31.三人で夜ご飯
翌日。桐山書店のレジで僕と優花が話していると、母さんが二階から降りてきた。
「優花ちゃん優花ちゃん。今日のバイト終わりって時間あるかしら~?」
「大丈夫ですっ!」
即答する優花に、母さんはおっとりと微笑む。
「それなら、今夜はうちで食べていかな~い?」
はっ!? 母さん何言って……。
「いいんですかっ?」
またもや即答し、嬉しそうに声を弾ませる優花。その無邪気に笑う横顔は鮮明で、見ているだけで癒される。
また優花と一緒にご飯を食べられるの……!?
僕の家の食卓で優花とご飯を食べるのはこれで三度目になる。だからだろう。僕の中では、優花と家で隣り合うことになる緊張感よりも、優花の近くにいられるという喜びの方が強かった。
僕はその喜びを表に出さないよう、ニヤけそうになる唇に必死に力を入れた。
「今日はねぇ~優花ちゃんにも聞いて欲しいお話があるのよ~」
「お話、ですか?」
「ええ。このお店のことでねぇ~。透にもあとで一緒に話すわ~」
***
「おいしそー!」
夕食にはハンバーグが出た。小さめサイズのハンバーグがテーブルの中央に並べられ、食べたい数だけ取っていく形式だ。焼けた肉のいい匂いが、空腹感を煽ってくる。
「いただきますっ!」
優花はハンバーグを頬張り「ん~!」と声を上げながら、おいしそうに口を動かす。
か、かわいい……!
僕は好物のハンバーグを前にしても、優花の幸せそうな横顔から目が離せない。優花がゴクッとハンバーグを飲み込んだところでようやく、僕はハッとしてハンバーグを口に入れた。
「明美さんってすっごく料理上手ですねっ!」
「あらぁ~嬉しい。優花ちゃんの口に合ってよかったわ~」
頬に手を当てておっとりと微笑む母さんは箸を置き、本題に入った。
「それでねぇ~二人に聞いて欲しいお話があるのよ~……あ、もちろん食べながらでいいからね~」
そういえば店のことって言ってたけど……廃業とかじゃないよね……?
そんな不安から、僕はハンバーグを飲み込み箸を置く。
いや、お客さんもそれなりに来てるし、優花のバイト代を引いても黒字だから大丈夫なはず……だよね?
横目で優花を見ると、優花は廃業の可能性など微塵も考えていないようで、変わらず天使のような笑顔を浮かべてハンバーグを頬張っていた。その笑顔に、僕の不安はちょっとだけ和らいだ。
そして、母さんの唇が動き出す。
「実はねぇ~。昨日、ローカルテレビ局の方から電話があったのよ~」
はっ!? テレビ……? それって……。
僕は驚き、穏やかに微笑む母さんを凝視した。隣では、優花が箸でハンバーグを持ったまま固まり、目を見開いていた。
「それで『今度の『地元の隠れた人気店』コーナーの取材にお伺いしてもよろしいでしょうか?』って言われたの~!」
取材!?
「すごいです明美さん! テレビの取材なんて普通来ませんよっ!?」
興奮のあまり椅子から立ち上がり、ぐっと前のめりになる優花。彼女の隣で、僕は頭が真っ白になった。あまりにも現実離れした話に、背もたれによりかかって天を仰いだ。
「ふふっ、ありがとう~。でもね優花ちゃん。お店が人気になれたのは透が頑張ったからなのよ~」
「そうなんですかっ?」
「ええ。……聞きたい?」
「はいっ! ぜひっ!」
母さんは、食いぎみに頷く優花に温かく微笑み、話始める。
「最初の二年くらいはね~、お客さんが一週間で二、三人くらいしかいなかったのよ~」
「ええっ……!? ホントですかっ!? だって今日だけでもお客さん、五十人以上は来てましたよっ?」
「ふふっ、本当よ。お客さんが増え始めたのは、透がお店の手伝いを始めてからなのよ?」
「へぇー。それで透って、何したんですかっ?」
「それはねぇ~──」
それから母さんは、僕が店のためにしてきたことを話し始めた。
店の入り口に吊り看板を付けたこと。ポップを作って、大手の書店では埋もれてしまうようなマイナー面白作品を前面に押し出して、大手の書店と差別化したこと。インターネットを使って宣伝したこと等々。
それだけ長い間離されたら、放心状態から覚めた僕の耳にも会話内容は入ってくるわけで──。
えっ……!? 今何の話して──。
我に返り二人を見ると、母さんは穏やかな表情で息子自慢をし、優花は何度も頷きながら興味津々で聞き入っているという、新婚夫婦の実家帰りみたいな光景が広がっていた。
な、何の羞恥プレイだよこれ……!
「──それに透は本の紹介も上手──」
「も、もういいだろ母さん!」
久々の大声を上げた僕に、優花と母さんは目を見合わせる。次の瞬間、僕の背筋を悪寒が駆け上がる。
えっ……な、何……!?
穏やかな笑顔の奥にある母さんの目はいたずらっぽく細まり、優花の口角はニヤリと引き延ばされた。
「ええ~いいじゃな~い」
「そうだよ透っ! わたしもっと透のこと知りたいなー?」
「勘弁してよ……!」
顔を伏せて縮こまる僕。羞恥心からくる変な汗が首や背中にべっとりと流れて気持ち悪い。そんな僕を見て、優花は耳心地のいい笑い声を響かせた。
「あははっ! ごめんごめん。冗談だって!」
「透はまだまだかわいいわねぇ~」
「うるさい……」
僕は小声で毒づいて、二人から目を逸らしたまま顔を上げた。すると母さんはパンっと手を叩き、横道にそれた会話を戻す。
「それでねぇ~、テレビの取材の話に戻るのだけれど、常連さんへのインタビューもするらしくてね。だから二人には、常連さんを見かけたら取材を受けてくれないか聞いて欲しいのよ~」
「分かりましたっ! ……あっ、でもわたし、恵美子お婆さん以外の常連さん知らないかも。常連さんってどんな人がいるんですかっ?」
「そうねぇ~。常連さんは何人かいるけれど……私や透と話したことがある人は、恵美子さんと……一番よく来てくれるのは橋本さんかしらね~」
「橋本さん?」
首を傾げる優花。
ああそうか……優花は水曜日休みだから会ったことないのか。
羞恥心からくる変な汗が引いてきて体の火照りが収まり始めた僕は、優花に説明する。
「橋本さんは毎週必ず水曜日の夜に来るOLだよ」
「そうなんだ。それってどんな人っ?」
「どんなって……」
あれをどう表現すればいいんだよ……。
「ねぇどんな人?」
近い……!
僕はなんて答えていいか分からず、グイグイと身を乗り出して近づいてくる優花から目を逸らす。
あれ? でもなんか、優花の雰囲気がいつもと違う……?
気のせいかもしれないけど、優花の声のトーンが半音低い気がする。それに、直視できないけど、優花の視線にいつもの明るくて暖かいオーラがないような──。
「優花ちゃん。そんなに気になるなら、今度の水曜日バイト来る~?」
優花の吐いた息が僕の頬をくすぐる。そんな距離感で硬直していると、母さんが助け舟を出してくれた。
「いいんですかっ?」
弾んだ声で返事をした優花は僕から離れ、勢いよく母さんの方に向き直った。
「ええ。……じゃあ、橋本さんはいつも夜の七時くらいに来るから、六時半からのシフトでどうかしら~?」
「分かりましたっ! ありがとうございます明美さん!」
なんだったんだろ……?




