第二部 第13話 門戸温泉郷
無言聖域
第二部 門戸温泉郷編
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回の第13話では、ついに市役所派遣組が門戸温泉郷へ到着します。
通路の先にあったのは、恐ろしい異世界――ではなく、湯気と温泉の香りが漂う温泉街でした。
ですが、その穏やかな景色の中には、異世界住民達の日常と、「帰れなかった者達」の暮らしも存在しています。
異世界でありながら、どこか懐かしく、人が生きている場所。
今回はそんな門戸温泉郷の空気が描かれる回になります。
作品の設定や登場人物については、作者ブログでも少しずつ整理しています。
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通路の中は静かだった。
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光だけが揺れている。
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床も。
壁も。
あるようでない。
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市役所派遣組は完全に無言だった。
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どんよりしている。
本当に。
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先頭を歩くのはココア。
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「わーい」
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完全に遠足だった。
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ウキウキしている。
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黒姫が静かに続く。
ソラと錫も後ろにいる。
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玲桜と安城は淡々としていた。
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吉見が小さく言う。
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「慣れてるな……」
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山城が疲れた顔で答える。
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「こっちはまだ胃が痛い」
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市役所職員達は最後尾。
完全に足取りが重い。
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「帰りたい……」
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「まだ入ったばっかですよ」
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「もう帰りたい……」
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その瞬間だった。
前方に。
扉が現れる。
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古い木の扉。
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境界の中に。
ぽつんと立っていた。
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ココアが嬉しそうに振り向く。
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「着いたよ!」
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市役所側が止まる。
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「着いたって何が」
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ココアがドアノブを回した。
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ガチャ。
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扉が開く。
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その瞬間だった。
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湯気。
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温泉の香り。
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あたたかな風。
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光。
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目の前に。
温泉街が広がっていた。
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市役所派遣組が止まる。
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「……は?」
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石畳。
木造の建物。
湯気の立ち上る温泉。
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遠くには旅館。
のれん。
笑い声。
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異世界の種族達が普通に歩いている。
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耳の長い者。
角のある者。
羽を持つ者。
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なのに。
不思議と。
景色は調和していた。
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ココアが両手を広げる。
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「ようこそ!」
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「門戸温泉郷へ!」
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湯気が揺れる。
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市役所側は呆然としていた。
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「……温泉街だ」
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「ほんとに町になってる……」
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吉見が小さく言う。
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「しかも普通に観光地」
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その瞬間。
通りの向こうから声がした。
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「ココアー!」
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小さな獣人の子供が走ってくる。
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ココアが笑う。
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「お、元気ー?」
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普通だった。
完全に。
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黒姫が静かに言う。
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「定住者です」
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ソラが続ける。
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「三日前に流着」
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市役所職員が止まる。
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「流着……?」
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錫が小さく補足した。
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「帰還不能者」
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空気が静かになる。
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だが。
その子供は笑っていた。
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楽しそうに。
安心した顔で。
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その瞬間だった。
温泉街の奥。
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『小料理屋 未唯』
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のれんが揺れた。
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安城が小さく目を細める。
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「……あそこですか」
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玲桜が静かにうなずいた。
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「はい」
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その瞬間。
風が吹く。
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湯気が揺れる。
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そして市役所派遣組は。
ようやく理解し始めていた。
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ここは。
ただの異世界ではない。
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“人が暮らしている場所”なのだと。
第二部第13話を読んでいただきありがとうございました。
今回は、市役所派遣組が初めて門戸温泉郷そのものを見る回になりました。
異世界という言葉から想像していたものと違い、そこにあったのは「人が暮らしている町」でした。
温泉。
旅館。
笑い声。
そして普通に生活している異世界住民達。
もちろん、ここには「帰れなくなった者達」もいます。
ですが、門戸温泉郷はそうした人達にとって、新しい“居場所”にもなり始めています。
また、『小料理屋 未唯』の存在も、門戸温泉町がただの異世界ではなく、「暮らしのある場所」であることを象徴しています。
そして市役所派遣組も、ようやく理解し始めています。
ここは単なる観測対象ではなく、「現実に存在している町」なのだと。
ここから先は、門戸温泉郷そのものの広がりや、住民達の日常もさらに描かれていきます。
ブログでも世界観や登場人物について整理していますので、よろしければそちらもご覧ください。
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