第6話 そして、彼女の料理が始まる
いつの間にか、弁当箱の中身は空っぽになっていた。
それくらい、夢中で食べてしまったのだ。
いつものように、周りの談笑に耳を澄ますわけでも、窓から外の風景を眺めるわけでも、変な妄想をしていたわけでもない。
それなのに、気づいたときには、すべて食べ終わってしまっていた。
美味とはかけ離れた味だったが、謎の喪失感あり。
もう完全に、心はそっちへ向かってしまっていた。
俺はチョロい。
はい。
で、これからどうしようか。
まずはこの弁当箱とお箸、風呂敷をやつに返すところからだ。
だが生憎、俺はやつのクラスを知らない。
……てかなんであいつは俺の席知ってんの?怖っ!
やつの執念は中々侮れないな。
って、それは一回置いといて、これをどうするかだ。
あいつを探しに、一年の教室までは行きたくない。
後輩どもに、変人扱いされるのが目に見えてるからだ。
なら……もはや方法はただ一つ!
──────
いやぁ、今日も風が気持いいなぁ。
え?何してるのかって?
見りゃ分かんだろ!渡り廊下で風を浴びてるんだよ。
俺はこの場所にて、やつを待つ。
来なかったら知らん!このまま弁当ごとパクる覚悟だ。
でも、先週の金曜日は何故か来た。今日も来たって不思議じゃない。
さぁ、来たまえ。心の準備は出来ている!
『ビュービュー』
来ません。何分待っても来ません。
この風の音を聞き続けて、もう十分は経った。
洗面所に向かい、戻ってきた女子が、『こいつまだいたのかよ』って顔で通り過ぎていくのが辛すぎる!
早く来いや、あのペペロンチーノ泥棒兼、水分過多ペペロンチーノ料理人が!
いや、それは言い過ぎか。
……あぁ、もう!俺が行ってやるよ!
はぁ……って!来た!マジで来た!急に来た!
「ごめんなさい先輩!遅くなっちゃいました!」
遅くなったって、別に待ち合わせしていたわけでもないからいいんだが。
「どうでしたか?美味しかったですか?私が作ったペペロンチーノ」
微妙でした。なんて、言えるわけねえよなぁ。言ったらまずいよなぁ。
だからといってお世辞を言うか?それも違うだろう。
よし、俺の十七年の人生で培った、この場合の最適解、それは……
「の、伸びしろを感じる味だったかも……」
その瞬間、自信満々だったやつの表情から笑顔が消えた。
はい、私の経験はまだまだ未熟だったようです。出直します。
「で、でも、朝早く起きて、頑張って作ったんですよ?ほ、褒めてくれてもいいじゃないですか!」
それは素直にすごいと思う。
でも、別に頼んでない。それなのに褒めるのはなんか違和感あるだろ。
まずい、会話が弾まない。片方がコミュ障の俺だから当然なのだが。
何か言わなければ、このままでは傷つけて終わってしまう。
「て、手作りな感じは、結構良かったよ……コンビニのでは味わえない感じで……」
「ほ、ほんとですか?!嬉しいです!」
よし、初めて正解を引いた。
やつはニコッと笑う。一瞬にして、その顔に笑顔が宿った。
やっぱ、こいつ可愛いな。まじで笑ったときとか、あいつに似すぎだろ。この下から見上げで来る感じ、蒼璃とそっくりだ。
……目の前にいるやつと、かつての憧れを重ねるのは、中々に最低なことだと、俺自身も理解している。
でも、あまりにも似すぎなんだ。おかしい。こんな偶然あるはずがない。絶対に、姉妹。そうじゃなくても、繋がりがなければ、こんなのおかしい。
「な、なあ、そろそろ名前ぐらい、教え合わないか……なんつーか、話しづらいだろ」
「あ!確かにまだ、自己紹介が済んでなかったですね!私、紅星英歌って言います!先輩は?」
紅星英歌……別に、蒼璃と血縁関係では無さそうだな。
「俺は鎌上翠珀だ。よろしく」
「はい!よろしくお願いします!翠珀先輩!クスッ」
下の名前で先輩呼びするの珍しいな……
後その人を小馬鹿にした笑いやめろ。可愛いけど。
やつ、つまり紅星英歌が、蒼璃とは違う名字。つまりは姉妹などではないことはわかった。
それでもなお、こいつが蒼璃と関係がないとは思えない。
……こんなことを聞くのは、最低だろうか。いや、言うまでもない、クソだ。
だけど、どうしても諦めがつかないんだ。
最低だとはわかっている。でも……ごめん。
「と、唐突で申し訳ないんだけどさ……長宗我部蒼璃って名前に、心当たりはない?なんていうか……そいつがめっちゃ、お前に似ててさ」
聞いてしまった。こいつも、少し不意を突かれた顔をしている。こんな突拍子もない質問を投げられたんだ。当然だろう。
「長宗我部……総理?誰ですかそれ?土佐藩出身の総理大臣か誰かですか?……いや、私に似てるってことは違うか、クスッ」
・・・なるほど。
こいつとは、少々気が合いそうだ。




