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片思いしていた元同級生がうちの本屋でバイトを始めたんだが!?〜彼女は毎日のようにリビングまで上がり込んでくるし、距離感おかしくない?〜  作者: 早野冬哉
第三章

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32.常連客──橋本さん

 水曜日は普段、優花のバイトは休み。けれど今日は、常連客の橋本さんを見るため、優花は僕の隣でレジを打っている。


「ありがとうございました!」


 レジを終えた高校生が店の扉を開け、ベルをカランカランと鳴らす。そして彼と入れ違いに、鼠色のスカートスーツを着た二十代後半くらいの女性が来店した。彼女の髪型はハーフアップ、鋭い目つきをしていて、背筋をピンと張っている。


「いらっしゃいませー!」


 優花の明るい声に、女性の眉がピクっと動く。僅かに目を見開いた彼女は、レジに並ぶ僕と優花を一瞥して、店の奥へと進んでいった。


「ねぇ透。もしかして今の人が橋本さん?」


「う、うん」


 表情キツめの美人お姉さん系といった容姿の橋本さんを目で追いながら、優花は小さく繊細な声を漏らす。いつもの明るく透き通った声とはまた違った魅力を持つその声にドキドキして、上手く返事ができなかった。


「きれいな人だねー……」


「そうだね……えっ……な、何?」


 相づちを打っただけなのに、何故か優花はジトっとした目で僕を見てくる。なんで……?


 よく分からないけれど、優花は二秒くらい僕を見つめてからプイっとそっぽを向いてしまった。


「橋本さんって随分大人っぽい人だね。やっぱり『経営・啓発・趣味』コーナーに行くんだー」


「いや、そうじゃないよ……」


「えっ?」


 橋本さんは「経営・啓発・趣味」コーナーを素通りし、奥のラノベコーナーへ歩いていく。


「へぇー。あんなに厳しそうな人でもラノベ読むんだ」


 見た目や雰囲気と好みとのギャップに感心している優花。だが、橋本さんのギャップはこんなものではない。


 橋本さん相手なら、レジに来たら最初に取材の話しよう。じゃないと──。


「あっ、見て見て! わたしのポップ見てくれてるっ!」


 優花がこの前新しく作ったラブコメラノベのポップ。それに目を通す橋本さんを見て、優花が僕の裾をグイグイ引く。その無邪気で子供っぽい仕草に、自然と口元が緩んでしまう。サラサラと揺れる黒髪を見ていると、優花の頭を撫でたくなってくる。


 ……ってダメだからな!


 僕は首を横に振って邪な考えを拭い去った。


「あー、そう言えば橋本さんは優花が最初に書いたポップも見て買ってくれてたよ」


「そうなのっ? じゃあ後でお礼しないとなぁー」


 柔らかく微笑み、両手を背中側で組んだ優花は嬉しそうに体を左右に揺らす。優花の動きに合わせて、白のブラウスとジーンズの上から身に着けた茶色のエプロンが靡き、金色に光る鳥のヘアピンが揺れる。


 その様子があまりにも絵になるものだから、店内に爽やかな涼風が吹いたかのような錯覚を覚えた。


「あっ、わたしのポップで紹介した本!」


 優花の声で我に返る。見ると、橋本さんは優花がポップを書いた本を手に取っていた。そこに二冊の本を加え、僕たちのいるレジに向かってくる。


 間も無く、橋本さんによってカウンターに三冊の本が置かれた。僕はバーコードリーダーを手に取り、橋本さんに要件を話す。


「橋本さん。一つお願いしたいことがあるんですけど」


「何だ?」


 よくアニメとかに出てくる会社の冷たくて厳しい上司みたいな、人を突き放す淡泊な声が返ってくる。けれど僕は、これが橋本さんのデフォルトの声だと知っているから臆さず会話を続ける。


「今度うちの店がローカルテレビに出られることになったんです。それでテレビ局の人が『お客さんからも話を聞きたい』って言っていまして……橋本さん、取材受けてくれませんか? あー、もちろん顔出さなくてもいいらしいです」


「私は構わないが、日程が合うかどうか……」


 語尾を濁した橋本さんは、親指を顎に当て思案顔をする。


「あ、それは大丈夫だと思いますよ。次の日曜から水曜までの間ならいつでも言いそうなので、希望時間を言ってもらえればこっちからテレビ局に伝えます」


「それなら引き受けるよ。この店には世話になっているからね」


「ありがとうございます。……それと、お会計は二千六百二十円です」


「図書カードで……あと取材の日程だけど、来週のこの時間で頼める?」


「分かりました」


 端的な橋本さんのおかげで取材の取り決めがスムーズに終わった。最後に本とレシート、それに図書カードを渡して橋本さんとの接客はおしまい──と思ったのだが……。


「ところで透くん。彼女は?」


 橋本さんは、切れ長の目を困ったように細めて優花を見た。僕もつられて優花を振り向くと、優花は口をすぼめて白い目を向けてきていた。


 ……なんで? 何に拗ねてるの……?


