第4話 そのニンニクの匂いに心惑う
はい、皆さん御機嫌よう。
ボッチ飯界隈筆頭の鎌上翠珀です。
待ちわびた休日は、部活と勉強に全て費やしました。
え?お前部活やってるのかって?
はい、やってます。陸上部です。長距離な。足は速くねえよ。当たり前だ。いや、練習してるから普通の人よりは速いけど。
最初は個人種目だから、自由気ままにのびのびと、好きにやっていけると思っていたが、部活というものを少し舐めていた。
普通に指導は厳しいし、朝練とかで時間も体力も削られる。それに、駅伝とか、他人との協力も必要とされる。
もし一年前に戻れるなら、多分陸上部には入ってねえな。
他の部活がどんだけキツイか知らねえけど、体力も精神も時間も、陸上は最強クラスで削られる。
ま、女子のユニフォームが……いやこれはマジでキモいな。これはマジで嫌われるやつ。すんません。
で、今まさに、その朝練に向かっているところだ。
朝練は、各自で好きに走っていい。だから気楽ではある。
あ、そうだ。なんかペペロンチーノ泥棒(仮)に、弁当持ってくんなと言われたので、一応持ってきてません。
どっちみち、朝練のときは朝早すぎてお弁当作ってくれないけど。
普段はコンビニで弁当買うが、今日は行かないでおこう。
その代わりに、持参したのは、我が県が誇る、このカロリーメイトだ!
いやぁ、よく助けられますよこれには。感謝、マジ感謝。
これを2箱持ってきたから、今日はこれで耐え凌ぐ。わざわざコンビニに行く手間も省けるし。
よし、まだ、学校には誰もいない。朝練も俺が一番乗りだ。さっさと朝練済ませて教室行こう。
「ハァハァハァ」
朝だからまだ涼しいが、それでも湿度が高く、走るのに最適とは言えない。
まじで汗掻くのが本当に嫌なんだよ。この状態で教室行くのがほんと苦痛。
「鎌上、朝練お疲れ様!」
とか言いながらポカリスエットを差し出してくる女子は、どうやら俺の周りにはいないようで。
それは高望みし過ぎか。でも一回は憧れるよね。
しばらく走っているが、時間が経つに連れ、登校してくる生徒の数も増えてきた。
ここからは俺の無双タイムだ。
俺は確かにボッチ陰キャではある。
だがしかし!走ってるところを女子に見られるとやはり嬉しい。自分は頑張れる素晴らしい人間なのだと、見せつけられる気がするからだ。勝手に承認欲求を満たしている感じだ。
そして、7時45分、最寄り駅に汽車が到着する。
大抵の生徒は、この汽車に乗って登校するため、俺のジョギングコースは生徒で溢れかえる。
まさに、フィーバータイムというわけだ。
3分後、駅から人の荒波が学校へ押し寄せる。
いやぁ、マジで気持ちいい。
この、「俺頑張ってますよね」アピールが、我ながら中々キモいと思いつつ、やっぱりやめられない。
たまに、「速っ」と女子が声を漏らしたならば、その次の試合はまさしく覚醒だ。陸上を続けているのは、もはやこのためだ。
クラスメイト、生徒会長、たまに話すだけの気まずい関係の友人、いろいろな奴が、その道いっぱいに広がる。
そして、その中の一人と目が合ってしまった。
お前も汽車通かよ、ペペロンチーノ泥棒!
