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断頭台より愛を込めて  作者: 案山子 劣四
ハッピーハーピィ

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ハッピーハーピィ⑥

『幽霊』の声がした方に、私は駆け出す。人ひとりが通りのがやっとの幅のビルの隙間を、ゴミ箱に躓きながら奥に進む。



「っ!!!あ゛ぁあッ!!」



後方から、ゴン、という音が響く。私を夢中で追いかけていたエリは、ビルの壁面に羽根をぶつけたようだった。


「◇▲※☆■△※っ!!」


パラパラとコンクリートが落ちる音は、エリの言葉にならない言葉でかき消された。振り返ると、憤怒の表情で、顔を赤くしながらこちらに何かを言っている。何を言っているかは分からなかったが、罵っている事は間違いないだろう。


「ほら、さっさと逃げるわよ!」


半分壁にめり込んだ状態で、『幽霊』はそう声を張り上げる。後方のグール達の足音は徐々に近付いてきていたし、未だにエリがこちらに向かって叫んでいる。幸い上空に飛んで、反対側で待ち構える様子もない。


通路に置かれているゴミ箱にぶつかりながら通路を抜け出して、大通りを突っ切った。


不気味な程静まり返った街中は、今や車の一台すら通っておらず、道を照らす街灯と、人の気配すらないビルの灯りが空虚に街を照らしている。



走りながら、私は『幽霊』に訊いた。


「はぁっ、ハア……ねえ、あの子が言ってた『ハッピー』って、何……?」


「『ハーピィ』ね。……ま、ある意味幸せそうでもあるけれど」


嘲笑混じりに、恐らく後方で喚いているエリに目線を向けて彼女はそう呟いた。



「ギリシャ神話に出てくる半人半鳥の化物よ。預言者ピネウスに食事を糞尿や吐瀉物を撒き散らしたり、奪ったりして、飢えさせた話が有名ね」


「最、悪じゃんっ……」


体力が限界の時にそういう話を聞くと、私もつられて吐きそうになる。エリは糞尿を撒き散らしてはいないが、それと同じくらい汚い言葉を撒き散らしているから、言われてみるとなるほど、『ハーピー』はこういう生き物なんだな、と理解できた。



「そんな事はどうでもいいの。貴女もさっさと『フリークス』の姿になりなさい」


焦ったように荒れた語彙で私に言う。普段余裕そうな彼女が慌てふためいているのは意外と言うか、透過出来る彼女が何をそんなに慌てる事があるのか不思議であるが、今はそんな事を気にする場合でもない。


「どうやって、なるのっ……!?」


息を切らしながら、後方を振り返る余裕もなく私は辛うじて聞き返す。グールの足音はまだ遠いが、エリの羽ばたく音が再び聞こえた。足を止めたら、死ぬ。その事を理解している脳は、尽きかけた体力を気力でカバーする。


「言ったでしょ?貴女の心に従えばいいのよ。落ち着くポーズとか、欲望を解き放つイメージで」



言われてない。絶対に言われてない。けれど、それを言い返す元気もない。空回りしだした足をしっかりと踏み締めて、辛うじて走り続ける。



「ほら、こっち!」


思考を一切挟まずに、彼女の言葉に朦朧としながら従う。再びビルの隙間に隠れると、近づいていた羽音はビルの前で止まり、代わりに甲高い叫び声が耳に響いた。


「ごめ、ちょ、きゅうけぇ……」


ついに体力は尽きて、私は両手を膝につく。必死に酸素を吸おうとするが、肺に入ってこない。


「はぁ!?殺されるわよ、貴女!」


別に私が死んだって関係ないでしょ、そう言いたかったが、その言葉すら出てこない。久しぶりの全力疾走で、元から体力も、生きる気力もない私は、精も根も尽き果てて、


『これ以上走るくらいなら殺してくれた方がマシ』


くらいの気持ちになっていた。『フリークス』がどうとか、もうどうでもいい。最期の場所が、汚くて狭いビルの谷間と言うのも私らしくていいかもしれない。



「ほら、さっさと逃げるか『フリークス』になりなさいよ、ほら!」



慌てたように喚く彼女が、更に私の気力を削いでいく。もういいじゃん、死なせてよ。どうせ生きる意味なんてないんだし。


そんな私に、『自分の心に従え』なんて。やりたい事なんて、一つもないのに。別に死にたいわけじゃない。それだけで今日まで生きてきた私に。


いっそ、自分で人生を終わらせてしまおうか。それもいいかもしれない。趣味のリストカットで。


ああ、そういえば傷がすぐに塞がってしまうんだった。それだったら死ねないのかも。でも、それでも気持ちは落ち着くかも。



……ん?