「優花?」


「へっ!? あ、ええっとその、わたしは鳳優花です。四月からここでバイトしてますっ!」


 僕に呼ばれて我に返った優花は、頬を赤く染めてあたふたと自己紹介した。すると、橋本さんは優花に向かって手を差し出した。


「そうか。私は橋本茜。一応ここでは常連ということになっている。よろしくね」


「よ、よろしくお願いしますっ!」


 優花は慌てて橋本さんの手を握り返すと、「あっ」といってお礼を言う。


「あのっ、わたしが書いたポップを見て本を買ってくれてありがとうございますっ!」


「ん? ああ。もしかして、透くんと違う字のポップはキミが書いていたの?」


 あっ、これヤバい……!


 そう思った時には遅かった。


「はい」


「ゆ、ゆゆゆゆ優花ちゃん! あなたもラブコメの素晴らしさが分かるのね……! か、語らない?」


「はいっ!?」


 優花が頷いた瞬間、橋本さんは優花の両肩をがっしりと掴み、腐女子のような、今にもよだれが垂れてきそうな緩みきった表情を浮かべた。


 そこに、さっきまでのキリッとした大人の橋本さんの影は微塵も見えない。


「ねっ! ねっ! いいでしょ? 会社や友達じゃ分かる人がいないの! ラブコメについて語り合いたくてしょうがないの!」


 橋本さんは発情した犬のように息遣いを荒くして、優花の額に自分のおでこをぶつける勢いで顔を近づける。


「ええっ……? あの……と、透これどういうことぉー!?」


 橋本さんの豹変ぶりに驚き、目を回す優花。彼女は声と目線で僕に助けを求めてくるが、こうなった橋本さんを止めるすべは、僕にはない。むしろ止め方を教えて欲しいくらいだ。


「優花。その……頑張れ……」


「ちょっ……見捨てないでよぉー!」


 涙目になる優花手を合わせ、僕は静観を決め込む。


 今日は顔を知らない優花がいるから自嘲してくれそうだったけど……やっぱりこうなるかぁ……。


 こうなることは分かっていた。なにせ橋本さんは、毎週のように僕にオタク語りの相手をさせてくるのだ。


 展開とかヒロインについて語り合うところまでは僕も楽しいからいいんだけど、後半になると腐女子──というよりキモおじ目線の性癖暴露会になるから、僕でもついていけなくなる。


「さあさあ優花ちゃん! この前優花ちゃんがポップ書いてた本読んだから、今日はそっちについて語ろう? あれは──」


「ええっと……確かにそこ、キュンキュンしまし──」


「そうだよねそうだよね! だったらその後の──」


 語り慣れてない優花は終始橋本さんのペースに押され──まあ、ご愁傷様です。


 っていうか、橋本さんに迫られてなお接客対応しようとしている優花も健気でかわいい。そう思ってしまう僕も、ある意味橋本さんと同罪なのかも……。


「それにしても羨ましいよ透くん! こんなかわいい子と二人でバイトなんて~、わたしも優花ちゃんに癒されたぁ~い!」


 二十分ほどオタク語りを繰り広げた橋本さんは、優花の胸に頬をすりすりしながら僕を見る。橋本さんが頭を動かすたび優花の胸が揺れて──僕は目を逸らした。


 優花はというと、引き攣った苦笑いを浮かべたままげっそりとしている。


 そろそろ助けられそうだな……。


「橋本さん。そろそろ優花を離してあげてくれませんか?」


「え~。もうちょっとだけダメか~?」


 酔っ払いを相手にしているかと思うほどだるい。顔を真っ赤にして「ぐへへっ」とでもいいそうな顔をしている橋本さんを相手にしていると頭が痛くなってきて、僕は眉間を押さえた。


「透……!」


 アイコンタクトで「もう限界、助けて」と涙目になって伝えてくる優花。僕は仕方なく、橋本さんの後ろに回って彼女の肩を引っ張り、優花から無理やり引きはがした。


「うえぇ~もうちょっとぉ~!」


 橋本さんは橋本さんで優花とは別の意味で涙目になって優花に追いすがる。


 僕は暴れる橋本さんを必死で押さえ、酔っ払いを言いくるめるようにしてなんとか帰ってもらった。


 帰ってもらうまで、十分くらいかかった……。

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