第二部 第65話 本題
無言聖域
第二部 門戸温泉郷編
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回の第65話は、かなり視点のお話です。
ガンザ騒動も終わり、ようやく静かになったと思ったかなり。
ですが、クルミはそうは思っていませんでした。
むしろ、
「本題はこれから」
だと言います。
今回のテーマは、
「呼ばれる者」
です。
聖域へ渡る者。
そして、聖域を描く者。
かなり自身も知らなかった、自分の立場が少しずつ明らかになっていきます。
よろしくお願いいたします。
また、本編と繋がる外伝はこちらになります。
DEGUだよ。 外伝その1:近道の先
https://applebrother.wordpress.com/2026/05/20/%e5%a4%96%e4%bc%9d-%e3%81%9d%e3%81%ae1%ef%bc%9a%e8%bf%91%e9%81%93%e3%81%ae%e5%85%88/
コウ竜も。
ガンザも。
みすずも。
帰っていった。
やっと静かになった。
と、かなりは深く息を吐く。
「あ……」
締め切り。
原稿は終わっていない。
「……ダメだな」
「もう間に合わない」
落とすしかない。
やっともらった枠だった。
ページ数は少ない。
それでも、やっとネームのOKが出た。
ここからだったのに。
喋るモルモットに全部持っていかれた。
かなりは机に突っ伏した。
その時だった。
何かの気配を感じる。
顔を上げる。
デグーだった。
「こんばんは、かなり」
クルミだ。
「お、お前……」
「終わったんだろ?」
「なんでいるんだよ」
クルミは少し困ったように笑う。
「終わってない」
「というか、本題はこれからだよ」
かなりは嫌な予感しかしなかった。
「……は?」
クルミは机の上へ飛び乗る。
そして一冊の雑誌を前足で押した。
「この雑誌」
かなりが見る。
「……ウー?」
今月号。
無言聖域特集。
クルミが静かに言う。
「ここに描かれている赤い竜」
「君が先刻会っていたコウ竜だよ」
かなりは止まる。
「……は?」
「彼に見せたら、たいそう喜んでいたよ」
予想外だった。
クルミは続ける。
「かなり」
「漫画を描いているんだね」
「見させてもらったよ」
「とてもシンプルで分かりやすい話だった」
かなりはそっぽを向く。
「悪かったな」
「つまらなくて」
クルミは首を傾げた。
「何を言っているんだい?」
「事実だよ」
かなりが顔を上げる。
クルミの瞳は真剣だった。
「嘘偽りない」
「この世界の人達には寓話に見えるだろうね」
「空想」
「創作」
「そう見えるだろう」
少し間を置いて、
「でも」
「聖域では実話なんだ」
かなりの背中に冷たいものが走る。
クルミは雑誌を閉じた。
「本来、外へ出してはいけないものなんだよ」
雨音だけが聞こえる。
「それがどういう意味か、分からないかい?」
かなりは答えられない。
クルミは別の冊子を前足で押した。
「これは、この部屋にあったものだ」
「先ほど見つけたんだが、これも君が描いたんだろう?」
表紙には、
『放浪者』
かなりは苦笑する。
「……つまらない話だ」
「ページが空いたんで載せてもらえただけだ」
クルミは首を振る。
「でも、これは実話だ」
かなりは黙る。
「本人が見たらどう思うかな」
「今度聞いてみるといい」
「おうりの店という骨董屋の主人だ」
かなりは固まった。
「……は?」
クルミは気にしない。
「まぁ、これはいい」
そして。
空気が変わった。
クルミの目だけが変わる。
「問題は、こっちだ」
かなりの背中に冷たいものが走る。
「……何が」
クルミは静かに答える。
「これは聖域の存在意味を説いたものだ」
「何故、聖域が存在するのか」
「何を守っているのか」
「何故、境界があるのか」
「何故、呼ばれる者がいるのか」
「何故、帰還者が現れるのか」
かなりは息を呑む。
クルミは続けた。
「本来、誰も知らないはずなんだ」
「決して外へ出してはいけない話さ」
かなりは冊子を見る。
自分が描いた。
ただの物語。
そう思っていた。
クルミは首を振る。
「君は創作したつもりなんだろう」
「でも違う」
「君は見てしまった」
「そして描いてしまった」
「呼ばれる者には二種類いる」
かなりは黙って聞いている。
「一つは向こうへ渡る者」
「境界を越え、聖域へ招かれる者」
帰還者。
呼ばれた者。
クルミは続けた。
「もう一つは」
少し間。
「向こうを描く者」
かなりが顔を上げる。
「描く?」
「見たことがない」
「聞いたこともない」
「それなのに描ける」
「知らないはずなのに知っている」
「夢を見る」
「物語を書く」
「絵を描く」
「歌にする」
「形にしてしまう」
クルミは雑誌を前足で叩いた。
「君はこっちだ」
「向こうを描く者」
かなりは言葉を失う。
クルミは静かに言った。
「かなり」
「君はまだ、自分が何を描いているのか知らない」
そして。
真っ直ぐかなりを見る。
「かなり」
「君はもう、こちら側の入り口に立っている」
かなりは笑おうとした。
だが、笑えなかった。
クルミは続ける。
「ここには」
少し間。
「もう、いられない」
その瞬間だった。
雨音が消えた。
かなりは顔を上げる。
「……え?」
部屋が静かだった。
エアコンの音も。
冷蔵庫の音も。
外を走る車の音も。
何も聞こえない。
そして気づく。
部屋がおかしい。
机も。
原稿も。
本棚も。
そこにある。
なのに違う。
窓の外がない。
街がない。
夜空もない。
代わりに。
どこまでも続く白い霧。
境界。
かなりは本能で理解した。
ここはもう。
自分の部屋ではない。
「なんだよ……ここ……」
クルミは静かだった。
「安心して」
「壊れてはいない」
「君の部屋はちゃんとある」
「ただ」
クルミは窓だった場所を見る。
「少しだけ」
「境界に近づいただけだよ」
霧の向こう。
何かが動いた。
見たことがないはずなのに。
知っている。
夢で見た。
漫画で描いた。
物語にした。
その存在を。
クルミは小さく微笑む。
「ようこそ」
「呼ばれた者の世界へ」
第二部第65話を読んでいただきありがとうございました。
今回は、かなりにとって大きな転機になる回です。
今までは、
「変な出来事に巻き込まれた人」
でした。
ですが今回、クルミははっきりと告げます。
かなりは、
「向こうを描く者」
なのだと。
見たことがない。
聞いたこともない。
それなのに描ける。
知らないはずなのに知っている。
それは単なる想像ではなく、聖域から流れてきたものなのかもしれません。
また今回、雑誌『ウー』や『放浪者』も重要な意味を持っています。
かなりは創作のつもりで描いていました。
ですが、クルミから見れば、それは実話でした。
そして最後。
「ここには、もういられない」
というクルミの言葉。
かなりの部屋はそのままです。
けれど、世界そのものが少しだけ姿を変えました。
境界。
白い霧。
そして、夢で見た存在。
かなりはついに、自分が描いていた世界の入り口へ立つことになります。
次回もよろしくお願いいたします。
なお、本編と繋がる外伝はこちらになります。
DEGUだよ。 外伝その1:近道の先
また、無言聖域の雰囲気に近い動画はこちらです。
YouTube Shorts 迎えに行く者
https://youtube.com/shorts/7pdx8Mjq0yo?si=PE3M8578e5d4mZfg




