ミズリィ予言する(1)
いつかにスミレへ打ち明けたように、みんなにすべて話した。
とは言っても、以前の記憶はぼんやりしていることも多くて、スミレに協力してもらってもわかったことは少ない。
7年後、ミズリィは悪魔といわれ、処刑される。
原因は大精霊を解き放った犯人とされたこと。
いつの間にかイワンやオデット、メルクリニやテリッツ皇子、そして家族たちはミズリィのもとから去っていったこと。
誰かが、ミズリィを陥れたのではないかということ。
そして、何故か、処刑の瞬間から、この15歳の時代に戻ってきたということ。
話し終わると、ティールームは静まり返っていた。
みんな、何かを考え込んでいるようだ。
スミレをうかがうと、彼女は笑ってくれた。
彼女に話したときは、混乱していてあまり上手に話せなかったけれど、その時よりはうまく行ったはずだ。
すぐに、イワンが手を上げた。
「ミズリィ、まずは話してくれたのは、うれしい。相当悩んでいたようだしな」
けど、とイワンは困った顔をした。
「……にわかには信じられないな」
「ええ、おとぎ話かなにかだと思ってしまってよ」
アリッテルもクマのぬいぐるみをしっかり抱えて眉を寄せている。
メルクリニは腕を組んで、彫像のように固まっている。
「でも、いくつかは謎が解けたような気がするわぁ」
のんびりと、オデットはあまりいつもと変わらない。
「さっきのアクアエストの話のこともだけれど、アリッテルの封印の腕輪をひと目見て理解したのが、ずっと不思議だったのよ。授業で扱ったのは一回きりよ。しかもそんな物があるっていう簡単な説明だけで……あなたは覚えていて?メリー」
「い、いや、私は覚えていなかったな……」
「私も覚えていませんでした」
スミレもそう答えた。
オデットはくすぐるような笑みを浮かべる。
「私は実家で見るものだし、あら授業でもやるのねって。あの事件は事前に相談もローディイース伯(アリッテルの家)から受けていたしねぇ。ただ、普通なら神官か魔術師として働かないと見ないものだわ」
「そうだね。……その、悪くは言いたくないんだけど、特にミズリィが知識詰め込みの授業の、たった一度見ただけのものを覚えていたかというのは……」
バツが悪そうにイワン。けれど本当のことなのでミズリィは頷く。自分でも、いつもならありえないことだと思う。
ふと、イワンがなにかに気がついたように目を見開く。
「待ってくれ、資産凍結と言ったか?」
「そうですわ、それが気になっていたの。イワン・ビリビオ、それはなんですの?」
慌てたイワンに、アリッテルが聞いた。メルクリニもいぶかしそうに彼を振り返っている。
「よくわからないのですけれど、処刑される前、ビリビオ銀行に預けたわたくしのお金が没収されたとかで、使えなくなってしまったのよ」
びっくりしたように口を開けて、一瞬イワンは動きを止めた。けれどすぐに真剣な顔になった。
「それが資産凍結。資産を持っている人が国家規模の罪を犯したり家が取り潰しになったときに、皇家から命令が下ったりビリビオ独自の判断で出し入れを止めるんだ。つまり、使えなくなる」
「ひとのお金ですのに?」
「ああ、帝国に仇なす者の資金なんて、さっさと没収するに決まってる。行き場のないお金もさ、もったいないし、巨額だったらうちとしても事業を逼迫するだけなんだ」
「たしか、国に吸収されるんですよね」
スミレもそれがどんなことなのか分かっているようだ。どうして詳しいのだろう、とぼんやり見ていると、頭を下げられた。
「すみません。気になったので事情は伏せてイワン様に聞いたんです」
「あら、そうなの。ええ、大丈夫よ」
「なら、僕はミズリィの言うことを信じるよ」
「え!?」
驚いた。さっきまでイワンは信じていなかったのに。
イワンは軽く息をつく。
