ハッピーハーピィ③
「どうなっているの、これ……?」
それが、店外に出て、地下の階段を上り、町をヨウコが真っ先に口にした言葉だった。雑踏に立ち尽くし、呆然と呟く彼女に、『ゴースト』は微笑んだ。
「あら、貴女でも気が付けるのね」
人混みも、道路を駆ける車も、歩道に立ち並ぶメイドも、何もかもが一見いつも通りに見える秋葉原。だからこそ、格段鋭いわけでもなさそうな、ヨウコがすぐに異変に気が付く事が出来たのは、確かに意外だった。
「……私、ずっと外が嫌いだった」
唐突に、ヨウコはそう話し出した。隣で並ぶ彼女は、怪訝な顔でヨウコを見つめるが、先程までとは違い、ヨウコが真面目な顔つきだったからか、黙って聞く事にしたようだ。
「皆、当たり前の顔で社会に溶け込んだり、楽しそうにしたりしていて、まるで、私以外の皆にだけスポットライトが当たっているみたいな、そんな感じに思ってた。……けれど、今日は何か違う。……まるで、私にスポットライトが当たっているみたいな、そんな感じ。なんて言うか、すごく気持ち悪い……」
彼女達を除いて、世界は淀みなく回っていた。全ての車は完璧に規律を保って走り、人々は、どこにあるかもわからない目的にに向かって歩く、あるいは同じ会話を道端で繰り返し、飲食をしていた筈の人々は、虚空を全く同じ動作で口に含む。淀みなく、回っている『フリ』をしている。
そんな彼等に、スポットライトは当たらない。ヨウコの言っている事は、当たっていた。
成程、確かに、最後の『フリークス』にふさわしい。『ゴースト』もそう思ったらしい。自身の審美眼を誇るように微笑み、黒いレースグローブを口元に当てて微笑むと、銀色の髪を靡かせて、緑色の瞳は翡翠のように輝いた。
「ええ、貴女の言った通り。この世界では、貴女を合わせた23人が主役。他の人間は皆『モブ』と呼ばれているわ」
「……『モブ』?」
「ええ。彼、彼女は、『開演』された瞬間、自我を失い、背景に徹する。本人達は、無自覚だけれどね」
「……ごめん、知らない単語について聞いたら、知らない単語出てくるの結構ストレスかも。」
「『開演』は、『フリークス』が近くに居る時に起きる現象よ」
「もー!また知らない単語が増えた!……わざとやってない?」
ヨウコの言葉に、からかうように微笑む彼女だが、その目線は周囲を警戒している。幸い、『ゴースト』から目視できる範囲にフリークスはいない。まあ、近づいてはいるが。
「まあ、そうね。いい加減、ちゃんと説明してあげましょう。貴女は、選ばれたのよ。『フリークス』に」
そう言うと、人ごみに紛れるように、『ゴースト』は歩き出す。慌てて彼女の後を追いかけ、ヨウコは訊ねる。
「さっきも言っていたけど、何それ?」
「まあ、当然知らないわよね。けれど、『フリーク』って、言葉くらいは聞いた事、あるでしょう?」
「私、英語とかさっぱりなんだよね。興味関心一切なし」
「あら、馬鹿のふりをしていると思っていたけれど、本当にお馬鹿さんだったのね」
「はいはい、仰る通りです。で、フリークスって何の事?」
半ばやけくそ気味に返事をしながら、人を透過しながら優雅に進む彼女を、ヨウコは必死に追いかける。途中通行人に肩が当たったりもしたが、誰もそれを気に留める様子もない。その度に、彼女は不安げに顔を歪ませた。
「『フリーク』って言うのは、『いかれている』とか『変わっている』とか、そんな意味よ。……後は、そこから転じて、『化物』を指す事もあるわね。『マニア』とか『愛好家』、みたいな意味もあるけれど、その2つは、今は忘れていいわ」
