ハッピーハーピィ④
世界の全てが音を奏でているような、脳に直接響くような、不思議な声が、私に語りかけてきた。
ずっと理解できない状況が続いていて、未だにこれが現実に起きている事である確証はなかった。けれど、何故か一番幻聴みたいなこの声を聞いて、ようやく私は実感できた。
ああ、私は違う世界に来たんだ。
「どう?少しは信じてもらえたかしら?」
『幽霊』を名乗る彼女は、そう言って微笑む薄紫色の口元は、どこか安堵したようだった。あまりに幽霊とは思えない人間らしさに、今彼女が宙に浮いていなければ、到底信じられないだろう。
行き交う『モブ』達の一糸乱れぬ歩行は、まるで行進のように、足音が重なって聞こえた。私を避ける事で、僅かに乱れるが、ほとんど誤差程度だ。
「……うん、一応、理解した、けどさ」
とにかく、今ここが異世界であることは理解できた。
それでも尚、私の疑問は尽きなかった。なんで、この世界に連れてこられたのか、何故選ばれたのか、どうして、彼女は、神様は、『フリークス』とかいう存在を、選ぶ必要があるのか。そして、何故私は選ばれたのか。
そういう根本的な問題は解決していない。私が自他ともに認める化物だ、という些細な問題だけ。
さっきは言われて少し狼狽えたけれど、私が化物だ、というのは常々思っている事だった。猫は可愛くて、鳥には羽が生えていて、私は化物。そのくらい当然の事だった。どうすれば化け物の姿になれるのかは、まるで分からないけれど。
ーーー理解したようで何よりだ。最後の『フリークス』である君が、何も分からぬまま死んでしまってはこちらとしても興が醒めてしまう
「……ねえ、そのどっかから音出すの辞めてもらってもいい?びっくりするから」
耳を塞いでも聞こえてきそうな、不慣れな音。確かにこの音のおかげでここが幻覚ではないと理解できたが、ただでさえ訳の分からないこと事が連続して起きている中で、訳の分からない事が増えるのは望ましくない。
私と、顔のない、ここでいう顔のない、というのは比喩的な意味で、『自我を持ち合わせていない』、という意味だけれど、とにかく、顔のない人と、実体のない『幽霊』に、姿のない声まで混じるのは、これ以上に頭がおかしくなりそうだ。
ーーー申し訳ないが、今の私が君と話す方法は、この方法しか持ち得ない
「ええ……」
この世界の神を自称しているのだから、その位どうとでもなりそうだけれど。けれど、意外とそういうものなのかもしれない、神様というのは。大きな力を使えるけれど、細かい所までは届かない。そうでなければ、私みたいな人間は産まれてこないはずだし。
そんな事を考えると、無意識に右手がポケットの中をまさぐった。固いプラスチックの感覚に、安堵を覚えたが、今自分が人ごみに立っている事に気が付いて、取出すのを躊躇う。が、すぐに周りの人間が、自我のない存在である事を思い出した。
「……ねえ、ここでリスカしても、警察来たり、しない?」
「それを確認出来る理性があるのなら、辞めて欲しいわ。気持ち悪いし。」
「今、歯止めが利かなくなりそうになった。止まらないのは刃だけどね!」
「急に大きな声を出すの、辞めてくれるかしら?びっくりするから」
「ああ、びっくりするならしょうがないね、うん、辞める辞める。ハハハ」
私はカッターナイフをしまう。
「情緒どうなっているのよ……まあいいわ。さっきの説明の続きよ。貴女達『フリークス』には、最後の1人になるまで、殺し合いをしてもらうわ」
「え!?こ、殺!?し、しないけど!?」
ついでのように、誰かを殺す事が決定事項のように話を進められ、思わず慄く。私の情緒を気にする前に、自身の倫理観を気にした方がいいのじゃないだろうか。
