第14話 覚えておくぞ、女
セレンたちを乗せた馬車を見送り、平原に残ったミラ。
彼女の前に、腐敗神ガンザが現れます。
第14話 覚えておくぞ、女
ミラは、セレンたちを乗せた馬車を見送った。
自分がここまで来るために乗ってきた馬車だ。
けれど、初めから帰りにはセレンたちを乗せるつもりだった。
遠ざかる車輪の音を聞きながら、ミラは平原に残った。
覚悟はしていた。
かつて、腐敗神ガンザの前に立ち、無事だった者はいない。
討伐隊も、名を上げようと腐海に入った冒険者たちも。
誰一人、生きて帰った者はいなかった。
その腐敗神が、今、目の前にいる。
だが、足元の草は枯れていなかった。
風に揺れる平原には、青々とした緑が広がっている。
「……これは」
ガンザが平原を見渡した。
「腐敗神ガンザがいるというのに、腐らぬ」
草を渡る風が、二人の間を吹き抜ける。
「キサマの仕業か、白爪」
続けて、その名を口にした。
「白爪のセレンディバイト」
その瞬間、ミラは見た。
腐敗したガンザの姿が、王女のそれへと変わったのを。
ほんの一瞬だった。
それでも、ミラには十分だった。
「知っているな」
ガンザは振り返らずに言った。
腐敗神がいても腐らない平原。
そこに、ただ一人残っている女。
偶然ではない。
「キサマ、知っているな」
ミラは静かに答えた。
「あなた、あの子に恋をしていたのね」
「何を言っている」
「誰にでもわかるわよ」
ミラは、かすかに笑った。
「残念だけど、あの子はもう……」
一度、言葉を切る。
「……ここにはいない」
体から力が抜けた。
ミラは静かに、後ろへ倒れた。
草がその体を受け止める。
「……ここにいないのであれば、もう、ここに用はない」
ガンザは、ミラの言葉を疑わなかった。
この女が、ここに立っていた理由。
時間稼ぎか。
自らの命と引き換えにしても、白爪を守ろうとしたのか。
「……南へ」
倒れたミラの唇から、小さな声がこぼれた。
ガンザの足が止まった。
わたしは、間違えていたのかもしれない。
ミラの脳裏に、先ほど見た王女の姿が浮かぶ。
でも、もう答えは見つけられない。
ミラは静かに瞳を閉じた。
ガンザは南へ向かって歩きだした。
「白爪の名をキサマに告げたのは、キサマが白爪を知っていると思ったからだ」
その声が、ミラの耳に届く。
「その覚悟、称賛に値する」
足音が遠ざかっていく。
「覚えておくぞ、女」
「……ミラ」
かすかな声で、名を告げた。
「ミラか」
ガンザは、その名を繰り返した。
*
ミラが倒れた平原の草が、紫色の光を放ち始めた。
小さな光が寄り添うように広がり、ミラを包んでいく。
ミラ自身の体からも、淡い光がこぼれていた。
「ミラ!」
呼ぶ声がした。
ギルドマスターのバルガスが、冒険者たちを連れて駆けてくる。
「無事か!!」
膝をつき、娘の体を抱き起こした。
冒険者たちが二人を囲み、周囲を警戒する。
だが、すでにガンザの姿はなかった。
ミラは、ゆっくりと瞳を開いた。
目の前に、父の顔があった。
「わたし……生きてる」
まだ、平原は光を放っていた。
風に揺れる草の一本一本が、紫色に輝いている。
その淡い光を、ミラは見つめた。
「あの子に、助けられたのね」
お読みいただきありがとうございます。
誰も生きて帰らなかった腐敗神との対峙。
それでも、その姿に隠された恋心に気づいたミラでした。
最後の紫の光が、皆さまの心にも残れば嬉しいです。
今回のお話は、動画でもお楽しみいただけます。
https://youtube.com/shorts/FesafiEyxKw




