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無言聖域ーーデグーたちの記録  作者: おじさんヒーロー
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96/100

第二部六十八話 ディーが来た。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


今回は、動画では先に登場していたディーが本編にも登場します。


セレン、ガンザ、ディー。

それぞれの想いが少しずつ交差していく回です。


どうぞよろしくお願いいたします。


「やっと、見つけた」


背後から聞こえた低い声に、セレンは振り返った。


そこにいたのは、黒い男だった。


黒い髪。

銀色の瞳。

大きな体。

そして、どこか獣のような気配。


セレンは、その男をじっと見る。


見覚えがあるような。

ないような。


「……誰?」


男の銀の目が、わずかに細められた。


「わからないか」


「うん」


「ディーだ」


「ディー?」


セレンは首を傾げる。


そして、ぽつりと言った。


「いぬ?」


ディーの眉がぴくりと動いた。


「俺を犬扱いするのは、おまえだけだ」


「じゃあ、やっぱり知ってるやつか」


「知ってるどころではない」


ディーがそう言いかけた、その時だった。


空気が、急に重くなった。


腐った泥のような匂いが、風に混じる。


セレンが顔を上げる。


「セレンを離せぇぇぇ!」


轟くような声。


次の瞬間、巨大な影が迫ってきた。


ガンザだった。


普段の小さな姿ではない。


膨れ上がった腐敗の気配をまとい、巨大化したガンザが、一直線にディーへ向かってくる。


「ガンザ!」


セレンが叫ぶ。


だが、ガンザは止まらない。


止まれない。


腐敗の波が地面を舐めるように広がり、草が黒く崩れていく。


セレンの顔色が変わった。


「これ、やばいやつだ!」


このままだと。


この辺り一帯が、腐る。


セレンが動こうとした、その瞬間。


どこからともなく、眠たげな声が響いた。


「仕方のないやつだ」


ライくんの声だった。


「五秒やるから、なんとかしろ」


世界が、止まった。


風が止まる。


腐敗の波が止まる。


ガンザの巨大な体も、空中でわずかに鈍る。


だが、完全には止まらない。


五秒。


それだけだ。


セレンは考えなかった。


両手を広げる。


「ガンザ!」


そして、巨大化したガンザへ向かって走り出した。


「セレン!」


ディーの声が飛ぶ。


セレンは止まらない。


「ガンザ! 止まれ!」


ガンザの目が、わずかに揺れた。


「セレ……」


止まろうとしている。


けれど、勢いが強すぎる。


腐敗の力も、膨れ上がりすぎている。


このままでは、セレンごと巻き込む。


「セレン!」


ディーが地面を蹴った。


黒い影が走る。


五秒が終わる。


止まっていた世界が動き出す。


巨大なガンザが、セレンへ突っ込む。


その瞬間、ディーが二人の間に飛び込んだ。


ディーは片腕でセレンを抱え込み、もう片方の腕でガンザを受け止めた。


重い衝撃が走る。


腐敗の気配が、ディーの体をかすめる。


だが、ディーは離さなかった。


セレンも。


ガンザも。


黒い腕の中に抱え込むようにして、ディーはその場に踏みとどまった。


やがて、膨れ上がっていた腐敗の気配が少しずつしぼんでいく。


巨大だったガンザの体が、小さくなる。


いつもの姿へ戻っていく。


ディーは、セレンとガンザを抱えたまま、ゆっくりと地面に降ろした。


「大丈夫か」


ディーが、まずセレンに聞いた。


セレンは自分の体を見下ろし、手を握ったり開いたりする。


「うん。大丈夫」


そして、すぐに顔を上げた。


「ガンザは?」


小さくなったガンザは、気まずそうに顔を伏せていた。


「……すまん」


いつもの偉そうな声ではなかった。


セレンは少し驚いたように目を瞬かせたあと、ふっと笑った。


