第7話 彼は初めて彼女に注文がする
かなり驚いた。まさかこいつの口から、そんなジョークが飛びだしてくるなんて。
面白くはないが、感心してしまった。こいつ文系だな。
「その人、恐らく女性ですよね?目の前に可愛い女の子がいるのに、別の女性の話を始めるのは、中々ノンデリなのでは?」
ノンデリ……か。それは認める。この発言が、相手に好ましくない印象を与えてしまうのは百も承知だ。
でも、結局こいつは、蒼璃とは何の関係もなかった。
どんな偶然、運命の悪戯だ。
一種の呪いだろ。
「何だんまり決め込んでるんですか、先輩。そんなその女性に思いを寄せているんですか?」
「……いや、昔のことを思い出してただけ。あ、弁当箱、洗ってから返したほうがいいか?」
無理やり話の話題をすり替えた。俺から初めた話なのに。
「いえ、私の方で洗っておくので大丈夫です」
差し出した弁当箱を、こいつはそっと受け取った。
やべぇ、ちょっと聞きすぎたかも。明らかにテンション下がってきてるよな……
「迷惑でしたか……?」
「いや、迷惑というか、驚いたというか……何で俺にそんなことしてるのか、理由がわかんないっていうか……」
「…………」
お前もだんまり決め込んでるじゃねえか。いや、普通はこんなこと聞かないのか。やっちまったのか、俺が。
こっから挽回できないものか……卍解。……すいません。
イマイチこいつの性格も掴めないし、コミュ障の俺にはキツすぎるヨ!助けてヨ!
重なる沈黙。傍から見れば、この状況をどう感じるだろうか。
俺のことを知っているやつからすれば、大事件だろう。
渡り廊下で、後輩の女子生徒と見つめ合っているなんて。
いや、俺は目を逸らしっぱなしなのだが。
とっておきを使うしかないかぁ?これを言えば、万事解決できるのは間違いない。
でも、いざ口にするとなると、なんだか恥ずかしくて、一歩踏み込めない。
もう喉元まで出てきているが、舌で必死に抑え込んでる感じ。
だめだ、言えない。言う勇気がない。
『キーンコーンカーンコーン』
まずい、掃除が始まってしまう。早くここから離れないと、掃除に来た生徒たちにも、目撃されてしまう。
それはやがて高校全体へ広がり、鎌上翠珀はブサイクのくせに後輩に手を出したキモいやつとして、評判が広がってしまう。
このまま気まずいまま終わり、かつそんな悪評が広がるくらいなら、言ってしまう方がよっぽどマシだろう。
「掃除、行ってきます」
「お、おい!……あ、あの、その……」
振り向き、掃除へ向かおうとしたのを見て、とっさに声が出る。
でも、やつは足を止めない。俺が口ごもっている間に、どんどん背中は遠くなる。
もう、引き返せない。覚悟を決めろ、鎌上。
「もう一回食べたいから!あ、明日も!弁当持ってきてくれ!や、焼きそばで!」
思っていたよりも大きな声が出てしまった。近くにいた生徒が、俺の方へ視線を送る。
だが、今の俺にはそんなことはどうでもよかった。大事なのは、こいつの返事だけ。
思わぬ俺の発言に、こいつも意表を突かれたのだろう。立ち去ろうとする足が止まり、ちらっとこっちへ振り向いた。
「先輩……麺類ばっかですね、クスッ」
それだけ言い残し、やつはすぐさまその場を去った。
だが、笑っていた。
周りからは変な目で見られただろう。
だが、悔いはない。
この一歩を踏み出せたのは、俺とあいつにとって、間違いなく良い風を吹き込むだろうから。