なんか目合ったし、何ニヤけてんだよ。
気づけば、心拍数は180を超えている。
クソッ、ジョグでこれはちょっとやばいかも。
落ち着けー鎌上。しょうもないことに体力を使うでない。
こうして汽車通ラッシュが終わり、とうとうジョグをするモチベーションも無くなったところで、本日の朝練を終えた。
7キロかぁ、ま、頑張ったでしょ。
以外だったか?俺が案外、こういうのをきちんとしてるのが。
俺自身も、なぜ俺が走っているのか、よくわからないのだが。
入部してすぐに、退部してもおかしくなかったと思う。
いや、その理由、続けている理由に、自覚はある。
朝練も夕練も、見かける度に『頑張れ』と言ってくれたあいつがいたから、毎日それが嬉しくって、走るのが苦じゃなかった。
長宗我部蒼璃。
彼女こそ、俺の初恋だった。
小学校も中学校も、恋なんて感情とは無縁のまま生き続けていた。
そんな俺に、その感情を与えた唯一の人。
ん?お前女好きじゃないのかって?
そりゃあ好きだが、なんか恋って感じじゃないんだよ。なんかこう……言葉には出来ないけどさ。
ともかく、俺にとって蒼璃は特別な存在で、俺がずっと想いを寄せていた相手。
仲良くなったきっかけは、あいつからだった。
というか、そうじゃないと、俺が好きになることなんてない。
テスト期間のとある日、勉強をするために朝早くに教室へ向かった。教室にいたのは、蒼璃一人。つまりは二人きりだ。
教科書とニラメッコしていた俺に、あいつは話しかけてきた。
カバンに付けてた缶バッチのキャラが、蒼璃も好きだったんだと。
そのとき初めて、オタクでよかったと思ったよね。俺はオタクであることをあまり包み隠さないタイプだったから、それが功を奏した。
ま、語り尽くせないくらい、一年でかなりの思い出を、蒼璃と築いた。人生で一番幸せだった一年だと思う。間違いなく。
だが、冬休みを境に、蒼璃は一度も学校に来なかった。
初めはラインや、二人でやり込んだゲームのチャットで、散々連絡したが、結局、もう一度彼女と会うことはなかった。
三学期目を全日欠席したのだ。単位が足らず、退学だ。
なぜ、俺は彼女をもう一度連れ出せなかったのだろう。
少なくとも、こんなクソみたいな俺にとって、学校に来れていた理由は、彼女以外の何でもないのに。
俺も、一年の3月は、かなり不登校だった。
蒼璃が不登校になり、退学した理由。
それは、なぜかわかる気がする。
学校にいるときのあいつの声と、ゲームをしているのときの、画面の向こうから聞こえてくるあいつの声は、全く違うかったから。
なんかよく思い出せば、学校であいつが笑ってるところ、あんま見たことがないよなぁ。人間関係も、うまくいってなかったんだろうか。
あ、やべっ。少しボーッとし過ぎてた。遅刻しちまいますよ。
さっさと着替えて、2階に向かうとしましょう。
遅刻間近ということもあり、教室へ向かう階段はかなり混み合っている。
せっかく着替えたので、こんなところで走って汗は掻きたくない。それだけは勘弁だ。
針に糸を通すように、人混みの中の隙間を見分けて進む。
そして、8時29分。ギリギリ到着。
危ねえ。
すでに着席しているやつも多く、そいつらからの視線がかなり痛い。
いやマジで何?なんでこっち見てんの?
え?社会の窓でも開いてんのか?いや、ちゃんと閉めてるよな。
「おい!委員長!朝お前の席に、めっちゃ可愛い子が弁当置きに来てたぜ!あれお前の彼女か?!」
うおっびっくりした。って、俺のラブレターを横取りした遠藤泰成じゃないか。
ん?今こいつ何つった?可愛い女の子?弁当?彼女?
恐る恐る自分の席へ目を向けみると、そこには、俺のものではない、ピンク色の風呂敷に包まれたお弁当がちょこんと俺より先に座っている。
その瞬間、勘の良い俺は理解する。
このお弁当の意味を。あの泥棒の発言の意味を。
ゴクッと唾を呑み、風呂敷から弁当を取り出し、そっと弁当を開けてみた。
その瞬間、ニンニクの香ばしい匂いが、教室中に広がる。
そう、その中には、ペペロンチーノがぎっしりと敷き詰められていた。