「俺を守ろうとしてくれたんだよな」


ガンザが、ぎくりとする。


「べ、別に」


「嬉しかった」


セレンはまっすぐに言った。


「ありがとう、ガンザ」


ガンザは黙った。


黙ったまま、セレンの服をぎゅっと掴んだ。


ディーは、その様子を見ていた。


そして、ふと思い出す。


ガンザ。


その名には、覚えがあった。


「ガンザ」


ディーが低く言った。


「おまえが、セレンの避けていたやつか」


「そうそう」


セレンが、何でもないことのように頷いた。


ガンザの顔が、ぴたりと止まる。


「……避けていたとは、なんだ」


低い声だった。


セレンは首を傾げる。


「え?」


「我を、避けていたのか」


「うん」


「なぜだ」


ガンザの目が据わる。


ディーが横から言った。


「嫌っているのかと思っていた」


「嫌ってたわけじゃない」


セレンは慌てて首を振った。


「あの頃、俺、そこそこ有名人だったから」


「有名人?」


「うん。強いやつと戦わされたりしてたんだ」


セレンは少し困ったように笑った。


「だから、ガンザのいるところは避けてた」


「避けてた」


「東にいるって聞けば西へ行って」


「……」


「南にいるって聞けば北へ行って」


「……」


「そんな感じで」


ガンザは、しばらく黙っていた。


それから、低く言った。


「意味がわからん」


「だって、ガンザとは戦えないだろ?」


セレンは当然のように言った。


ディーが目を細める。


「強いからか」


「それもあるけど」


セレンはガンザを見た。


「ガンザとやっても、勝負つかないからな」


「勝負がつかない?」


「俺はガンザを壊せないし、ガンザも俺を腐らせられない」


セレンは淡々と言う。


「ずっと戦って、たぶん周りだけが壊れる」


ガンザは息を呑んだ。


「だから、避けてた」


「我は」


ガンザの声が震えた。


「我は、貴様を探していたのだぞ」


「そうなんだ」


セレンは驚いた顔をした。


「言ってくれればよかったのに」


沈黙。


ガンザが、じろりとセレンを睨む。


「……どうやって」


「あ」


セレンが止まった。


ディーは深く息を吐いた。


あまりにも、身も蓋もない話だった。


探していた者。


避けていた者。


会いたかった者。


会わないように逃げていた者。


その理由が、嫌悪でも恐怖でもなく。


ただ、戦ったら周囲が壊れるから。


それだけだったのだ。


「セレン」


ディーが言った。


「なんだ」


「おまえは昔から、説明が足りない」


「そうかな」


「足りない」


ガンザが、低く続けた。


「足りん」


セレンは少し考えてから、ガンザを見た。


「じゃあ、今言う」


「何をだ」


「嫌ってたわけじゃない」


ガンザの目が揺れる。


セレンは、もう一度はっきりと言った。


「ガンザとは、戦いたくなかっただけだ」


ガンザは何も言わなかった。


ただ、セレンの服を掴む手に、少しだけ力が入った。


ディーは、その二人を見て、また小さく息を吐いた。


「……まったく」


「なに?」


「おまえは本当に、昔から変わらない」


セレンは首を傾げた。


「そうか?」


「ああ」


「でも、俺、おまえのこと覚えてないぞ」


「それも問題だ」


「ごめん」


「謝るな」


「じゃあ、どうしたらいい?」


ディーは、しばらくセレンを見ていた。


黒い髪。

赤い瞳。

昔と変わらない、どこか寂しそうな目。


それなのに、目の前の少年は本気で困った顔をしている。


ディーは低く答えた。


「思い出せ」


「うーん」


セレンはディーを見上げた。


「やっぱり、いぬ?」


「犬ではない」


その声に、ガンザがようやく少しだけ息を吐いた。


遠くでライくんが、小さく笑った気がした。

前書き


ここまで読んでくださってありがとうございます。

今回はついにディーが登場し、セレンとガンザ、そして新たな関係性が少しずつ見えてくる回となっています。

