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断頭台より愛を込めて  作者: 案山子 劣四
ハッピーハーピィ

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ハッピーハーピィ⑨

濁流のように押し寄せるグールの群れに、私は太刀を構えた。殺していいのか、それとも黙って殺されるべきなのか。それすら決心がつかないまま。


「キャハハハ!!そんな剣1本でどうするつもりぃ?」


頭上からまさに見下すように言ったエリの言葉を反芻する。どうするつもり?どうするつもりなんでしょうか、私は?


『フリークス』の力を得たときのように、思い切り走れば、もしかすると突破出来るかも、とも思ったけれど、どうやったって途中で勢いが止まるだろうし、そうなったら体勢も崩れたまま囲まれる。最早為す術がない。


だから、私はその場で太刀を構えた。どうすればいいかは分からないけれど、下手に動くより、待ち構えた方が姿勢が安定する分、幾分ましに思えた。


なので、エリの問い掛けへの答えは、『どうしようもないので、とりあえず太刀を構えました』が一番正しい。



「ちょ、ちょっと!早く逃げなさいよ!」


そんな私の考えも知らず、『幽霊』が喚く声が頭の片隅を掠める。彼女は酷く慌てた様子だったが、反対に私は酷く冷静だった。


もちろんわっと押し寄せるグールの群れには本能的に怖いし、普段だったら泣いていたかもしれない。けれど、心は大きく波立たなかった。考え方が変わったというよりも、私を俯瞰して眺めている、そんな感覚だった。



グールの包囲網が私から数メートルまで近づいた時、私は腕をめいいっぱい伸ばし、コマのようにその場で回るイメージで太刀を振り回す。


型も何も知らないし、刀を振るった事すらないし、そもそもこの大人数に太刀一つで出来るとは思えない。だから、私は、唯一分かっている、『フリークス』としての力である『怪力』を頼りに太刀を振り回した。


爆音と、肉がぶつかる音。視界が追い付かず、光の線しか見えない私の視界が、赤く染まった。



力のコントロールすら出来ない私は、体感にして、まさに『ぐるっと』回った瞬間に姿勢を崩した。


辛うじて立ったままの姿勢で立て直し、顔を上げて周囲を見ると、近づいたグールの何人かは身体のあちこちが吹き飛び、後方から私に迫ろうとしていたグールを巻き込んで倒れた。



「やるじゃない!その調子よ!」



手のひらを返して私を褒める『幽霊』の声を無視して、グールが立ち上がり、私にまた近づいてくるのをみて、再び太刀を持つ腕を伸ばして振り回すと、再びグールが肉片をまき散らして将棋倒しに後方に倒れる。


態勢を立て直し、太刀を振るい、グールを倒す。態勢を立て直し、太刀を振るい、グールを倒す。態勢を立て直し、太刀を振るい、グールを倒す。それを繰り返す。


同じショート動画を繰り返し見ているみたいだった。回転している間は何も見えず、姿勢を崩すと、回転する前と同じように倒れるグールが転がっている。多少顔ぶれは変わっているが、溶けているようにぐずぐずの顔では、大して違いは分からない。



彼等を傷付けている事と、恐らく、分からないが、私が見えていない間に、何人ものグールを、巻き込まれただけの、自我がない存在らしいとはいえ、人を殺しているだろう事は都合よく気が付かない振りをしようとした。



良かった、思っていたよりあっさりなんとかなった。そんな安堵感で、血しぶきと、飛び散る臓物、そしてその匂いから意識を逸らそうとしたが、目の前の光景は、思考の世界に逃げるには、あまりにも本能に訴えかけてきた。


むせ返るような血肉の匂いで頭がクラクラする。それでも私は繰り返した。その度に、血の匂いは濃くなった。どこか、身体の奥で何か熱を帯びるような感覚。私はまだそれが何なのかは知らない。



