断頭台とシンデレラ
ウチは、何もない子供だった。
勉強が出来るわけでも、運動が出来るわけでもない。もっと言うと、家にはお金もなくて、親の愛を受けた事もなかった。
物心ついた時から、パパはいなかった。台風が来れば吹き飛びそうなほどボロボロの家には、ママと2人暮らしだった。正しく言うと、ママと、コロコロと変わる、ママの彼氏と3人暮らしがほとんどだったけど。
お母さんは、煙草を吸う人で、灰皿を探すのが面倒だったり、イライラしてる時は私の腕とか脚で火を消す事が多かった。最初は痛くて悲鳴を上げたりしたけど、そうするとお腹を殴られたりもしたから、歯を食いしばって耐えてた。それでも『泣いているのがウザい』とかで、殴られる事もあった。
ママの彼氏は何人もいて、ほとんどの人に悪戯をされた。今っぽく言うと、性的虐待?
最初は意味が分からなくて、ただただくすぐったかったり痛かったりしたけど、意味が分かる頃には、抵抗する気力もなかった。
処女を失ったのは、7歳の頃だった。
中学1年生の時、そういう事をしてきたママの彼氏が、初めてお小遣いをくれた。5千円だった。
今思えば安いけど、『これ』なら、今すぐにウチでも稼げる事に初めて気が付いた。それと、お金を払ってもいいくらい、男は『これ』が好きなんだって事にも。
最初の『お客さん』は、学校の先生だった。
お金はそんなにもらえなかったけど、おかげでいじめはなくなった。偉そうな教師の情けない顔は、ちょっと優越感もあった。
次は、学校の先輩と卒業生。これは結構最悪だった。色んな人にバラされるし、くれるお金も安いし。あと、ヤンキーばっかりだったから、ちょっと怖かったし。
そんな事を繰り返していたら地元に居場所がなくなって、15歳で家出した。スマホはあったし、都内に行けば、一日くらいならタダで泊めてくれる人はSNSとかで探せば結構いた。
どうしても見つからなかったら、立ちんぼとかでお金を稼いだ。そのお金で、マンガ喫茶に泊まってた。
美人局とかもやったりした。目の前でおっさんが泣きそうになるのは、結構楽しかった。ただ、その時の男の人達が、中学の先輩たちみたいで嫌だったから、数回でバイバイした。
「君、よくここにいるけど、寂しくないの?」
ウチが20歳になった時、池袋で立ちんぼをしていたら、そんな風に話しかけてきたのが、リョウだった。
冬で寒いのに、パリッとした白いスーツの上はコートも着てなくて、寒くないのかな、と気になった。
「べ、別に、さびしくないけど……」
ホストにこうやって声を掛けられるのは初めてじゃなかったから、それが勧誘だって事はすぐに気が付いた。でも、ホストとは思えない優しい声と顔がタイプすぎて、思わず相手しちゃった。
「嘘だよね?」
「そんなことないし。つか、何で?」
「俺、実は寂しい人の前にだけ見える妖精なんだよ。で、俺とお話出来るって事は、君が本当は寂しいって証拠。でしょ?」
いきなり言われた冗談に、最初ちょっとポカーンてした。でも、綺麗な顔から言われるとんちんかんな冗談が、段々面白くなってきた。
「キャハッ!何それ?……でも、確かに寂しかった、かも?」
「やっぱり。それじゃあそんな貴方を、夢の国まで連れて行ってあげるよ。ちょっとここを真っ直ぐ行ったところになる、『Nepic』って所なんだけれど」
「結局、妖精じゃなくてホストなんじゃん」
「はは、バレた?でも、寂しい思いはさせないから」
それが、リョウとの出会い。後で聞いたけど、リョウはその日がホストデビュー初日だったらしい。まだ指名もなくて、不慣れだった彼には、スカウトに応じてくれた私は、『女神みたいに見えた』って言ってくれた。『今でも来てくれるエリは、一番大事なお姫様だ』って。いっぱい言ってくれた。
それからすぐにリョウは沢山の指名がついて、ウチのテーブルにいない事も増えた。でも、いっぱいお金を使った時は、ウチのテーブルに長くいてくれた。いっぱい『好きだよ』って言ってくれた。
リョウの為に、前よりもいっぱい他の男に抱かれた。
『こっちの世界』に来た時も、リョウに会えたのは、リョウも『フリークス』だったのは、運命だと思った。
リョウと2人だけの時間も増えた。夜の空は、リョウとウチの2人だけの世界だった。
でも、本当は知ってる。リョウは、ウチの事を好きでもなんでもないって。リョウからしたら、ウチはお財布くらいにしか思われていないって。
リョウはきっと、魔法使いなんだと思う。魔法でウチをお姫様にしてくれる。でも、リョウは王子様じゃない。
12時になったら、魔法は解けちゃうみたいに、お金が無くなったら、リョウにとって得がなくなったら、ウチに会ってくれなくなると思う。その位の事は分かってる。
それが嫌で、だから、こっちでも23人目を殺そうって頑張った。頭を使うのは得意じゃないけど、それでもいっぱい考えて、作戦も立てた。
それでも、殺せなかった。リョウにももう会えなくなっちゃった。
もし、願いが一つ叶うなら、最期にもう一度、リョウに褒めて欲しかった。リョウに、抱きしめて欲しかった。
偽物でも、最初に私を愛をくれた、魔法使いに。
けれど、12時を回って、私には、また何もなくなった。
■□■□■□
エリの首を斬り落とした瞬間、彼女のこれまでの人生が、私の頭の中に流れた。他人の記憶を除いているというよりも、自分が経験した事のように重なる走馬灯は、高揚していた頭に、自分のしたことを理解させるには十分だった。
私は、人を殺した。
ゆっくりと落ちる彼女の頭。その目からは、光が失われている。眼下に広がるグールの死体も、彼岸花などではない。血と臓物と肉片。その当たり前に、今気が付いた。
力なく、重力に従って落ちるエリの頭を掴むが、先程までのけたたましい声を上げる事もない。あれだけ情緒が不安定な彼女の今の顔は、不思議なほど穏やかな表情をしていて、ずっしりと重かった。
その重さが、私の罪の重さだった。




