ハッピーハーピィ⑦
考えてみれば、当たり前の事だった。
気が付いたら相手を肉片に変えていた、ということは、その間の行動を認識できていない、という事だ。当然、バランスを崩しても立て直す事は出来ないし、タイミングを計れるわけもない。であれば壁に突っ込むのも自明だろう。
幸い、エリは先程の私の動きを警戒しているのか、攻撃を仕掛ける様子はない。グール達も近寄る様子はない。指示した様子はないが、ある程度彼女の意思をくみ取るのか、それとも自己判断が出来るのか。それは私には分からないけれど、束の間の膠着状態。
予定とは違う、けれど、チャンスだ。いつもより暗く静かな夜に慣れてきた私は再びそう考えた。
「もう、今日は終わりにしない?」
「ハ、ハァ?」
エリは訝しげに聞き返したが、その顔に先程までの見下すような様子も、怒りも見えない。『『リョウ』の為に』という熱も、すっかり冷めているようだった。今の彼女なら、きっと話し合う事が出来る気がした。
「だって、私達に殺す理由ってないし」
そう言ってから、彼女は『リョウ』に私を殺すように言われている事を思い出し、慌てて言い直す。
「私には、だけれど。確かに、この世界の神様の……テクスメクス、だっけ?」
「『デウスエクスマキナ』よ。誰もテキサス風のメキシコ料理の話なんてしてないわよ」
音もなく私に向かって浮遊しながら、呆れたように『幽霊』は言う。
「そうだっけ?とにかく、その神様には『最後の1人になるまで殺し合え』的な事を言われたけれど、そんな事したくないし。大体、やる理由もないし」
「え?『願い事が叶う』のに?」
「え?」
「え?」
「……あっ」
私とエリの困惑を他所に、『幽霊』は声を漏らした。顔を向けると、口に手を当てて慌てるような表情を浮かべていたが、私と目が合うと露骨に目を逸らした。
「……ねえ、また何か言い忘れているでしょ」
呆れたように見つめる私に、案の定彼女は言い訳を始めた。
「いや、伝えるつもりではあったわよ?ただ、丁度その時エリザが来てしまったでしょ?」
「……だから、説明できなかったって?」
「だって、本当にそうだもの」
先程は気まずそうに目を逸らしたくせに、直ぐに悪びれる様子もなく平然とそう答える彼女の気持ちがよく分からない。
なんというか、無理をしている、とは少し違うけれど、どこか素じゃないというか、取り繕ったような、演技しているような感じ。
「でも、エリザの言う通りよ」
私の困惑をよそに、『幽霊』は続ける。
「最期まで生き残った『フリークス』は、選択を迫られる。『この世界の全てを手にする』か、『一つの願いを叶える』か」
「……その二択って、おかしくない?」
「あら、そう?」
「うん、だってーーー」
「あーもう!そんなのどうでもいい!!」
私が言葉を続けようとしたのを遮って、エリは叫ぶ。劈くような声は、先程よりも耳障りだった。もしかしたら、聴力も増しているのかもしれない。
「私は最後まで生き残って、リョウと一生一緒に暮らすの!だからお前は殺す必要があるの!!」
駄々をこねるように喚き、深い夜の空で月光を背負い、1人影を落とす彼女は、酷く哀れに私の目に映って、私は彼女も『化物』なのだと改めて気が付いた。
私とは全く違って、私と全く同じ化物。誰かに依存しなければ生きていけなくて、この世界で独りぼっち。肌が粟立つような恐怖は既に感じない。代わりに同情を覚えた。
「……そんな事、無理だって分かってるくせに」
「……ねえ、それ私に言った?」
思わず口をついた私の言葉に、エリは反応する。しまったそう思ったけれど、一度本当に鳥類かと思う程無機質な表情をしたエリの顔はみるみるうちに赤に染まって、般若のような形相に変わる。
「……うちが、お前に勝てないって思ってるんだ」
「ご、ごめん!そうじゃないの!」
「……うちが、すぐ死ぬって思ってるんだ?」
「違うから!お願い、話聞いて!」
「……うちが、リョウに捨てられるって思っているんだ!!」
「ち、ちが……ごめん……」
「ああぁ……!!あああああ!!もう!!!」
彼女の声に、身体が硬直した。
両手の羽根を頭を搔きむしるように動かして、彼女の黒い瞳は赤く光り血走った目で私を睨む。
「ほんとにお前ムカつく!!逃げるし!リョウと私の事を妬んでいるんだ!!」
「だから違う!」
彼女の届くわけがない。それが分かっていながら、私は叫んだ。
「死ね!死ね!さっさと死ねぇえええ!!!」
「ヴァァァァ……」
エリの声に呼応するように、再び『グール達』が動き出す。
仕方なく、私は再び逃げ出した。豆腐のように沈むアスファルトを、砕かないようにゆっくりと足を動かして、ようやく私の動きは普段私が走る速度になった。
「ちょっと!何逃げているのよ。さっきの力で蹴散らせるでしょ」
「これには深い事情があるの!」
焦れたように言う『幽霊』に、適当に誤魔化した返事で返す。仮にエリに私の先程の力がコントロールできるものでないと気付かれた場合、怒りに任せた彼女はその勢いのまま私に襲い掛かるだろう。だから、その事に気付かれないように誤魔化す。
私の横を並走するように飛びながら、雪崩のように響くグール達の足音をちらっと横目で見て、呆れたように彼女は言った。
「で、どうするのかしら?無駄な話し合いは2回も失敗したのだし、貴女も自らの願いを叶える為に、あの『ハーピー』女を殺すのも、1つの手じゃないかしら?」
「嫌だよ、そんなの。別に誰かを殺してまで叶えたい事なんてないし」
私の言葉を聞いて、彼女の顔は酷く歪んだ。見下すように、嘲笑うように。
「既に人殺しじゃない、貴女」
先程のグールの事を言っているのだろう。色香をはらむその声が、鱗粉のように舞って、私の心に入り込む。
毒を持つその声は、確かに私の心を蝕んだ。
「……それでも、だよ。もうこれ以上、殺したくはないから」
言いながら、私は自分がそこまで罪悪感を感じていない事に気が付いた。それどころか、どこか高揚感のようなものがある事に。気が付いていて、目を逸らした。
「……それだと、貴女を選んだ意味がないのよ」
『幽霊』のその声は、グールの足音に踏み潰されて消えた。