「他の意味は、覚えていた方がいいんだ?」
否定しなかったのは、自身がそこに属する人間である自覚はあるからなのだろう。化物の言葉を、『ゴースト』は笑った。
「当然よ。だって、貴女は化物になったんだもの」
一瞬、世界から音が消えた。そう錯覚するほどの困惑を彼女から感じた。
「え、えぇ~。酷くない?いくら何でもさぁ」
分かりやすく、ヨウコの声は震えていた。自身の存在をどれだけ否定していたとしても、自身が化物になるのは恐ろしいらしい。その思想の歪みが人間らしく、だからこそ彼女は『フリークス』となる資格を得た。
「比喩でも暗喩でもないわよ。貴女は化物。心当たりはあるでしょう?例えば、自分を慰める為に付けた傷が、消えていたりとか」
そう言われて、ヨウコの目は分かりやすく泳いだ。リストカットの傷が消えるなど、人間ではあり得ない。それこそ、自身が化物でない限りは。動揺と、恐怖。ヨウコからその感情が見て取れた。それを見て、彼女は嘲笑うように微笑んだ。
「貴女達『フリークス』は、その心を表す化物に姿を変える事が出来る。そして、貴女を含めて23人の『フリークス』がこの世界にいるわ」
「……それって、あなたも?」
恐る恐る、ヨウコは訊ねる。自身が化物となったと自覚し、訳の分からない世界で、信用できない相手とはいえ、導いてくれる相手に、縋るような思いなのだろう。しかし、彼女はそれを冷たく否定した。
「ああ、私は違うわ。まあ、化物と言う意味では、違いはないけれど。『ゴースト』、そう呼ばれているわ」
「トースト?」
「パンじゃないでしょ、私。幽霊の事よ。私の役目は、こちらに来た『フリークス』に、この世界の説明をする事、そして、最後の1人を選ぶ事。それが貴女よ。榊ヨウコさん?」
「え、私?」
困惑しながらも、照れたように赤面するヨウコは、そこで何かに気付いたようだった。
「というか、『私だけ』選んだのに、他の人も『こっちに来た』って、なんかおかしくない?」
「貴女、意外と鋭いじゃない。」
「……それって、褒めてくれてるの?」
「ええ勿論よ。ただの馬鹿じゃなくて安心したわ」
「褒められてる気がしないっ……!」
落ち込むように肩を落とすヨウコとは対照的に、階段を上るように宙に浮く彼女は上機嫌に笑顔を浮かべる。
「貴女の言う通りよ。貴女以外は、私が選んだわけじゃないの。この世界の『神』が選んだのよ」
「え、神様?……が、いるの?」
散々この世界について説明を受けたにも関わらず、彼女は疑問が尽きないらしい。異なる世界にいるのだから、神が干渉している事など、そう有り得ない話ではないと思うが。
神の存在の証明は、神自身が姿を現す以外、証明しようがない。。仕方なく、私は口を開いた。
ーーー神は、存在する。今ここに
「え?なに?」
いきなり聞こえた声に、ヨウコは周囲を見渡す。だが、周囲を歩くのは、自我のない『モブ』と、宙に浮かぶ『ゴースト』のみ。他に彼女の目に映る者は存在しない。しかし、確かにそこに、私は存在する。
ーーー私が、この世界を遍く統べる神、『デウス・エクス・マキナ』だ。君以外の22人の『フリークス』を選び、君をこの世界に連れてきた
「何、この声……?」
ヨウコの戸惑いが、手に取るようにわかる。それを少しでも晴らすため、彼女の前に顕現してみせたいが、今の私にはその手段はない。代わりに、私は彼女に伝えた。
ーーーこの世界に来てから、君の事を見ていた。君だけではなく、この世界の全てを。『ゴースト』が、彼女が君に伝えた事は、全て正しい
ーーー歓迎しよう。最後の『フリークス』。ようこそ、私の世界へ




