ハッピーハーピィ⑤
地雷服の彼女は、けたたましく笑ったかと思うと、上空から、まさしく見下すような目つきで私を嘲笑うかのようにねめつけた。
「ギャハハハハ!!ばぁ~かじゃないの!?こいつら皆が『フリークス』なわけないじゃん!こいつらはぁ、リョウが『グール』に変えた『モブ』達だから!」
彼女の足元で呻いている『彼等』は、宙に浮かぶ彼女と同じく、今すぐ私を襲う気配はない。というよりも、彼女の命令がなければ襲わないのか。腐敗臭が漂ってきそうなほど体が爛れた彼女の軍勢は、外見とは裏腹に、ある種規則的に見えた。
彼女は、私を見つけた高揚で浮足立っているのだろうか。足並み揃って浮足立っている、そんな雰囲気だった。
『モブ』を自身の配下に加える、そんな能力がある事に驚くと同時に、おぞましかった。そんな能力がある事も、それを数百人近い数の人間に行う事が出来る、そんな人間がいる事が。そして、それをどこか誇らしげに語る彼女が。
あまりに命が軽く扱われている。あまりに異なる倫理観にめまいがする。本当に、彼女達は『化物』なんだ。そして、私も同じ『化物』として選ばれた。
「また知らない単語が増えた……。涼やらクールやら、やたらと涼しそうだけれど、何それ?」
こうやって会話をしていれば、殺すとか殺されるとか、そういう雰囲気ではなくなるんじゃないか、そんな淡い期待から彼女に会話を振った。一旦目の前の狂気じみた価値観については考えない事にした。
「リョウと『グール』が涼しいって、なんで?」
彼女は、本気で私が言っている事を理解していないようだった。小首を傾げ、脊髄反射に近い速度で返す彼女が、私の言葉を反芻したとは到底思えない。というか、『グール』と言っていたんだ。結局何だか分からないけれど。
「いやあの、清涼感の『涼』と『クール』で……」
「リョウは清涼感とかんけーないし、『グール』は『クール』じゃないよ?あ、でもリョウはめっっっちゃクールだから!いつも白っぽいスーツが多いんだけど、珍しく赤いスーツ着ててね!?マジギャップ最高だし、それなのに普段から凄い優しいし、私の事心配してくれて『グール』こんなに渡してくれたんだよやばくない!?」
早口で、大半何を言っているかは分からなかったけれど、最後に同意を求められたのは辛うじて理解した。
「うん、それはやばいね!聞いてるだけでもやばいの分かるもん!」
ので、私はとりあえず同調する事にした。同調と共感、敵にならない為には、とりあえずこれをしておけば大丈夫。碌な人間関係を築いてきていない私が、唯一身に着けた処世術。適当な相槌だったけれど、彼女は乗ってくる。そんな確信が私にはあった。
「でしょ!?リョウはめっちゃカッコいいんだよ!」
案の定、彼女は目を輝かせて乗ってきた。やっぱり。彼女は都内でよく見るタイプの、典型的なかまってちゃん。流されやすく、話を聞いてもらえる事が何よりも嬉しい。だからこそ、ホストやメン地下に貢ぐ。金を払えば構ってくれるから。恐らく、『リョウ』とかいう男もそういう類なのだろう。
短慮で浅慮、目の前の感情に流される。まあ、それは私も同じか。
「マジかーめっちゃ気になる!え、色々教えてもらっていい?」
「……ねえ、ちょっと」
会話を始めた私に困惑したかのような声色で、彼女は耳打ちしてきた。
「早く逃げなくていいの?」
「……うん、逃げ切れないだろうし、こっちの方が勝ち目がありそうだから」
『幽霊』にだけ聞こえる声量で、私は口をあまり動かさないように言った。
彼女が言っていた殺し合いがどうとかは正直よく分からないけれど、目の前に並ぶ沢山の『グール』達の群れからも、彼女が『そういう』準備をしてきている、というのは想像に難くない。
けれど、彼女は何か強い覚悟や意思があるようには見えなかった。だから、今はそこに付け込む。幸い彼女はリョウの話をしたいようだし、さして私への殺意は感じられない。何より、私は彼女とは違って相手を殺す準備も、ましてや殺意すらない。だから、出来れば穏便に済ませたい。
「ていうか、まず名前教えてよ。私は『榊ヨウコ』。あなたは?」