「ミズリィが、お金のことで、しかも銀行に止められた、なんていう細かな問題があるなんて、発想自体がないだろ」
「そ、それは、あまり物言いが良くないですけど」
スミレが何やら動揺している。イワンはしまったという顔をしたけれど、すぐにすました表情になる。
「と、ともかく、まだ全面的に信じるのはちょっと頭が拒んでるけど……信じる方向で」
「私も同じく」
オデットだけは、いつもの調子だ。
みんな驚いたり慌てたりしているのに、何故だろう。
「だって、このミズリィが、私達にこんなに真剣に助けを求めているんだもの。嘘だと思っていてはそれこそおかしいわぁ」
「オデット……」
「私たち、友達よね?」
いつかに聞いた言葉。
それに、強く頷く。
「たしかに、ミズリィらしくない突飛というか、おかしなことばかり言うが……」
「私は、知り合っていないのですって?」
メルクリニはまだ悩んでいて、アリッテルはどことなく拗ねているように見えるのは気のせいだろうか。
「アリッテルは、お会いしませんでしたわ。何故かと考えてみたんですけれど、前世ではあの事件があったパーティーに、あなたは参加していなかったの」
「……そういえば、最初は行く予定がなかったのでしたわ」
「騒ぎが起こらなかったのか」
聞き返したメルクリニには、ええ、と返事する。
「『前』のアリッテルがあの夜会に参加しなかった理由が、おそらくエヴァーラ・エッセ嬢がわたくしの……その、友達として、夜会のたびにずっと近くにいたからですわ。エッセ家はアリッテルの家と対立しておりましたわよね?夜会の主催のリックファー侯爵も、エッセ家とは仲が良い家門ですし、エヴァーラが参加していれば行きにくかったのでしょうね」
「なるほどですわ!お父様も最初はそのことで参加できないと悩んでらしたのね!」
「ちょ、ちょっと待って、それ、君が考えたの」
イワンがあたふたと話に入ってきた。
「……またわたくしは間違ったことを言ったかしら?」
「逆だよ!家門の、対立やら機微やら、よく覚えていたね!?」
「貴族のことなら、自信はないですけれどたしなみはしましたわよ?イワンがおっしゃったではないの、未来の帝国の女主人が、自分の臣下の顔も覚えていないのは良くないことだと」
「過去の自分グッジョブッ!」
イワンは拳を握り、腕を天井に振り上げた。
「な、なんですのいきなり!」
「わあ、ここまで喜んでるイワン様初めて見ました」
「安心しろ、私もここまで狂喜乱舞のやつは初めてだ」
「あら、まーあ」
「……あら?」
よくわからないが、イワンは喜んでいるらしい。
袖で目元を拭う仕草をしている。
「正直、今後のミズリィ公女と帝国のことを思えば、僕も不安だったさ!でも、最低限、貴族連中のことさえ分かってればなんでもいいさ……基本は人だよ、やっぱり。全ては人間関係!」
メルクリニがその彼に指を差し、アリッテルが首を横に振った。オデットは知らん顔で冷めてしまったお茶の残りを飲んでいる。
「イ、イワン様、お気持ちは分かりますが、ミズリィ様には……」
「あ、ああ、すまない。でも、感動はひとしおだ。僕の努力は無駄じゃなかった……」
「わたくしのことですよね?ええと?」
「気にしないでくれ、僕と君の友情を確かめられてよかったってことだ」
「だが、その貴族社会に持てる能力を全振りしたために、ミズリィは……他がアレなんじゃないか?」
クッキーに手を伸ばしたメルクリニの言葉に、全員が固まった。
「「「「……」」」」
ミズリィは二度ほどメルクリニの言葉を考えて、
「ああなるほど、そうかもしれませんわね」
ミズリィはようやく、イワンの喜びの意味と自分の頭について思い当たった。
今度はスミレが泣き出した。
「ミズリィ様……」
ごほん、と似合わない咳払いをしたのはアリッテル。
「その、ミズリィがいう前世で、私があなたがたと出会わなかった理由は説明がついたけれど、スミレもですわよね?」
