第9話 花を摘まないで
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「帰れなくなる花園」という言葉は、これまで記録として何度か登場してきましたが、第9話ではその場所に取材側が実際に近づく場面になります。
三ページの取材から始まった記録は、
黒い娘
黒塗りの車
エルフの娘
と重なりながら、少しずつ同じ場所へ向かっています。
今回は、その中心にある花園に触れる回です。
「ここか」
記者は立ち止まった。
地図ではただの空き地だった。
立入禁止ではない。
柵もない。
表示もない。
だが。
空気が違った。
音が遠い。
風が浅い。
距離が深い。
記者は手帳を開く。
帰れなくなる花園
その文字を確認する。
そして。
一歩。
中に入った。
⸻
花が咲いていた。
見たことのない花だった。
色は淡い。
光は静かだった。
風は吹いていない。
それでも。
花だけが揺れていた。
記者は言った。
「普通じゃないな」
⸻
立て札があった。
古い板だった。
文字はかすれている。
だが読めた。
花を摘まないで
帰れなくなるよ
記者は手帳に書いた。
警告確認
⸻
そのときだった。
入口が遠くなった。
さっきより遠い。
距離が変わっている。
記者は振り向く。
「……近づいたな」
花園が。
近づいていた。
⸻
声がした。
「摘まないでください」
振り向く。
玲桜が立っていた。
いつの間にか。
すぐ後ろに。
記者が言う。
「関係者ですか」
玲桜は答えた。
「違います」
そして静かに言った。
「管理側です」
⸻
記者が聞いた。
「ここは何ですか」
玲桜は少し考えてから言った。
「選ばれる場所です」
記者が言う。
「誰に」
玲桜は答えた。
「花にです」
⸻
その瞬間だった。
一輪だけ。
花が揺れた。
風はない。
だが揺れた。
記者の足元で。
静かに揺れた。
⸻
玲桜が言った。
「呼ばれています」
記者は言った。
「誰が」
玲桜は答えた。
「あなたをです」
⸻
記者はしゃがみこんだ。
花を見る。
静かな花だった。
光のようだった。
触れられそうだった。
摘めそうだった。
⸻
玲桜が言った。
「摘むと戻れません」
記者は笑った。
「記事になりますね」
玲桜は少しだけ微笑んだ。
「もうなっています」
⸻
そのときだった。
別の声がした。
「まだ早いです」
記者が顔を上げる。
そこに立っていた。
スピネルだった。
静かだった。
優しかった。
だが。
強かった。
⸻
スピネルが言った。
「ここは選ばれてから来る場所です」
記者が聞いた。
「選ばれていませんか」
スピネルは答えた。
「近づいています」
⸻
その瞬間だった。
風が戻った。
音が戻った。
距離が戻った。
入口が近くなった。
花の揺れが止まった。
⸻
記者は立っていた。
花園の外に。
いつの間にか。
手帳を見る。
一行増えている。
花は選ぶ
記者は静かに言った。
「……三ページじゃ足りないな」
第9話を読んでいただきありがとうございました。
花園は「誰でも入れる場所」ではなく、「選ばれる場所」として描いています。
これまで記録されてきた出来事と花園の関係が、少しずつ形になり始めました。
次回は、花園とエルフの娘との関係や、境界がどのように重なっていくのかが見えてきます。
続きを読んでいただけたらうれしいです。