「うち?『茉莉花エリザ』。リョウは『エリ』って呼んでくれるの!この『ハーピィ』の姿も、リョウと一緒にお空を飛べるから気に入ってるんだ!」
心酔するように恍惚の表情を浮かべる彼女に、哀れみを覚える。お店の子にも何人かいたけれど、大抵の子は深い所に堕とされるか、深い所が傷付くかだ。
つまり、彼女もそうである可能性が高い。可哀想に、それでも彼女は幸せなのだろう。
「おっけ、エリちゃんね!名前可愛いね!」
けれど、そこには触れない。もし『君はリョウに騙されている』と言ったところで聞き入れるかは分からないし、何より騙されている根拠はなくて、あくまで私の主観でしかないのだから。
こんな話をしている間に、他の人は周りからいなくなり、数百のグールとエリ、それと私と『幽霊』と呼ばれる彼女だけとなっていて、秋葉原とは思えないくらい街は静寂に包まれて、グール達の呻き声だけが響いていた。
「でしょ!リョウもよく褒めてくれるの!」
「へー、凄い仲良しだ!いいね、羨ましー!」
「えへへ、でしょ?」
「うん!本当に羨ましいわー。リョウ……さんとは、どうやって出会ったの?」
空虚な相槌を打ちながら、どうにか争いを避ける糸口を探る。リョウという男にご執心だ。それを共通の話題にすれば、あわよくば友人とまでは行かなくても、友好的な雰囲気には持っていけないか、そう考えた。
「リョウとはね、こっちに来る前から知り合いだったんだよ!」
誇らしげに、満面の笑みを浮かべてエリは言った。
「え、そうなの?」
予想外の回答に、私は思わず素で聞き返す。どういう基準かはいまいち分からないけれど、23人しか選ばれないうちの2人が知り合いだというのはかなり奇跡的な確率だろう。
「うん!めっちゃ運命でしょ!リョウとうちは、赤い糸で結ばれてるんだー」
そう言ってうっとりとした表情で微笑む彼女は、一見すると恋する乙女そのものだった。空を飛んでいるのと、足元に大量のグールがいることを除けば。
「……あ!!」
ふと思い出したかのようにエリがそう大きな声を出したかと思うと、恋する乙女の表情は、みるみる恐怖に染まっていく。
「そうだ、リョウに『殺せ』って言われてたんだった、それなのにいっぱいお話しちゃった、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!!」
今にも泣きそうな表情で喚いて、泣きそうな顔を覆う事も出来ない彼女は、代わりにその場で旋回するように飛び回った。
この感じは、まずい。そう思って半歩下がった時には既に、目から涙が溢れた彼女の顔は、怒りに満ちていた。
「全部お前のせいだ!!!」
劈くような叫び声が、無人のネオン街を通り抜ける。弛緩した空気が一気に張り詰めて、浮き足立った様子の彼女からは、地に足の着いた、明確な殺意。
「……あ、そうだった。お前が死ねば、リョウが、褒めてくれるんだった」
落ち着いた声色、感情の消えた顔。都内でよく見る『刺す』直前の女の子特有の表情。それが私に向けられた。
瞬間、私は本能的に逃げ出した。死への恐怖からではなく、向けられた剥き出しの悪意から、逃れる為に、脇目を降らず駆け出した。
「逃げるなぁぁぁぁ!!!!」
彼女の叫び声に同調するように、グールは吠え、地響きのような足音で一斉に走り出し、私を追う。
「結局逃げるんじゃない!」
私のすぐ前方の上空を飛びながら、そう言う『幽霊』はの声は怒気を孕んでいた。
「しょうがないでしょ!!無理だったんだから!」
日頃の運動不足が祟った私は、走り始めて十秒も経たず、息も絶え絶えに言い返した。
失敗した。落胆はしたが、然程ショックは受けていなかった。むしろ、どこかそうなるような気もしていた。
何故なら、彼女が連れているのは、リョウという男のグールらしいから。好きな人から贈り物を貰ったら、頑張ってしまうのが女の子だ。
この手口、リョウはホストだな。死の危機に瀕し、息は絶え絶え、酸素が足りず疲労した脳で、そんなどうでもいい推理をした。
エリとの距離は、もう数メートルしかなかった。
「こっち!!」
『幽霊』が、そう声を張り上げた。




