幕間:幽冥は断頭台を第二幕へと誘い、薄明は夜の底を照らす
切り落としたエリ首の重さは、私の思考も行動も、その場に留まらせた。
彼女達は、彼等を、『どうせ死ぬのだから』という自分勝手で殺していいわけがなかった。今更、それに気が付いた。
だが、それならどうすればよかった?あのまま黙って殺されるのを受け入れれば良かったのか?殺そうとしてきたのは、向こうだ。だから殺されても仕方がなかった。正当防衛だ。
でも、エリは、生きる目的があった。『好きな人と一緒にいたい』という目標が。私とは違う。死ぬ前の自棄で、沢山の人を殺した、私とは。
彼女の道は、先に続いていた。それを、もう終わる私が絶った。許されざる事だ。だが、もう死ぬのだから、いいか。そんな思いで、これ以上考えないようにした。けれど、どうしてもその事を考えてしまう。
考えるな、考えるな、考えるな。これ以上、何も考えるな。早く死ね、早く死ね。死ね死ね死ね死ね。
目を瞑り、頭で何度そう唱えても、私の意識が薄れることはない。
はっきりとした意識の中、時の歩みと共に遅れていた音が、段々鮮明に聞こえるようになる。文脈すら分からなかった騒音は、段々と意味を持つ。
「ーーーぁさい!!」
それが、『幽霊』の声だと、私はようやくその時気が付いた。下から、なにか叫んでいるようだった。
「何ぼぅっとしているのよ!早く自分の頭も拾いなさいよ!!」
「……え?」
まるで私が当たり前に生きているかのように話しかけてくる彼女に、無意識のうちに返事をして、首だけになった自分から、まだ声が出る事に気が付いた。
もしかして、死んでいないのか?そんな疑問が頭に過った。考えてみれば、エリの手足は人と言うより鳥類のようだったし、姿が化物に変わるのならば、頭と身体が離れる妖怪になっていてもおかしくない。確か、中国に『飛頭蛮』という妖怪もいたはずだし。
丁度目の前を通り過ぎようとしていた私の頭を捕まえて、それを再び首に乗せると、グジュグジュ、という音と共に、胴体と頭が繋がっていく感覚がした。くすぐったいような感覚はあったけれど、然程不愉快ではない。じんわりと温まるような、癒されるような感覚だった。
「あそこから逆転するなんて、やるじゃない」
出会った時のように余裕綽々、といった様子で話しかける彼女だが、散々取り乱していた姿を見た後だから、むしろ滑稽だった。
けれど、そんな彼女と同じく、滑稽な人が、もう1人いた。
私だ。死んだと思っていたのに、生きていた。むしろ、彼女と違い、他の人を巻き込み、あまつさえ殺したのだから、私の方がタチが悪い。
「それしても、よく気が付いたわね。貴女が、『デュラハン』の『フリークス』だって。」
「え?」
半ば放心状態の私は、彼女に話しかけられて、聞き返す。生きている実感はなく、死ぬと決めた覚悟が振るわなかった喪失感のような感情。それでいて、エリを殺したという黒いモヤが、胃の奥に詰まっている。それなのに、どこか昂っている。全てが定まらない感覚だった。何かに縋りたかったが、死ぬつもりだった私には、縋るものが何も無かった。
「『デュラ』って化物がいるの?知らなかった」
「別に関西弁で『デュラさん』って言ったわけじゃないわよ。『デュラハン』という化物がいるの。確か、『死を予言する妖精』、だったかしら?首と胴体が切り離された姿をしていて、自分を見られるのを嫌う。貴女にお似合いだわ」
「へえ、そうなんだ」
そんな化物、知らなかったけれど。きっと彼女が言うのなら、そうなのだろう。
「何よ、その間抜けな返事は?」
「いや、別に、なんでもないけれど」
私のそれは、会話と言うよりも、反応だった。手に持っているエリの頭部が、血で汚れたピンクの髪が、私の手に重くのしかかる。潰れてしまいそうだった。
死ぬから、この責任から逃れられると思ったのに、私は生きるんだ。どうしよう、どうすれば、私は許される?
