしから言う」
玲桜が静かに言った。
スピネルは少しだけ頬をふくらませる。
「玲桜くん、意地悪」
そう言いながらも、スピネルの目は二階へ向いていた。
セレンの声が聞こえる。
ディーの低い声が、それに答える。
あの黒い狼。
最強種の、ブラックフェンリルだったかしら。
スピネルは、遠い昔を思い出す。
あの子を、ひとりで置いて来ざるを得なかった。
わたしのそばに置いておいたら、わたしに向けられた討伐隊に、セレンが向かっていってしまう。
あの子が壊れる。
わたしのせいで。
かわいい弟。
大切な子。
父も母も、わたしの力に気づくと、腫れ物に触るような態度を取るようになった。
でも、セレンだけは違った。
「ねえさま」
そう言って駆け寄ってきて、何も怖がらずに抱きついてくる。
愛しいもの。
セレンだけ、いればいい。
セレンだけが、わたしの命。
だから、知らなかった。
セレンの笑顔を守りたかっただけなのに、
だんだん、笑わなくなっていく。
わたしのそばに、置いておけない。
身を切られるほど辛いことって、本当にあるのだと、
その時、初めて知った。
だから、わたしの代わりになるものが必要だった。
ブラックフェンリルの親子。
ちょうどよかった。
あの時は、知らなかった。
セレンの大切なものを守りたかったら、
その周りも守らなければいけないのだと。
セレン以外のものなど、滅んでも構わないと思っていた。
母になって。
ここに来て。
ようやく気づいた。
ここは、安息の地。
この場所の全部が、
セレンにも、子どもたちにも、必要なのだわ。
二階から、セレンの声がまた降ってくる。
昔と同じ声。
でも、昔より少しだけ、柔らかい声。
スピネルはそっと笑った。
セレンは、変わっていない。
でも、セレンの周りには、もう何もないわけではない。
守るものがある。
帰る場所がある。
名前を呼ぶ者たちがいる。
そして、その中に、あの黒い狼もいる。
わたしの代わりに置いていったはずのものが、
今は、セレンの隣に立っている。
「……よかった」
誰にも聞こえないほど小さく、スピネルはつぶやいた。
それは、後悔であり、安堵であり、
ようやく少しだけ、自分を許してもいいのかもしれないと思えた声だった。
読んでくださり、ありがとうございます。
今回はスピネル視点の回でした。
昔のスピネルにとって、世界は「セレンがいるか、いないか」だけでした。
セレンだけを守れればいい。
セレン以外はどうなってもいい。
でも母になり、この家に来て、ようやく気づきます。
セレンを守るには、セレンが大切にしているものも守らなければいけないのだと。
二階から聞こえてくる何気ない会話。
それを聞きながら、スピネルが少しだけ過去と向き合う回になりました。
次回もよろしくお願いします。