「ああ、はい。私の場合は、それこそミズリィ様が辛い体験をされてこの時間に戻ってこられたからの奇跡だと思いますよ」
にこりと笑顔に戻ったスミレは、最初の頃の固い表情とはぜんぜん違った、柔らかい笑顔だ。
彼女と出会わなければ、ミズリィは今ごろ悩んで泣くばかりで、ぼうっとしたままだっただろう。
スミレは、いじめは少なくなったという。
未だにプレゼントは受け取ってもらえないけれど、こうやって連れ出して好きなものを食べさせたりすることもできて、彼女がうれしそうな顔をするのがミズリィは好きだった。
「そして、それが未来を少しずつ変えていっている、と」
思わしげにイワンが顎に手を当てる。
「他に変わったところは?」
「そうですわね……オデットの休学がないのですわ」
「ああ、アリッテルの件がないから変なおひとも出てこなかったのねぇ」
「あとは……こういう、勉強会というものもなかったですわ」
「そういう小さいところも変わってそうだね。うーむ……」
メルクリニが手を上げた。
「ミズリィが嘘を言っているとは到底思えないが、私は、その、まだ信じられない」
「ミズリィの騎士がそんなことを言っていいのかい」
「悪いとは思っている」
意地悪そうなイワンに、じろりとにらんだメルクリニは、提案だが、と言った。
「もし、ミズリィが覚えていることで、これから起こることが本当だったら、心から信じようと思う」
「ははあ、予言か」
「つまり、なにか今後の出来事をわたくしが言えばよいのですね?」
「試すようで悪いし、信じかけているのもあるんだ。けれど、証拠がほしい」
メルクリニは真剣で、嘘を苦手とする彼女らしいと思った。
ミズリィは微笑んだ。
「分かりましたわ」
「ミズリィ様、出来ればもうすぐ起こることが良いです」
スミレの助言に、あら、とミズリィは考え直した。
そういえば、大精霊の復活なんて、遠すぎる事件だし、ミズリィの死にも近すぎる。
「最近……」
「そして、出来れば大きい事件のほうがいいね。小さなことはもう変わってしまってるかもしれない」
「お、おおきなこと」
イワンの注文にもっと頭が痛くなった。
しばらく考えて――
「よく、覚えていないのですけれど、たしか春の頃に、社交界がすごく混乱したことがありましたの。いくつも夜会やサロンがなくなって……」
「パーティーがなくなる?けっこう一大事だな……詳しく」
「ええと……そう、エヴァーラですわ。彼女のお家が没落寸前までいって、皇家が支援したのですわ」
「皇家が!?」
「ビリビオじゃないのか?」
イワンは天井を見上げて腕を組んだ。
「そこまで切迫したってことだね。……だが、今エヴァーラの家がなにか問題があるとは……いや、待てよ。
ミズリィ、他の家門もそんな状況になってなかった?」
「そうですわ。それが……かなり混乱していて、覚えが……ノプライアン公爵家も大変だったようですし。イワンも、お忙しそうでしたわ」
腕組みをやめたイワンは、今度は指先でテーブルをコツコツ叩く。
「僕が考えていることが本当なら、そういう資金繰りがむずかしくなった家門が多いせいでとばっちりを食らっただけだから、ビリビオに問題があったわけじゃないな。皇家や、ペトーキオ公爵家は無事?フラワーデン公爵もかな?」
「ええ、実家はなんともなかったかと」
「もったいぶらずに教えると良いですわ」
アリッテルが目を輝かせて身を乗り出している。
他のみんなも似た感じだ。
イワンは仕方がなさそうに肩をすくめた。
「……今から言うことは、しばらく内緒にしてくれ。まだそのことかわからないし、噂だけでも混乱が起こって、お金の流れも変わるんだ」
「分かりましたわ」
「ミズリィの言ってることは、本当になるかもしれない。今、貴族の間で流行りの商売があるんだ」




