断頭台と幽霊①
14時に設定したアラームかけたたましく鳴り響く。蠢くようにタオルケットにしまっていた腕を伸ばし、ベッドのすぐ横に置いてあるスマホのアラームを解除した。
カーテンの外から漏れる薄明かりは、いつもの日常となんら変わりはない。上体を起こし、少しの間ぼぅっとしてから、今日はシフト入っていなかったな、なんて事を考える。
いつもは2時間くらいで起きてしまうから、久しぶりにこの時間までぐっすり眠れた。それでも普段の睡眠負債が溜まっているのか、手足の酷い筋肉痛を癒そうとしているのか、全然眠り足りない。再びベッドに潜り込む。包まれている感覚が、心地いい。
「……いつまで眠るつもりかしら?」
その声に驚いて、私は跳ね起きる。心臓は早鐘を打つが、叫ぶ前に、それが『幽霊』の声だと気が付いた。そうだ、私は、異世界にいるんだった。異世界と言うより、この場合は平行世界の方が正しいかもしれないけれど。『フリークス』という化物がいる、平行世界に。
ゴミを見るような目で見つめる彼女の瞳は、寝起きに冷や水を掛けられたように冷たかった。
「……おは、よう?」
「おはよう。いい朝ね。貴女みたいな肥溜めのゴミ虫の食い残しが地球に存在している事を除けば、だけれど」
「……何その暗喩?」
ただでさえ冷や水を浴びせられた後に、唐突な罵倒。どこから突っ込めばいいのか分からず、言葉が酷すぎるとか、せめて視界の外にいる事は許してほしいとか、もっと言うべき場所はあっただろうに、間違いなく第一にそこではないだろう事を指摘した。
「事実よ」
「何時ゴミ虫に食べられてたの!?」
「その無理やり陽気な声を出してくるのも気持ち悪いわ。辞めてくれるかしら、生きるのを」
「何その酷い倒置法は!?……じゃなくて!なんであなたは、此処にいるの?」
「……昨日、貴女の後をついてここまで来たでしょう?」
そう言われて、昨日の出来事を思い出す。
昨日、『フリークス』となり、昨日大勢の人を殺した。この世界が何なのか、それすらも呑み込めていないまま、自棄と欲望のままに。
そのまま、『幽霊』に「あなたが欲しい」と最低な思いを伝えた。
恐らく、そこまでは、火事場の馬鹿力のようなもので動く事が出来たのだろう。それを言った後、数分と立たずに疲労が限界に達した私は、
『ごめん、色々と話はあるだろうけれど、1回家に帰ってもいい?』
と彼女に聞くと、軽蔑の目で私を見つめたまま、彼女は、ただ黙っていた。黙って、私を見つめていた。それを肯定とも否定とも解釈する元気すらなく、私は血に塗れた服のまま帰路に着いた。
上野駅からつくばエクスプレスで南流山まで行き、そこからは歩いて自宅に帰った。
流石にそのまま寝るのは嫌だったから、服は下着を含め、全て洗面台に置いて、シャワーだけ浴びて、ベッドに倒れ込んだ記憶はある。
その間、彼女はずっと私のすぐ近くを浮いていた、のだろう。正直、かなり限界だったから、はっきりした事はまるで覚えていない。ガールズバーで飲み過ぎた時と同じくらい、周りがまるで視界に入っていなかった。
そもそも、まともに頭が動いていれば、血塗れの服は着替えてから電車移動していただろう。こんな服装、ハロウィンでなければ、間違いなく通報沙汰だ。
「あ、あぁ~、そう言えば、昨日ついてきてたよね!寝たら忘れちゃってた!」
眠って、少し頭が動くようになった私は、覚えているかのように取り繕う。ただでさえ、彼女に嫌われているのだから、これ以上、彼女からの評価を落とすのは嫌だった。だって顔がタイプだし。
「へえ、そう。私に気付いていなかったのね」
「ゔっ……!」
私の知ったかぶりは、当然のように見破られて、気まずい思いをするが、彼女は変わらず冷めた目で私を見つめるだけだった。
「ご、ごめん……」
「どうでもいいわ。むしろ、貴女の記憶から少しでも私がいないのは、喜ばしい事よ」
『いくらなんでも、言い方きつくない?』と言おうとしたが、神の力で自身を自分のものにしようとしている相手に対しての態度としては、何も間違っていない。むしろ、こうして口を聞いてくれるだけで、優しいとすら言える。
「ねえ、そんなに私の事が嫌いなら、何で私の後を付いてきたの?」
だから、私はそれを訊いた。ここまで私を毛嫌いしているのであれば、いや、毛嫌いするだけの理由はあるのだけれど、そんな状況なのであれば、私の顔も見たくない、とか、口もききたくない、と思うのが自然だ。
私の質問にはしばらく答えずに、唇をわなわなと震わせ、忌々しげに舌打ちをする。
「……私は貴女の傍を離れられないのよ」
一見すると、ダメ男に依存しているかのような彼女の台詞からは、もっと重く、暗い何かを感じる。村の因習めいた、そんな雰囲気。彼女は続けた。
「私は選んだ『フリークス』から離れる事は出来ない。そういうルールなの。それと、確かに貴女の事は死ぬほど嫌い。視界に入れるのも吐き気がするし、その睨め回すようないやらしい視線にも反吐が出るわ」
別に、そんな目つきはした覚えがない。
「いきなり身体を要求するような、下衆な魂胆も、本当に気持ち悪いわ」
「いや別に身体は……いや、はい。すいません……」
否定しようと思ったが、あの願いに性的欲望がまるでなかったかと言うと、嘘になる。なんであんな事を言ってしまったのか、と今更後悔する。まるっきり嘘でもいいから、『億万長者になりたい』とかでよかったじゃないか。何故、本心からの欲望でなければいけないと思ったのか。
「それでも私は、貴女に勝ってもらう必要があるのよ。榊ヨウコ。たとえ、貴女の望みが私であろうと」
出会った時に見せた妖艶さはまるでない、覚悟を決めたような顔。初めて、彼女を対等な人間として見たような、そんな気がした。
「だから、説明するわ。この世界について」