「ああ……これかぁ……」


あった。やりたいこと。私はポケットからカッターナイフを取り出して、刃をめいいっぱい伸ばし、左手首に当てた。


「ちょ、ちょっと貴女、こんな時に何してるの!?」


やりたい事で思いついたのが、こんな事なんて。情けない。けれど、私らしい。確かにこれは、『いかれて(フリーク)』いて、『化物(フリーク)』だ。



ようやく終われるかも、そんな時に限って抗う道が残されている。そのせいで、素直に死ぬ事すら出来ない。


私の人生、そんな事ばっかりだ。



刃を引くように手首に滑らすと、鈍いような鋭い痛みが続いて、やっぱり私は心が軽くなる。この瞬間だけは、辛い事を忘れられた。心の痛みは、身体の痛みで誤魔化せる。だから私は、自傷(これ)が好き。化物の私に生きているって教えてくれる、カッター(これ)が好き。



瞬間、右手に持ったカッターナイフは、日本刀へと姿を変えた。



私の腰よりも少し長いそれは、日本刀と言うよりも太刀の方が正しいかもしれない。反りの大きいその太刀は、不思議と重さを感じない。白木の柄は手に馴染み、小乱れの刃紋は不思議と心が落ち着いた。柄はない、剥き身の刀。それが、私の右手に発現した。



そんな私の姿を、困惑したように『幽霊』が私を見つめる。


「……それ、だけ?」


彼女の言葉で、私は自分の身体を見回す。確かに外見に変化はなかった。が、先程までの全力疾走で疲労していた体力が回復している事に気が付く。



「いつもより、元気、かも?」


「それだけ!?あー、もう!私は終わりだわ!!」



最初の妖しげな雰囲気はもはや完全に消え失せて、絶望したように頭を掻きむしる。何故そんなに慌てているのか疑問に思ったが、すぐに後方から甲高い笑い声が聞こえて私はそちらに顔を向ける。嘲笑するエリからは悪意と敵意が滲む。



「ギャハハハ!!『フリークス』になったのに、それだけ!?なんの能力もなし!!ざこ!ざぁーこ!!あんたなんかグールで充分!!」



そう喚いて、怒りから幾分落ち着いた彼女はビルの上空を飛び、私達の進行方向で待ち構える。すぐに反応出来なかった私と『幽霊』は、みすみすそれを許してしまった。


「「「ぅ゛ぁあぁぁあ……!!」」」



途端、後方から聞こえる大量の呻き声と、追い立てるような大軍の足音。グールに追い付かれた。幸いビルの隙間が狭いせいで、入口で詰まっていた。が、時間の問題だろう。動きは緩慢だが、かといって彼等からも逃げ切る事は出来ない。


かと言って、全面には『ハーピー』のエリ。今までは辛うじて逃げることが出来ていたけれど、全面に回られたら、彼女から逃げる事は不可能だろう。


「ちょっと!どうするのよ!?」


状況が好転するどころか悪化している事に気が付いた『幽霊』は、再びそう騒ぎ出す。


「ギャハハハ!グールにズタズタにされるか、私に殺されるか選びなよ!」


「「「がぁあ゛あ゛あ゛……!」」」


前方にはうるさいハーピー、後方からは臭くてうるさいグール。壁をぬけてぶつかりながら、私達に何人か迫り来る。


「あーもううるさい!!」



私は半ば八つ当たりをするように太刀を両手に持ち、後方より迫るグールに振り下ろした。


いや、『振り下ろす事が出来た』。


ぶら下げるように右手に持っていた太刀は、激情のままに頭上に持ち上げる際に壁にぶつかるが、私はすぐにその事に気が付けないほど、豆腐程の抵抗でビルの壁を砕きながら右肩に担ぎ、そのまま振り落とすと目の前のグール数人をゆうに両断して、地面にぶつかった太刀は轟音と共にコンクリートを粉砕して、地面は大きく凹んだ。



衝撃でビル壁は吹き飛び、グールは吹き飛ばされて雪崩式に後方に倒れる。その衝撃は、太刀を振り下ろした反対側で飛行しているエリの羽根を揺らした。



飛び散るグールの肉片に、人を殺したという罪悪感よりも、目の前で風船が爆ぜたかのような驚愕と困惑に私の心は支配される。



「何それ何それ何それ何それ!!聞いてない!!ズルだ!!ふざけるな!!」


動揺、焦燥、怯え、怒り。激情の中で、エリは喚き、私以上に困惑する彼女を見て、私の心は落ち着きを取り戻した。


チャンスだ。


自分の力も、今起きたことも理解していない。けれど、反射的にそれを察した。刀を返して峰を表に向け、エリの元まで跳ぼうと助走のために踏み込む。


きっと、今の身体能力なら彼女の元まで跳べる。殺す気はない。けれど、危険を感じさせることさえ出来れば、きっと彼女を退けられる。


そんな気持ちで、思い切り踏み込み1歩踏み出した。



瞬間、目の前は壁だった。



「いでっ!!」


十数mは離れた壁に私は頭から突っ込むと、発砲スチロールのようにビルの壁は崩れ、私は豪快に転んだ。



「……は?」


『幽霊』が、そう呟いたのが聞こえた。



ひっくり返った間抜けな姿勢で、断片的にしか残っていない、一瞬の視界を想起する。思い出したのは、小学生の時、車に轢かれた時の視界。


何度もアスファルトの上を転がりながら、天地も分からず、気が付くと仰向けになっていて、いつ付いた傷かも分からない無数の擦り傷が身体中にあった、あの時と似た感覚。私は気付いた。



身体の動きに、意識が追いついてない。



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