第二部 第27話 安城という女
東署。
交通課。
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安城は有名だった。
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カタブツ。
クソ真面目。
融通がきかない。
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陰では散々言われていた。
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なにしろ。
停止位置を少しでも超えていれば。
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止める。
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容赦なく。
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「そこまでやるか普通……」
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同僚達は呆れていた。
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だが。
安城は変わらない。
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「規則ですので」
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それだけだった。
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ある日のこと。
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深夜。
高速道路。
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一台のスポーツカーが捕まった。
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かなり悪質だった。
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スピード違反。
危険運転。
蛇行。
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だが。
同僚警官が小さく言った。
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「……あー」
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「高校の同級生なんだよな」
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苦笑している。
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運転席の男も笑っていた。
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「久しぶりじゃん」
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「まぁ今回だけ」
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「見逃してよ」
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軽い。
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だが。
安城は止まらなかった。
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「免許証を」
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空気が変わる。
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同僚が小さく言う。
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「おい安城」
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「たかがスピード違反だろ」
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その瞬間。
安城の目が変わった。
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静かだった。
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だが。
怒っていた。
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「たかが?」
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空気が凍る。
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同僚が止まる。
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安城は静かに続けた。
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「この二人は」
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「過去にも事故を起こしています」
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運転席の男の笑顔が消える。
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安城は書類を見たまま言った。
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「公道を」
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「時速二百キロ近くで走行」
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「相手車両は大破」
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「被害者は重傷」
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沈黙。
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同僚が顔をしかめる。
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「……でも死んでないだろ」
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その瞬間だった。
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バン!!
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安城が書類を机へ叩きつけた。
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全員が止まる。
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安城は静かだった。
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だが。
震えるほど怒っていた。
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「奇跡的に」
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「避けられたからです」
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空気が凍る。
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「もし少しでもずれていたら」
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「死んでいました」
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運転席の男が目を逸らす。
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安城は続けた。
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「見逃しません」
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「二度と」
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完全な拒絶だった。
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その後。
同僚は安城を避けるようになった。
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面倒な女。
融通がきかない。
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そう言われた。
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だが。
数ヶ月後。
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その“高校の同級生”は。
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また事故を起こした。
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今度は。
死人が出た。
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東署は静まり返った。
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安城だけは。
静かだった。
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そして。
辞令が出る。
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西署。
特殊案件担当。
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誰もが思った。
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左遷だと。
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だが。
安城だけは。
小さく辞令を見つめていた。
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そして。
静かに言った。
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「……呼ばれた」
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その瞬間。
窓の外で。
小さく風が揺れた。