それぞれの想いがすれ違いながらも、どこか繋がっている――そんな空気を楽しんでいただけたら嬉しいです。


第二部六十八話

ディーが来た。


「やっと、見つけた」


背後から聞こえた低い声に、セレンは振り返った。


そこにいたのは、黒い男だった。


黒い髪。

銀色の瞳。

大きな体。

そして、どこか獣のような気配。


セレンは、その男をじっと見る。


見覚えがあるような。

ないような。


「……誰?」


男の銀の目が、わずかに細められた。


「わからないか」


「うん」


「ディーだ」


「ディー?」


セレンは首を傾げる。


そして、ぽつりと言った。


「いぬ?」


ディーの眉がぴくりと動いた。


「俺を犬扱いするのは、おまえだけだ」


「じゃあ、やっぱり知ってるやつか」


「知ってるどころではない」


ディーがそう言いかけた、その時だった。


空気が、急に重くなった。


腐った泥のような匂いが、風に混じる。


セレンが顔を上げる。


「セレンを離せぇぇぇ!」


轟くような声。


次の瞬間、巨大な影が迫ってきた。


ガンザだった。


普段の小さな姿ではない。


膨れ上がった腐敗の気配をまとい、巨大化したガンザが、一直線にディーへ向かってくる。


「ガンザ!」


セレンが叫ぶ。


だが、ガンザは止まらない。


止まれない。


腐敗の波が地面を舐めるように広がり、草が黒く崩れていく。


セレンの顔色が変わった。


「これ、やばいやつだ!」


このままだと。


この辺り一帯が、腐る。


セレンが動こうとした、その瞬間。


どこからともなく、眠たげな声が響いた。


「仕方のないやつだ」


ライくんの声だった。


「五秒やるから、なんとかしろ」


世界が、止まった。


風が止まる。


腐敗の波が止まる。


ガンザの巨大な体も、空中でわずかに鈍る。


だが、完全には止まらない。


五秒。


それだけだ。


セレンは考えなかった。


両手を広げる。


「ガンザ!」


そして、巨大化したガンザへ向かって走り出した。


「セレン!」


ディーの声が飛ぶ。


セレンは止まらない。


「ガンザ! 止まれ!」


ガンザの目が、わずかに揺れた。


「セレ……」


止まろうとしている。


けれど、勢いが強すぎる。


腐敗の力も、膨れ上がりすぎている。


このままでは、セレンごと巻き込む。


「セレン!」


ディーが地面を蹴った。


黒い影が走る。


五秒が終わる。


止まっていた世界が動き出す。


巨大なガンザが、セレンへ突っ込む。


その瞬間、ディーが二人の間に飛び込んだ。


ディーは片腕でセレンを抱え込み、もう片方の腕でガンザを受け止めた。


重い衝撃が走る。


腐敗の気配が、ディーの体をかすめる。


だが、ディーは離さなかった。


セレンも。


ガンザも。


黒い腕の中に抱え込むようにして、ディーはその場に踏みとどまった。


やがて、膨れ上がっていた腐敗の気配が少しずつしぼんでいく。


巨大だったガンザの体が、小さくなる。


いつもの姿へ戻っていく。


ディーは、セレンとガンザを抱えたまま、ゆっくりと地面に降ろした。


「大丈夫か」


ディーが、まずセレンに聞いた。


セレンは自分の体を見下ろし、手を握ったり開いたりする。


「うん。大丈夫」


そして、すぐに顔を上げた。


「ガンザは?」


小さくなったガンザは、気まずそうに顔を伏せていた。


「……すまん」


いつもの偉そうな声ではなかった。


セレンは少し驚いたように目を瞬かせたあと、ふっと笑った。


「俺を守ろうとしてくれたんだよな」


ガンザが、ぎくりとする。


「べ、別に」


「嬉しかった」


セレンはまっすぐに言った。


「ありがとう、ガンザ」


ガンザは黙った。


黙ったまま、セレンの服をぎゅっと掴んだ。


ディーは、その様子を見ていた。


そして、ふと思い出す。


ガンザ。


その名には、覚えがあった。


「ガンザ」


ディーが低く言った。


「おまえが、セレンの避けていたやつか」


「そうそう」


セレンが、何でもないことのように頷いた。