「それで、エリザを殺したって事は、遂に覚悟を決めたのかしら?最後の1人まで、生き残る覚悟を。」
「え?あ、うん!そうそう!!」
そうだ。『そういう事』にしてしまえばいいんだ。私は、叶えたい願いがある。だから勝ち残りたい。だから、エリを殺した。そういう事にしよう。そういう事にしてしまえば、言い訳がつく。誰に対しての言い訳なのか、何に対しての言い訳なのか、それすら分からない。
なにか前に進む意思がなければ、私が、どうしようもない悪であるかのように感じた。きっと世間体の為に、言い訳をしようとしている。人殺しで、生きる価値もない癖に。最早倫理も何もないこの世界で、それでも私は人間だと偽ろうとしていた。
いつの間にか、幽冥の夜の底は、帳が上がり薄明へと移ろう。陽光が、闇に隠されていた私の矮小さを照らすようだった。手に持っていた太刀も蜃気楼のように姿を消し、誤魔化しようもない私を照らす街灯は、いつものように私の惨めを照らしていた。
「……貴女、何か態度がおかしいわよ?まるで、嘘を付いているようだけれど」
案の定、その違和を感じ取られて『幽霊』は眉をひそめる。私はいつも誤魔化す時のように、わざと明るい調子で笑顔を作る。
「いやいや!嘘なんて言っていないよ!さっきまでの闘いで、ちょっと疲れただけ!叶えたい事も思いついたし!!」
「……へぇ、そうなの。なら、聞いてみてもいいかしら?その『叶えたい事』と言うのを」
明らかに猜疑心の籠った声色で、意地悪く口角と片眉を上げた彼女に、私はすぐに言い訳をしなければならない。考えれば、私のそれが嘘だと気付かれる。私が化物だと、露呈してしまう。
無い頭を、一生懸命に回す。首を斬って、再び時間の進みを遅くして時間を稼ごうかとも思ったが、太刀が消えてしまったし、そもそも、出来た所でいきなり理由もなく首を斬っているように彼女から映った時点で、私は自他共に認める化物になるだけだ。
金は別にいらない、永遠の命もいらない、偉くなりたくも、魔法少女になりたいわけでも、この世から戦争をなくしたいわけではない。よく考えると、別に嘘でもなんでもよかったのに、私はきちんと思っている願いを言おうとしていた。
『貴女の心に従えばいいのよ』
つい数時間前に『幽霊』が言っていた、その言葉が頭に過る。そうだ、心のままに、したい事を言えばいい。私が今日したかった事、自傷以外には、何かあったっけ?そう言えば、少し違うけれど、首を斬った後、私の身体って意外といいな、と思ったな。あとは、『幽霊』の身体も、細身で……いや、確かにちょっとグッと来たけれど。そういう事じゃなくて。もっとまともなーーー。
「ねえ、早く答えてくれるかしら?」
焦れたような彼女の声が、私に答えを急かす。慌てた私は、何も思い浮かばないまま、口を開いた。無意識がそのまま流れた時、口を突くのは、直前の思考。
「あなたが、欲しいーーー」
慌てて口を閉じたが、取り返しのつかないところまで、隠すべき欲望は発せられていた。
「……は?」
威圧するような彼女の言葉に、私は否定しようとした。だが、他に求めたものが無かったのも、事実だった。口に出してはっきりとした、陰惨で、淫靡な欲望。私の身体が、彼女と交わり、それを、切り離された私の頭が眺める。それが、神の力によって歪められた行為だとしても、本能がまるで望んでいないわけでもなかった。
「……最後まで生き残ったら、私は、あなたが欲しい。それが、私の願い」
世間体の為に付くはずだった嘘は、より私を間違った道へと歩ませた。けれど、少なくとも前に進んでいる。それがせめて、グールを、エリを、人を殺した言い訳になると、私は信じたかった。
掴んでいたエリの首から、手を離す。右手が軽くなったのに、何かが重くのしかかった。
「……最低。気持ち悪い。……なんで私は、こんなのをーーー」
そう呟いた『幽霊』の私を睨みつける瞳には、明らかな軽蔑が見える。軽蔑と、深い絶望。彼女の事は、何も分からない。けれど、私の事を嫌悪している事だけは、確かだった。
『フリークス』の事を知り、『こちらの世界』で私の唯一の味方であるはずの彼女にすら嫌われている。それでも私は、誤った道を歩き出してしまった。
日は完全に昇り、朝を迎える。それでも私は、未だ夜の底だった。




