断頭台と幽霊②
「それで、この世界について、貴女はどこまで覚えているかしら?」
中空で座るように、脚を組み、私を見下ろすようにしながら、幽霊はそう訊いた。目を瞑り、昨日受けた説明を思い出そうとするが、その大半が、エリの高笑いと血の海に消えた。
「こっちの世界には『フリークス』がいて、殺し合いをして最後まで残っていたら、願いを1つ、叶えてもらえる、んだよね?」
その中でも、覚えていたことを思い出して答えた。すると呆れたように『幽霊』はため息を吐き、
「そんな基本的な事すら覚えられないのね、貴女は」
と心底残念な頭を憐れむような目で私を見つめた。
「え、間違ってた?」
「最後まで生き残った『フリークス』は、『1つの願いを叶える』か『この世界の全てを手にする』かのどちらかを選択する。それが正しいルール。思い出したかしら?」
「そう、だっけ……?昨日色々とあったし、忘れても仕方ないじゃん。それに、説明も飛び飛びだったし」
「それもそうね」
「……随分、あっさり認めるね?」
昨日も思ったが、彼女は思っていたより柔軟と言うか、こちらの意見を聞く耳を持つタイプと言うか。もっと理不尽を押し付けてくるタイプかと思ったけれど、そうでもないらしい。
「だって、私もそう思っているから、改めて貴女にこの世界の説明しようとしているんだもの。昨日は、色々とイレギュラーがあったのは、私も理解しているわ」
変わらず、私を見下すような目線のまま、彼女は言った。昨日も思ったが、やたらと素直に非を認める。今までの態度から、何らかの因縁をつけて私を罵ってきそうだから、少し意外だ。
「先程の一点を除けば、大枠は貴女の言った通りで間違いないわ。この世界には貴女を含めて23人の『フリークス』が、最後の1人まで殺し合う。それ以外の人間は、全て『モブ』。背景と同じ。木々や小石と同じ、意思を持たない存在。ここまでは分かったかしら?」
「分かったけれど、1つ聞いてもいい?」
「質問は最後」
「はい」
「ゴミ虫にしてはいい返事ね」
食べ残しからちょっと昇格した、と少し喜んでいる自分が悲しい。彼女は続けた。
「フリークス同士が半径1キロ以内に近づくと、『開演』される。その範囲では、モブ達は同じ行動を繰り返すか、化物に姿を見てフリークスから逃げ回るか、そのどちらかの行動しか取れない。貴女も、昨日経験したから分かるわよね?」
「ああ、あの時の」
急に夜が重なったように暗くなって、その少し前までいつも通り話していた田中さんが、同じことしか言わなくなったのを思い出す。あれは、エリが近づいていたからなのか。それに気が付いて、彼女は、『幽霊』は私を店内から出したのか。
人形のような存在だとしても、顔馴染みの客や、キャストを、私の目の前で殺されないように、なのだろう。恐らく。あの時の態度からはまるで予想が付かなかったが、彼女は悪人ではないのかもしれない、と思い始めている自分がいた。
そんな私の態度の変化など気付く様子もなく、彼女は続けた。
「それと、フリークスの闘いを、妨害する事は一切ない。貴女が、フリークスだと気付かれる事もないわ。例え、その痕跡が貴女に残っていたとしても、気付かれる事はないの」
私が血塗れで電車に乗っていても、特に誰も気にする様子がなかったのは、それが理由らしい。次第に彼女の顔からは、私に対する嫌悪の感情が薄れ、事務的な雰囲気が漂い、喋りも流暢になっていく。
以前、ほかのフリークスにも同じような説明をしていた、と言っていたし、23回目ともなれば、慣れているのだろう。
「そして、『開演』は、フリークスが平等に闘うことが出来るためのルール。
それがないと、どこにフリークスがいるかも分からないし、相手を見つけるまでに時間があればあるほど、モブを味方に変える能力があるフリークスが一方的に有利にもなってしまうでしょう?」
「そう、かな?」
「そうなのよ」
有無を言わせない調子でそう言い切ると、さらに続ける。
「フリークスが姿を化物に変える事が出来るのは、陽が沈んでいる間だけ。それを過ぎると、本人の意思と関係なく変身が解けてしまう。今朝の貴女のようにね。だから、陽が昇っている間は、殺し合う事も禁じられているわ」
思い返すと、確かに、いつの間にか私の太刀は姿を消していて、私の身体能力も、普段の通りになっていた。もしかすると、フリークスの姿が解除されたから、疲れがどっと押し寄せたのかもしれない。人間の身体に、不釣り合いな動きを続けていたから。
それにしても、今まで聞いた全ての説明を、私は一度経験している。これ以上ないくらい、説明を受け入れやすい状況ではあるけれど、命に関わる事なのだから、事前に説明があるべきだ。『混ぜるな危険』を、混ぜてから聞いたとしても、その時には死んでいるのだし。
「この世界のルールは以上よ。『化物同士の殺し合いに関するルール』は。司法やマナーは前の世界と変わらないから、気になるのなら、弁護士にでも聞いて頂戴。何か質問は?」
聞きたい事は、いくつかある。昼間に殺し合ったらどうなるのか、とか、そもそもこの世界は何のためにあるのか、とか。けれど、私はまず、一番気になっている事を聞く事にした。
「あなたは、何故この世界にいるの?昨日、『この世界の説明をフリークスにする為』って言っていたけれど、神様が私達に話しかけられるから、わざわざあなたがいる必要もないような気もするけれど。それと、私の傍を離れられない理由って?」
彼女の説明では、彼女の事が触れられなかった。必然性も、私だけ、1人選んだ理由も。
明らかに、彼女の存在は、この世界で浮いていた。
私の問いに、彼女の顔には再び怒りや嫌悪が表出する。けれど、それが私に対しての感情出ないことが、何故か分かった。言葉を考えているのか、感情を整理しているのか、数秒黙った後、覚悟したかのように、彼女は答える。
「その質問の答えは、どちらも同じ理由。私は、死んでいる。殺されたのよ、人間に」
「殺さ、れた……?」
「ええ。そして、生き返るために、このいかれた世界にいる。生き返る為に、貴女を選んだの」




