第二部 第32話 おとうさん
通路側の空気が揺れる。
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温泉街とも。
竜とも違う。
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もっと深い。
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“聖域そのもの”の気配。
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黒姫が止まった。
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「……どうして」
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声が震えている。
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ココアも笑顔を消した。
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玲桜が静かに目を細める。
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動いてはいけないものが。
動いた。
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通路の奥。
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静かに。
ひとりの男が現れる。
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柔らかな空気。
穏やかな瞳。
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だが。
その存在感だけで。
周囲の空間が安定する。
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クルミ。
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市役所側は理解できない。
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だが。
本能だけが告げていた。
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“中心だ”
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黒姫が小さくつぶやく。
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「……おとうさん」
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沈黙。
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黒スーツ達が止まる。
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吉見も止まる。
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山城が聞き返す。
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「……え?」
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市役所職員が完全停止した。
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「お、おとうさん……?」
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ココアが普通にうなずく。
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「うん」
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「おとうさん」
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ハクまで止まっていた。
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ジェットが小さく肩をすくめる。
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「出てきちゃったかぁ」
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クルミは静かに歩いてくる。
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怒ってはいない。
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むしろ穏やかだった。
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それが。
逆に怖い。
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クルミは静かに言った。
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「今回は」
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「ぼくが来た方がいい」
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少し間。
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「三人一致の意見だよ」
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玲桜が小さく目を伏せる。
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三人。
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クルミ。
スピネル。
月。
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聖域の核。
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クルミは。
西署前の黒塗りの車をちらりと見る。
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「……アレは」
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「迎えなんだろう?」
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空気が凍る。
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黒スーツ達が息を呑む。
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クルミは静かに言った。
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「なら」
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「行く」
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その瞬間。
黒姫が前へ出る。
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「でも!」
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珍しく。
感情が強かった。
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「おとうさんは……!」
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だが。
ココアがそっと黒姫を制した。
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「黒姫」
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静かな声だった。
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ココアも。
もう笑っていない。
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そして。
真っ直ぐ言った。
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「私たちも行く」
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黒姫がココアを見る。
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ココアは静かに続けた。
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「絶対に」
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「何もさせない」
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少し間。
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「わたしたちのおとうさんには」
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空気が静かになる。
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その瞬間。
西署の全員が理解した。
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スピネルが“最強”。
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なら。
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クルミは。
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“聖域そのもの”なのだと。




