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無言聖域ーーデグーたちの記録  作者: おじさんヒーロー
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第二部七十話 殺戮のD

ここまで読んでくださってありがとうございます。


今回は、ディーとセレンがかつて冒険者として旅をしていた頃の話です。


ガンザが探していた「セレン」と、冒険者の間で知られていた「殺戮のD」。

そのすれ違いが、ようやく少しだけ明らかになります。


どうぞよろしくお願いいたします。

宴会の準備を手伝いながら、セレンはふと思い出したように言った。


「そういえば、俺とディー、昔は旅してたんだよな」


「旅?」


ガンザが顔を上げる。


「うん。冒険者として」


その言葉に、ガンザの動きが止まった。


「冒険者……」


そして、何かを思い出したように目を細める。


「思い出した」


「何を?」


セレンが首を傾げる。


ガンザは低く言った。


「名は」


「名前?」


「その頃、貴様はなんと呼ばれていた」


セレンは少し考えた。


「えっと」


その横で、ディーが嫌な予感のする顔をした。


ガンザが、ゆっくりと口を開く。


「殺戮のD」


その場が静かになった。


「我の討伐に向かってきた者が、崩れゆく寸前に言っていたことがある」


ガンザの声が、低く響く。


「最高位冒険者、殺戮のDが、いずれ貴様を討伐にやってくる」


「それまで、首を洗って待っていろ、と」


ガンザはディーを見た。


「あれは、そこのブラックフェンリルのことだったのだな」


「俺ではない」


ディーは即答した。


セレンが、ぽんと手を打つ。


「あー、それ俺だ」


「貴様か!」


ガンザが叫んだ。


ディーは、深く息を吐いた。


「……やはりな」


セレンは少し困ったように笑った。


「いや、俺も最初は知らなかったんだよ」


「知らなかった?」


「うん」


セレンは昔を思い出すように、少し遠くを見た。


「姉さんがいた時は、みんな親切だったんだ」


「食べ物とか、必要なものとか、持ってきてくれて」


ガンザが鼻で笑う。


「貢物だな」


「貢物?」


「破壊しないでください、という意味だ」


「ああ、そういうことか」


「我にも覚えがある」


ガンザは妙に納得した顔で頷いた。


セレンは少しだけ苦笑した。


「でも、姉さんに置いていかれてからは、働かなくちゃならなくなって」


「それで、冒険者になった」


――その頃の話だ。


受付嬢は、セレンを無遠慮にじろじろと見た。


「あなた、本当に冒険者になるつもり?」


気の強そうな女だった。


呆れているような、心配しているような。


けれど、人手が足りていないのも事実だったらしい。


「まあ、人手は足りていないから、構わないけど」


受付嬢はそう言って、書類を取り出した。


それから、ちらりと入り口へ目を向ける。


そこには、黒い獣が座っていた。


まだ今ほど大きくはない。


けれど、ただの獣ではないことは、誰の目にも明らかだった。


黒い毛並み。


銀色の瞳。


静かに周囲を見張る姿。


受付嬢の目が細くなる。


「それより、あの獣魔」


「ブラックフェンリルよね?」


「まだ子供みたいだけど」


「いぬです」


セレンは間髪入れずに言った。


受付嬢が固まった。


入口の黒い獣も固まった。


「……犬?」


「はい」


「ブラックフェンリルよね?」


「いぬです」


「……まあ、いいわ」


受付嬢は諦めたように息を吐いた。


「名前は?」


「ディー」


「ディー、ね」


受付嬢は書類にさらさらと書き込んだ。


「登録完了」


セレンは、差し出されたギルド証を受け取った。


そこには、確かにこう記されていた。


冒険者名、D。


「俺、てっきり犬の名前を聞かれてるんだと思ってたんだよな」


現在のセレンが、何でもないことのように言った。


ガンザが震えた。


「ふざけているのか!」


「いや、真面目だった」


「どこがだ!」


ガンザは頭を抱えた。


「どれだけ探しても、セレンの名前では見つからないわけだ!」


ディーが静かに言う。


「殺戮のDの名なら、むしろ何度か聞いたことがある」


「え、そうなのか?」


「そうだ」


「有名だったんだな」


「悪名だ」


セレンは少し考えてから言った。


「でも、どうせディーは大きくなるから、Dでいいかなって」


「たしかに、ふざけているな」


ディーが低く言った。


「ディーまで!」


ガンザはセレンを睨んだ。


「我の数百年は、なんだったのだ!」


「数百年?」


セレンは首を傾げる。


「俺、寝てただけだけど」


「寝ていただけだと!?」


「寝てたつもりもないけど」


「我は貴様を探していたのだ!」


「ごめんな」


セレンは素直に謝った。


それから、真面目な顔で聞く。


「で? 何の用だったんだ?」


沈黙。


ガンザは目を逸らした。


「……知らん」


「知らんのかよ」


ディーが呆れたように言った。


ガンザは不機嫌そうに豆を握りしめる。


「探していたのだ。会った後のことなど知らん」


「みもふたもないな」


ディーが言う。


セレンは少し笑った。


「まあ、いいや」


「よくないわ!」


ガンザが叫ぶ。


だが、セレンはすでに別のことを考えていた。


「それはともかく」


「ともかく?」


ディーが嫌な予感を覚える。


セレンは、ディーとガンザを交互に見た。


そして、きっぱりと言った。


「おまえたち、風呂だな」


ディーの耳がぴくりと動く。


ガンザの顔が引きつる。


「なぜだ」


「汚れてるから」


「俺は汚れていない」


「さっきガンザ止めた時、腐敗の気配かぶってただろ」


「問題ない」


「ある」


セレンは次にガンザを見る。


「ガンザも」


「我もか!」


「さっき巨大化して地面ごろごろしただろ」


「ごろごろなどしておらん!」


「でも汚れてる」


「我は腐敗神だぞ!」


「だから洗う」


「意味がわからん!」


セレンは真面目な顔で頷いた。


「大丈夫。俺、ディー洗うの慣れてるから」


「慣れるな」


ディーが低く言う。


ガンザは一歩下がった。


「待て、セレン」


「何?」


「我は風呂など」


「入る」


「拒否する」


「入る」


「命令するな!」


「じゃあ、お願いする」


「そういう問題ではない!」


ディーは、諦めたように息を吐いた。


「逃げても無駄だ」


ガンザがぎょっとしてディーを見る。


「なぜ貴様が諦めている」


「昔からこうだ」


「昔から!?」


セレンはにこりと笑った。


「よし。二匹まとめて洗うか」


「犬ではない」


「我も獣ではない!」


二つの抗議が重なった。


けれど、セレンは気にしなかった。


クルミが遠くから、穏やかに声をかける。


「セレン、お湯は用意してあるよ」


「ありがとう、クルミ」


「待て、クルミ!」


ガンザが叫ぶ。


「止めぬか!」


クルミはにこりと笑った。


「宴会の前に、さっぱりした方がいいだろう?」


「この家、敵しかおらん

ここまでお読みいただきありがとうございました。


今回は、ガンザが探していた相手と「殺戮のD」の正体がつながる回でした。


セレン本人は真面目だったのに、登録名の勘違いで数百年すれ違っていたガンザ。

そして、それを横で見て呆れるディー。


シリアスな因縁のはずなのに、どこか締まらないのがセレンらしい気がします。


次回もよろしくお願いいたします。


YouTube動画はこちら

https://youtube.com/shorts/zdOd_zDb9pE?si=hX4ehq1kL6EwbftD


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