倒れたグールの肉片が、後続が迫るのを足止めして、グールの包囲網が迫るまで余裕が出来て、顔にかかった血液を拭い去った。


ふと、エリが先程まで飛んでいた場所に顔を向けた。



しかし、彼女はそこにはおらず、私は彼女の姿を探すため、顔を左右に振って彼女の姿を探す。すると、私の頭上10メートルほど離れた場所に彼女はいた。目が合った瞬間、エリは口角を上げた。挑発的な、どこか見下すような笑い方だった。



「思っていたよりやるじゃん。こんなにいっぱいグールが殺されちゃうなんて思ってなかったよ。リョウに怒られちゃうかも、キャハハハッ!!」


殺す、という言葉に胸の奥が確かに痛みながらも、彼女の態度が私は気になった。


彼女はこういう時私に怒りをぶつけるような気がする。それなのに、やたらと明るい彼女の様子は、違和感があった。



「それなら、もうこの人達を私にけしかけるの辞めてくれないかな?早めに辞めたら、リョウにあまり怒られないで済むかもしれないよ」


違和感を感じながらも、私はエリにそう提案した。事実、今のところ彼女の策略が私の命まで届くとも思えなかった。確かに、こうしてグールに囲まれては逃げる事は出来ないし、別に彼等を殺したいわけでもない。けれど、結局エリは私に近寄らないし、グールも私に近寄れない。


それに、彼等を傷付ける事への嫌悪感は、自分の身を犠牲にするほどのものでもなかった。感覚で言うと、今の仕事、つまりガールズバーでの仕事に似ている。面倒だし嫌だけれど、辞める程ではない。次々と多くの、あまり違いが分からない人が来る辺りもガールズバーと同じだ。常連さんがほとんどいないあたりも、私に関してはそっくりだ。そんなくだらない事を考える余裕すらあった。


グールがまた距離を詰めてきたので、私は再びその場で太刀を振り回す。


「だいじょーぶ。リョウには怒られないから。むしろぉ、お前を殺すんだから、ウチはいっぱい褒めてもらえるし。もしかしたら、ごほーびとして、遂に抱いてもらえるかも!!てか絶対そう!早くイチャイチャしたいなぁ……!」



「……大声で下品な話をする人、私苦手だわ……」


眉をひそめ、エリを汚物を見るような目線で見つめる『幽霊』に、自分だって私の性的嗜好に関しての秘密をつまびらかに話したくせに、と冷めた目線を向けた。それに関しては、彼女を許す気はまるでない。


まあ、そんな些事は置いておいて。


とにかく、作戦を立て、私を追い込んだにも関わらず、まるで私がピンチに至っていないという、エリからしたらまるで上手くいっていない状況であるはずなのに、彼女からは怒りや不快といった感情どころか、この後の妄想をするような余裕、浮かれた様子すらある。


「ちょっと!」


『幽霊』の声でハッとした。気が付くとグールと私の距離は、もう1メートルもなかった。慌てて身体ごと太刀を振り回す。直後、水気を含んだ破裂音がして、再びバランスを崩した瞬間、近づいていたグールの姿は見えなくなっていた。



何度も繰り返し、近づいてくるグールを払いのけているが、それでも一向に彼等のうめき声、それと足音は大きく響き、途切れるところが見えない程に、広い範囲を彼等が埋め尽くしていた。


一体、何時までこれを繰り返せばいいのだろう。普段ガールズバーで働いている時も感じている、先の見えないマラソンに対しての心労のようなものを感じた時、血とは違う、透明な、人肌程度に暖かい、少し黄みがかった液体が上から降ってきて、私の頭と、右肩にかかった。



「うっ……!!」



つんとした、硫黄や腐敗臭が混じったような匂いに思わずたじろいで、右手で頭上を払い落すようにした。



その時、手に感じたのは髪と柔らかい皮膚の感触ではなかった。表面が少しざらついた、少し陶器のような感触。


私の頭蓋骨だった。





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