そんな私の気持ちには気付かずに、不思議そうな顔で彼女は続けた。
「自分を傷付けることが出来るなら他人を傷つける事なんて容易でしょう?」
「そんな事はないんじゃないかな……」
当然のようにとんでもない事を言ってのける彼女をまじまじと見るが、よく考えると、『幽霊』と呼ばれるくらいだし、彼女が死んでいると仮定すると、意外とその辺りの感覚は人間と違うのかもしれない。
「まあ、貴女が躊躇ったとしても、他の『フリークス』は、関係なく貴女を殺しに来るわよ」
「そんな訳なくない?」
「何故?」
「『何故』って……。人を殺すのって、やっぱり大半の人は戸惑うだろうし、何より殺す理由もないし」
「理由ならあるじゃない?」
不思議そうな彼女の顔を、何一つ理解できない私はまじまじと見返す。理由?思い返すが、思い当たるのは、『私を殺したいから』という酷くネガティブな主観の入った理由。あり得なくはないけれど、その為に神様が23人も選んで下さるなんて贅沢な事があるなんて、少し考えづらい。
ーーーヨウコに『気が狂いそうだ』と言われたので、少し静観していたのだが。
「そこまでは言ってないよ!?」
虚空に突っ込む私の姿は、まさしく奇妙そのもので、一瞬周囲の人混みに赤面するが、誰一人反応する様子はない。淀みなく、私の横を通り過ぎて行った。
その彼方に、歓声のような、甲高い声が聞こえたような気がした。しかし、神を称するその声は気にしない様子で続けた。
ーーー『ゴースト』、最後の『フリークス』になった『特典』について、ヨウコに説明していないのではないか?
「ーーーあっ」
そういえば、といった様子で、均整のとれた顔には不釣り合いなほど間の抜けた声を出して、彼女は慌てて言い訳を始めた。歓声は、先程よりも近付いてきているような気がした。
「だってさっきから話が逸れるんだもの。デウスエクスマキナだって乱入するし、『開演』するし。私だって、もう少し腰を据えて説明をしたかったわよ」
違う、これは歓声じゃない。甲高い声と野太い声が混じって周囲に伝播していく高揚と混乱。『自我のない』とされていた人間達が上げているとは思えない、私の本能に存在する危険信号を刺激する、その『悲鳴』や『叫び声』が、徐々に私の方に近づいてきた。
そして、人ごみの上空に、明らかに異様な影。遠目からも、人型の何かが羽ばたいているように見えた。
「ねえちょっと待って!!なんか近付いてきてるんだけど宙に浮いてるあれが『フリークス』!?」
私が指差した方を見て、彼女の顔にも私と同様、焦りと混乱が見えた。
いつの間にか口々に悲鳴をあげる人混みは暴徒のように勢いよくこちらに走ってきたので、私は慌ててぶつかるような勢いで壁際へ避ける。逃げ惑った様子の割には、誰一人として押し倒されている人が1人も見当たらないのは、幸いと呼ぶべきなのだろうけれど、どこか人間味がなくて気持ちが悪い。
「きゃははは!!み~つけた!み~つけた!」
つんざくような、舌っ足らずな声。人とは思えない声量に、私は思わず耳を塞いだ。走る人々の足音に混じって聞こえる、羽ばたくような音。宙に浮かんで見えた彼女は、見るからに人ではなかった。
ピンク色でオフショルの胸元に大きな黒いリボンが付いたブラウスから伸びる腕は、肩から灰色とピンク
の、オウムのような羽と置き換わり、黒いフリルスカートから伸びる脚は、異様に膨らんだ太ももと、逆方向に歪曲した骨ばった鳥類の足が生えていた。
ピンク色のインナーカラーのツインテールに、顔の周りに羽毛を生やした顔を紅潮させて、彼女は叫ぶ。
「『23人目』見つけた!!」
「「「うぅ~……あぁ…………」」」
その背後には、数百のゾンビを連れて。
「……全然23人以上いるんだけど!?」