ガンザの顔が、ぴたりと止まる。


「……避けていたとは、なんだ」


低い声だった。


セレンは首を傾げる。


「え?」


「我を、避けていたのか」


「うん」


「なぜだ」


ガンザの目が据わる。


ディーが横から言った。


「嫌っているのかと思っていた」


「嫌ってたわけじゃない」


セレンは慌てて首を振った。


「あの頃、俺、そこそこ有名人だったから」


「有名人?」


「うん。強いやつと戦わされたりしてたんだ」


セレンは少し困ったように笑った。


「だから、ガンザのいるところは避けてた」


「避けてた」


「東にいるって聞けば西へ行って」


「……」


「南にいるって聞けば北へ行って」


「……」


「そんな感じで」


ガンザは、しばらく黙っていた。


それから、低く言った。


「意味がわからん」


「だって、ガンザとは戦えないだろ?」


セレンは当然のように言った。


ディーが目を細める。


「強いからか」


「それもあるけど」


セレンはガンザを見た。


「ガンザとやっても、勝負つかないからな」


「勝負がつかない?」


「俺はガンザを壊せないし、ガンザも俺を腐らせられない」


セレンは淡々と言う。


「ずっと戦って、たぶん周りだけが壊れる」


ガンザは息を呑んだ。


「だから、避けてた」


「我は」


ガンザの声が震えた。


「我は、貴様を探していたのだぞ」


「そうなんだ」


セレンは驚いた顔をした。


「言ってくれればよかったのに」


沈黙。


ガンザが、じろりとセレンを睨む。


「……どうやって」


「あ」


セレンが止まった。


ディーは深く息を吐いた。


あまりにも、身も蓋もない話だった。


探していた者。


避けていた者。


会いたかった者。


会わないように逃げていた者。


その理由が、嫌悪でも恐怖でもなく。


ただ、戦ったら周囲が壊れるから。


それだけだったのだ。


「セレン」


ディーが言った。


「なんだ」


「おまえは昔から、説明が足りない」


「そうかな」


「足りない」


ガンザが、低く続けた。


「足りん」


セレンは少し考えてから、ガンザを見た。


「じゃあ、今言う」


「何をだ」


「嫌ってたわけじゃない」


ガンザの目が揺れる。


セレンは、もう一度はっきりと言った。


「ガンザとは、戦いたくなかっただけだ」


ガンザは何も言わなかった。


ただ、セレンの服を掴む手に、少しだけ力が入った。


ディーは、その二人を見て、また小さく息を吐いた。


「……まったく」


「なに?」


「おまえは本当に、昔から変わらない」


セレンは首を傾げた。


「そうか?」


「ああ」


「でも、俺、おまえのこと覚えてないぞ」


「それも問題だ」


「ごめん」


「謝るな」


「じゃあ、どうしたらいい?」


ディーは、しばらくセレンを見ていた。


黒い髪。

赤い瞳。

昔と変わらない、どこか寂しそうな目。


それなのに、目の前の少年は本気で困った顔をしている。


ディーは低く答えた。


「思い出せ」


「うーん」


セレンはディーを見上げた。


「やっぱり、いぬ?」


「犬ではない」


その声に、ガンザがようやく少しだけ息を吐いた。


遠くでライくんが、小さく笑った気がした。


後書き


ここまでお読みいただきありがとうございました。

ディーとセレンの関係、そしてガンザとの距離感が少しずつ動き始めました。

シリアスな場面の中にも、セレンらしい空気が出ていれば嬉しいです。


次回も引き続き、彼らの関係性や過去に触れていく予定です。

よろしければ、またお付き合いください


YouTube関連動画はこちら

https://youtube.com/shorts/TsWG_v5Pu6c?si=cQw6sg7REnZ4QyMc


https://youtube.com/shorts/LDnFERllpvE?si=bOD1EBd7m2P84lvf




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